「エイダの災難①」
~~~エイダ視点~~~
茶髪のウェービーヘアの前髪だけを青く染め、耳にはピアス、学院指定のスカートを改造して短くしている。
教師の言うことを聞かずに授業中もお喋りしまくり、休み時間や放課後はクラスメイトをパシらせこき使ってと、まさにやりたい放題。
それでもエイダに文句を言う者はいなかった。
齢十六とは思えぬ整った顔にメリハリのある肢体――だけではない。
彼女がフォーブス新聞社の社長令嬢であることが何より大きかった。
王国一の発行部数を誇り、王室や軍部と密接な繋がりを持つ大新聞社の社長令嬢を貶す者などいはしないからだ。
だから彼女は、こう思っていた。
自分は人の上に立つべく生まれてきた人間なのだと。
危険も不安も感じることなく、死ぬまで幸せに生きていける存在なのだと。
つい先だってまで、信じて疑わなかった。
しかし今は――
「なんだってわたしが、こんな目に遭うのよおおおおーっ!?」
エイダは半泣きになりながら森の中を走っていた。
深い藪、張り出した木の根、岩がそこら中にゴロゴロしてる中を。
お世辞にも走りやすいとは言えない森の中を、人里離れた魔境の真っただ中を、必死になって走っていた。
ローファーの中に泥が入り、制服の中に泥が入り、涙と汗の混合物で目が染みる。
「地面がぬるぬるして走りづらいし! 虫とかそこら中飛んでるし! もう最悪! だけど一番最悪なのはああああっ!」
ズザザと立ち止まり――振り向きざま、エイダは魔法の杖を振った。
キッと目を吊り上げ、追って来るそいつをにらみつけた。
不俱戴天の仇のように、まっすぐに。
「あんたの存在よ! 『炎弾』!」
力ある言葉に従い、杖の先端に炎のエレメントが収束した。
ぐわり真っ赤な炎の塊として膨れ上がったかと思うと、瞬時に弾けて飛んだ。
「死ぃぃぃねぇぇぇぇぇー!」
燃え盛る炎弾は、高速で宙を飛んだ。
射線上にあった木の葉を瞬時に焼き尽くしつつ、そいつの胴の中心を捉えた。
ドン、と爆発的な音を立てて炸裂し、辺りに火と煙を撒き散らした――しかしそいつは生きていた。
無傷ではない、傷自体はついていた。
着弾した腹部の皮膚がめくれ、肉が焼け焦げた。
が、傷ついたそばから再生していくのだ。
ピンク色の肉が盛り上がり、皮膚も新しいのが生えてくるのだ。
「ちっ……再生能力か! だから嫌なのよトロールは! 非常識な肉体しやがって!」
自信を持って放った魔法をあっさりと耐えられたことに、エイダは思い切り舌打ちした。
そう――エイダを追っていたのはトロールだった。
トロールとは見上げるような巨体と石灰色の肌をした巨人であり、強烈な再生能力でもって多少の怪我なら無かったことにしてしまう。
おまけに戦闘意欲も旺盛で、『食人鬼』の異名からもわかるように好んで人を喰らう。まさに人類の敵といえる存在だった。
「そ、そうは言うけんども……」
炎弾の当たったところが痒いのだろう、トロールはポリポリと再生したばかりの皮膚を掻いている。
「しかたあんめえよ。それがおでたちトロールなんだもの」
「それがムカつくって言ってんの! 嫌だって言ってんのにしつこく追いすがって! 気持ち悪いったらあゃしない! ああもうその間抜け面を見てるだけでも吐き気がするからどこかに消えてよ!」
エイダとしてはこれ以上ない罵倒の言葉を浴びせたつもりだったが、しかしトロールには効かない。
「く、口が悪いどなあ~。だどもおで的にはそういうとこがそそるというか……」
むしろご褒美だとばかりに頬を染めたトロールは、何を思ったか白い小花を差し出してきた。
魔境にしか咲かないと言われる可憐な小花はしかし、トロールの凄まじい握力でもって歪に歪んでいるが……。
「な、何よ急に、いったい……?」
思ってもみなかったファンシーな贈り物に、エイダは戸惑った。
粗野なトロールがどうしてこんな真似をするのかと考え――ふと嫌な予想に思い当たり――そのあまりのおぞましさに鳥肌を立てた。
王国には年頃の男が意中の女に告白する時に花を贈る風習がある。
花の色が赤なら恋人に、白なら花嫁になってくれという意味なのだが……。
「おでの名は、トロール族のオデール」
オデールと名乗ったトロールは、エイダの前に跪くなりこう告げた。
「気が強くてめんこい人族の娘っ子よ。どうかおでの嫁っ子さなってくれねえか?」
「ひっ……?」
最悪な予想が当たったこと、エイダは頭を抱えた。
嫌悪感と共に、思い切り悲鳴を上げた。
空気を斬り裂くような勢いで、高く高く――
「い、や、よおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーっ!」
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