「そして誰もいなくなった」
飛空艇はすり鉢状の盆地の底に墜落していた。
衝撃のせいだろう機体は中央から真っ二つに折れていて、火災のせいだろう機体の半分ほどが黒く焼け焦げている。
機体の破片があちこちに飛び散っているが、幸いなことに人の死骸のようなものは落ちていない。
天使:……わお、ひどい惨状ね。
天使:あ痛たたたた……。
天使:完全に真っ二つで修復不可能って感じ?
飛空艇の惨状を心配するコメントが『天声神語』に流れる中――
「と……とにかく皆の無事をたしかめなきゃ……っ」
「――待ちたまえ」
焦って坂を駆け下りようとするサラを制しながら、私は周囲の様子を窺った。
飛び散った機体の陰、木立や藪の陰にも敵の気配は感じられない。
あまりサラに消耗して欲しくないところだが、こちらの世界独特の身の隠し方や、あるいは透明化の魔法などもあるかもしれないしな……。
「サラ、頼む。まずは『生命感知』だ。周辺に生存者がいるかどうかの確認をするんだ」
「そ、そうか! そうだね!」
私の言葉でハッと自分の能力に気づいたサラが、『生命感知』を起動した。
「えっとえっと……いないよ。誰もいない。皆、どこ行っちゃったのかな?」
味方もいないが敵もいない。
それ自体は悪くも良くも感じられる情報だが……。
「……そうか。ではゆっくりと降りて行こう。急な地形だから、転ばないようにな」
足元を警戒するようサラに注意しながら、ふたりで盆地の底に降りて行く。
◇ ◇ ◇
飛空艇に近づくにつれ、周囲の熱が上昇していく。
一番底にたどり着くと、熱気で汗ばむくらいになった。
炎自体はもう消えているのだが、ぶすぶすという燻りがまだ残っているのだ。
ひと雨降れば完全になくなるだろうが、それまではしばらくこのままだろう。
「……なるほど、エンジンルームが爆発したのか」
機体後方の、航空機であるならばエンジンが納まるべき位置が内側から吹き飛んだような形跡がある。
金属がひしゃげ変色した、爆発物特有の反応もうかがえる。
「ちなみにこちらの世界の内燃機関……飛空艇を飛ばす動力源は何で出来ているんだ?」
飛行術の消耗を激しさを考えるなら、魔法ということはなさそうだが……。
「えっとね、大きな魔法石だよ。純粋な魔力が結晶化したのに雷魔法で刺激を与えることで力を抽出してる……らしい。エーテルリアクターとかなんとかかんとか……ううん、パティマならその辺詳しいんだけど。あたしはちょっと苦手でさ。えへ、えへへへへ……」
「いや、十分だ。それだけわかればいい」
魔法石と呼ばれる固体に電圧をかけ、化学反応を起こして動力を得る仕組みと解釈すればいいだろう。
それによって得られる力は人ひとりが発することのできるそれはとは格段に違うと。
そして今回は、そのエンジンが爆発したと。
理由は魔法石の暴走? 駆動部の劣化? もしくは……。
「……爆弾、ということもあり得るか?」
サラには聞こえぬようひっそりと、私は疑問をつぶやいた。
王国首都を目指して飛んでいた魔法学院の生徒を襲った謎のエンジン爆発。
それ自体は出発後だったらどこでも良かったはずだ。
魔法学院を出てすぐでも、王国の手前でも。
わざわざ魔境ど真ん中で落ちるというところに、どこか作為的なものを感じる。
あるいはこれも、演じる者としてのクセみたいなものかもしれないが……。
そんなことを考えながら私は、機体の他の部分を見て回った。
結果としてわかったのは、以下の事項だ。
一つ、魔法石は消失、もしくは焼失し、どこにも見当たらない。
二つ、機体はもちろんプロペラがひん曲がり羽根も折れているので、修理して飛ばすというのは不可能だ。
三つ、生存者が持っていったのだろう。水、食料、毛布などの非常用備蓄品は根こそぎ無くなっていた。医薬品の類もなく、ここは明白に懸念材料だ。
四つ、サラの話によればいざという時の通信機器の類がコックピットにあったはずだなのだが、これも持ち去られていた。
五つ、そしてこれが最大の問題点なのだが……。
「狩り場になっていた形跡がある……って、どういうこと?」
私の言葉に、サラが一気に不安そうになる。
唇をきゅっと噛み、恐れるように私を見つめる。
いたずらに不安にさせるのは避けたいところだが、こればかりは言わなければならないことだ。
私は心を鬼にして口を開いた。
「ここを見てくれるかい?」
指さしたのは、機体外部の損傷だ。
「これって……魔物の……爪痕?」
「そうだ。金属製の外板がところどころ、巨大な爪あるいは牙のような物体によって引き裂かれている。傷が集中しているのは主に厨房と食糧倉庫、あとはカーゴルームの備蓄品倉庫」
「……お、おおおお腹を空かした魔物が食料を狙ったってこと?」
「あるいは物珍しさからかもしれんがね。ジャングルに墜ちた航空機に興味津々な動物たちが寄って来るなんてのはよくある話だそうだから。――とにかく、魔物の襲撃はあったんだ。だからここには誰もいない。生徒も教師も乗組員たちも、迫り来る魔物の脅威に耐えられなくなったから移動したんだろう」
魔境のど真ん中で生存者が頼りにできるものとなったら、まずは飛空艇というのが普通だろう。
数少ない文明社会との接点だし、火災さえ落ち着けば拠点に出来る可能性もある。
通信機器で助けを呼ぶにも、これ以上の目印はないはずだ。
にもかかわらず、皆は移動した。
それはやはり、魔物という魔境最大の脅威の存在があったからではないだろうか。
「じゃ……じゃあパティマは?」
サラの顔から、サーッと音を立てて血の気が引いていく。
「パティマは絶対あたしを探してるはずなんだよ。でも飛行術は消耗が激しいから一日に一時間も飛べなくて……。安全に休息する場所が必要なんだよ。それがここじゃないんだったらいったいどこなの? パティマはどこにいるの?」
サラは唇を震わせ、今にも泣きそうな顔をしている。
無理もない。
魔境の密林を歩いて、歩いて。
苦楽を共にした親友とようやく再会できると思ったら、どこかで命の危機を迎えているかもしれないというのだから。
「じゃ、じゃあ生命感知だ。生命感知を使いまくろうっ。とにかく歩き回って、パティマが範囲に入るまで使いまくれば……っ」
動揺するサラを、私は強く制止した。
「やめておきたまえ。それではパティマが見つかる前に君が倒れてしまう」
魔法使いが魔法を使用する際に消費する魔力の蓄積量(MPと呼ぶらしい)は、体力とは違って、寝て起きたら回復するというものではないらしい。
自然に存在する魔力を飲食から、あるいは呼吸という形で体内に取り込み吸収し、自分のものとして使えるようになるまでに幾つかの段階を経る必要があるらしい。
サラが私を召喚するにあたって消費したMPは莫大で、まだ回復しきっていないのだ。
にもかかわらず、消費が低いとはいえ『生命感知』を連発すればどうなるか……。
MPを消費しきれば人は倒れ、場合によっては数か月の休養を必要とするケースもあるらしい。
親友のためだとはいえ、十五歳の子供にそんな過酷なことをさせるわけにはいかない。
「じゃあどうすればいいの? パティマはコミュ障だから、きっとひとりなんだよ。こんな魔境の真ん中で、森の中で誰の助けも得られずにいるんだよ?」
親友を失ってしまうかもしれない恐怖に怯えたサラの目に、じわりと涙が浮かぶ。
天使:泣かないで……。
天使:なんとかしろニコ、男でしょ。
天使:抱け! 抱けー!
すっかりサラのファンになった天使たちが、口々に私に慰めるよう言ってくる。
「サラ……」
もちろん私だって、ただただ女の子を泣かせておこうとは思わない。
男として、子供たちの憧れであるハリウッドスターとしても、放ってはおけない。
「大丈夫だ、私がついてる」
サラの肩を抱くと、私は言った。
なるべく力強く聞こえるように、低い声でこう告げた。
「何度も言っているだろう? 職業柄、私はこういったことに慣れているんだ」
「ニコ……」
私の言葉に、サラはハッと顔を上げた。
そこへすかさず、私は全力で微笑みかけた。
今の段階でパティマが死亡している可能性だって、ゼロではない。
だけど絶対、そう思わせてはならない。
絶望や不安は、人から理性を奪う。
理性を失った人は闇雲に危険に突っ込み、あるいは危険の接近を察知できずに死んでいく。
あがり症で土壇場に弱いサラなら、なおさらだろう。
だからこそ、今彼女にかけるべきは希望の言葉だ。
「任せておきたまえ。ジャングルでの人探しだってお手のものさ」
緊急極まるサバイバル。
ニコはサラをどうやって救う?
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