「異世界召喚されたハリウッドスター」
ハリウッドスターが異世界召喚されたら無双しそうじゃね?
そんなシンプルな発想で書きました。
場所はアメリカ、ラスベガス。
アカデミー賞授与式会場。
レッドカーペットを歩く私を、割れんばかりの拍手と歓声が包んでいる。
私の名はニコ・ロスコ。
俳優だ。
五歳の時にスラム街で道場を営む師匠のイトウに弟子入りし、日本の武術と文化を学んだ。
今や三十五歳。黒髪で褐色の肌の大男がネイティブばりに日本文化に精通し、日本の武術を扱うというギャップがウケ、出演作数五十作品を超える人気者となっている。
そう、私はハリウッドスターなのだ。
「さあ、何か質問はあるかい?」
壇上に立った私が背筋を伸ばして質問を促すと、待ってましたとばかりにパシャパシャと凄まじい量のフラッシュが焚かれた。
――ニコ! 三度目のアカデミー主演男優賞受賞のコメントをお願いします!
――さすがにもう飽きましたかっ? 受賞の瞬間あくびを嚙み殺していたように見えましたが?
押し寄せた報道陣が次々に質問を投げかけてくる。
中にはいやらしい質問もあるが、決してムッとしたり、やり込めるようなことをしてはならない。
それが彼らの仕事だし、紙面を盛り上げることだってハリウッドスターの役割のひとつには違いないのだ。
だから私はゆっくりと肩を竦めた。
呼吸を整え柔らかな表情を浮かべて。
「いやいや、何度受けたって素晴らしいものさ。エキサイティングで、ハッピーな体験だ。先ほども涙を堪えるので精いっぱいだったよ。君はその瞬間を見たんじゃないかな? やあ困ったね、歳をとったせいか最近は涙腺が緩くて」
いやらしい質問をした記者に対しジョーク混じりで切り返すと、報道陣がどっと沸いた。
場の空気が一気に緩み、そこかしこで笑顔が弾けた。
うん、これはいいインタビューになりそうだ。
――君、ダメだよ入っちゃ!
誰かの叱責の声と共に、報道陣の一部がザワつく。
見れば、大人たちの股の下をくぐるようにして、小さな女の子がひょこりと顔を覗かせていた。
ふりふりの白いドレスの下から覗く膝小僧に絆創膏を貼った、いかにも元気いっぱいといった女の子だ。
「あたしフィーネ! ねえシンバック! サインちょうだい!」
フィーネは大きな声で私のヒット作の役名を呼ぶと、色紙を差し出してきた。
身長百九十センチを超す大柄な私に届かせようと、ぴょんぴょん必死に跳ねている。
――ダメダメ! 下がって!
――警備! 何してんだ!
警備員そしてマネージャーが慌ててフィーネを阻止しようとするが、私は構わず色紙を受け取りサインを記した。
「ありがとうフィーネ。君は僕の映画が好き?」
「うん! 強くてカッコいいから大好き! 次はいつ出るの!?」
「そこは約束があって言えないんだがね。近いうちに、ということだけは保証しよう」
「ホント!? 約束だよ!?」
フィーネはサイン色紙を胸に抱えると、太陽のように眩しい笑顔を見せた。
「パパとママとグランパとグランマとロニとミカも連れて絶対観に行くから!」
「おっと、これは責任重大だな」
家族の手を引き映画館に観に来てくれるフィーネの姿を想像すると、胸がほっこりと暖かくなる。
ポップコーンを胸に抱えながらスクリーンを食い入るように見つめる姿を想像すると、口元が緩む。
そうだ、ハリウッドスターにとってファンは命。
その一喜一憂こそがまさに生きる糧なのだ。
フィーネを失望させないような作品を作らねばならいないなと身を引き締めた、次の瞬間――
「……むっ!?」
周囲で突風が渦を巻いた。
かと思うと、青白い光が地面を走り何かの図形を描いた――これは六芒星《ダビデの星》!?
「――テロか!?」
爆弾の類だろうか。
有名になるにつれ様々な嫌がらせを受ける機会が増えだが、まさかここまでとは……!
「逃げろ!」
とっさの判断でフィーネの体を掴むと、マネージャーのジャックに投げ渡した。
続いて自分自身も六芒星の外へ――だが、それは叶わなかった。
光は輝度を増し私を呑み込み、そして――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
気がつくと、私は円形の大きな部屋にいた。
「ここは一体……?」
天井も床も石灰岩で出来ている。
どうやら天然の洞窟のようだが、一体どういう理由で、どうやって運んだんだ?
「意識を失っている間に……にしても公衆の面前だったはずだが……」
ペタペタと体に触れてみるが、傷や欠損は無い。
財布を盗られているわけでも、スマートフォンを盗られているわけでもない。
「テロや物盗りの類ではない……愉快犯?」
スマートフォンを起動させるが、電波は届いていない。
「洞窟の中なら当然か。しかし困ったな……」
歩いてここを出て、電波を探してみるか?
時計によるなら時間は十六時ということだが、夜になる前に連絡をつけられるだろうか?
いやいや、その前に私をここへ運び込んだ者の思惑だ。
あんな公衆の面前で事に及ぶなど、尋常な話ではない。
こうして無事でいる以上は危害を加える気はないのだろうが、どんな狙いがあるのか見当もつかない。
「……む? 誰だ?」
こめかみの辺りにちりちりと、複数の視線を感じる。
振り向くと、視線の主は子供だった。
年の頃なら十六、七か。それが十人。
上は紺地のブレザー姿、下は男子がズボンで女子はスカート。
杖や剣のようなものを構えている様子を見るに、学生たちが劇の練習でもしていたのだろうか。
杖の先端に灯った光が洞窟内に明かりをもたらしているが、そういった形の玩具なのか。
「なんだこのおっさん?」
「この状況で人間を召喚するとかマジかよ」
「おいどうなってんだサラ!」
私を見た生徒たちは一瞬戸惑い、それはすぐに失望に変わり――やがて怒りへと変化した。
怒りの矛先にはサラと呼ばれた少女がいる。
体つきは華奢で、赤毛のツインテールとあどけない顔立ちが可愛らしい少女だが、他の生徒たちの怒号を受けて怯え、体を震わせている。
「わ、わわわかんないよ。あたしだってこんなの初めてだから……っ」
「そこら中魔物だらけの魔境で! こっちはろくに装備もなくて! それでもおまえの召喚術ならと思って待ってやったんだろうが!」
「そう言われてもさあ……」
「ああもう! だったら別のを召喚しろよ! こいつ以外のちゃんとした奴をな!」
「でででできないよっ。もうMPが無いし、召喚術は触媒とか他にも色々必要だし……っ」
「はあーつっかえねえ!」
金髪の不良じみた男子が激昂して壁を叩くと、サラは「ひっ!?」と悲鳴を上げ身を竦めた。
「待ちたまえ。状況はわからんが、多数で女の子をイジメるのはよくない」
さすがに仲裁に入ろうとしたが、いきなり現れた部外者の大男の意見など誰も聞いてはくれない。
「もういい、追放だ! サラ! あとそこのおまえもな! 絶対俺たちについて来るんじゃねえぞ! ――ほら皆行こうぜ! 厄介者を置いて身軽になって、一気に魔境を脱出するんだ!」
金髪の不良男子に続き、皆はぞろぞろと部屋を出て行く。
残されたのは私と、サラと呼ばれた少女だけだった。
「追放というか……さっぱり状況が呑み込めないのだが……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
簡単な自己紹介と情報交換の結果、判明したのは衝撃的な事実だった。
「……なるほど、ここはアルコニアという世界で、魔物の生息域である魔境の真っただ中であると」
「そうそう。そんでもってあたしたちはリディア王国魔法学院の生徒で、王都の大夜会に参加する途中で飛空艇がエンジントラブルに遭って魔境に墜落しちゃって……。飛行術で空を飛んだからなんとか生きてはいるんだけど、そこら中魔物だらけでさ」
てっきりラスベガスの近郊だとばかり思っていたらとんでもない。
地球ではなく他の惑星ですらなく、まったく別の世界に私は来てしまっていたというわけだ。
「しかしそうか、これがあの『ナロー系』というやつか」
「……何それ?」
「マネージャーのジャックが言っていたんだ。近頃日本で流行っている物語の系統であると。なんの変哲もない主人公が突然異世界に召喚され、覇道を突き進むのが喜ばれているのだと」
「ああそっか、ニコってはりうっどすたー……ええと、俳優だから物語の形式とかに詳しいんだね。まあ覇道を突き進む必要はないんだけど……。ただ近くの街までたどり着ければいいだけで……それだけ……で――」
不意に言葉を切ったかと思うと、サラがガバリとその場に伏せた。
何をしているのかと思いきや、それは土下座だった。
「おお……土下座だっ」
日本に伝わる伝統的な礼式だが、こちらの世界にも共通する文化なのだろうか?
それにしても見事だ。
頭から背、背からお尻へと優美な曲線が描かれている。
普段からよほど謝り慣れているようだ……いや、そうではない。
感心している場合ではなかった。
「サラ、急にどうした?」
「ううぅ……ごめんねえぇぇぇ~……? あたしがミスしたばっかりにいぃぃ~……」
ゴンゴン、ゴンゴン。
サラは額を地面に打ち付けている。
「もういい、謝らなくていいから。顔を上げて」
「うううぅ~」
サラが顔を上げると、額が真っ赤になっていた。
頬は涙でぐしょぐしょ。目のぱっちりした美少女が台無しだ。
「いったいどうしたんだ? 急に」
「いいんだよ~。あたしみたいな人でなしはこれぐらいしないとさあ~」
「人でなしとは……? とにかくほら、涙も拭いて」
持っていたハンカチで顔を拭ってやるが、涙はなかなか止まらない。
後から後から垂れ落ちて、ハンカチがあっという間に濡れそぼっていく。
「召喚術自体は得意なんだよお~。学科も技術も満点でさあ~」
サラは鼻をぐずらせながら謝罪の理由を説明する。
「でもあたしってば緊張しいだから、いざ本番ってなると噛んじゃって、今回もそれでミスっちゃったんだと思うんだあ~」
「あがり症ならしょうがない。頑張りを褒められこそすれ、責められるいわれはないだろう」
「違うんだよお~。ミスって呼び出したのが人間だったのが問題なんだよお~」
「ああ、そういえば召喚獣と言っていたな。本来は獣を呼び出すものなのか?」
「うん~、そうなんだあ~。超常的な力を持った精霊とか、神獣とか。でもそういうのって、力を使い切ったら勝手に消えて元の世界に戻るんだけど、人間は人間だから、たぶんそういう風にはならないんだよお~」
なるほど、召喚術は本来なら精霊や神獣を呼び出すものだと。
そういった連中は力を使い果たしたら勝手に元の世界に戻ると。
人間はそういう風にはならないということは……うん?
「それは……もしかして……?」
「そうなんだあ~。あんたはもう、元の世界に戻れないんだよお~」
涙ながらのサラの言葉に、ゾクリと背筋が震えた。
「元の世界に……戻れないだって……?」
プロダクションとの契約――ジャックの困り顔――嘆き悲しむ多くのファン――フィーネの泣き顔――最悪の想像が脳裏に浮かび、私は一瞬くらりとした。
――だが、私はハリウッドスターだ。
――この程度で動揺してはいられない。
自らを鼓舞すると、私は即座に立ち直った。
泣き続けるサラの肩をガシリと掴むと言った。
「大丈夫だ、サラ。職業柄、そういったことには慣れている」
「え? え? 慣れてる?」
まったく想定していなかった反応だったのだろう、サラの目がぱちりと大きく見開かれた。
「言っただろう。私はハリウッドスターなんだ。全世界のファンが憧れ、星にすら例えられる存在なんだ。特に私は人気者でね、出演作品数五十本。『帰還不能系』のジャンルにだって何度も挑んできた」
「きかん……ふのう系……?」
「そうだ、本来なら戻れないものを戻れるようにする。それぐらいは朝飯前という意味だ」
ガバリと立ち上がると、私は後ろを振り返った。
空気の流れからしておそらくは入り口があるだろう方角を見つめた。
「さあ、立つんだサラ。まずは無事に魔境を脱出し、人間の世界に戻ろう。なあに、私のことは気にするな。何としてでも元の世界に戻って見せるさ」
二ッと笑い、力強く断言した。
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