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四人目:お客様(上)

『 

まぁ、さ?話し終わったのはまだ三人だけど、なんかそのとき初めて幽霊みたいなのと遭遇しましたーってひと多くない?こう言ったら白い目で見られるのは分かってんけどさ、俺はもっと俺と同じような霊感のある人間が集まるんじゃないかと少し期待してたんだよ。

 ……ああ、そうだよ?もうその反応は見飽きたって言うか、お前らこんな企画に集まったんならせめて白けた表情よりも好奇の目で見てくれよ。俺がもっと可哀想な人みたいになるじゃないか。

 だからもう一度はっきりと言ってやる。俺には霊感があるんだよ。火の玉、幽霊、怪奇現象なんでもござれだ。クソガキの頃から今までずっとその存在は俺の人生の特等席にいて、これからもそこから俺を見下ろして嘲笑い続けるんだろうよ。いや、同じ人間相手に、そう言った話を求めているだろう相手に正直に話してもこの反応だよ。どっちがマシか分かんないな。

 いや、うん、悪かった。俺が勝手に期待して、勝手に自爆しただけだ。だから謝る代わりに、俺がこの高校で体験した恐怖体験の中で一番ヤバかったやつを話すよ。誠意ある謝罪より、この方がこの場には相応しいだろ?

 んじゃあ話すぞ。


 二、三年近くも学校に通ってると、こんな場面に出くわしたことはないか?いつもは何もない玄関口に、誰のために用意されたのか分からないスリッパが並べられている。

 そんなところに。

 文化祭や体育祭なんかの行事の日なら合点がいくんだけど、俺がその光景と出会ったその日は、特になんてことのない平日だった。

 まぁだからって特別気に留めるようなことでもない。学生にとってその光景は自分たちとはほとんど無関係なものだろ?学校にとって重要な客なんかがこれから来るのかもなって思うくらいで、自分たちとは関係ないものを気にするより部活や塾や帰宅のためにさっさと下駄箱を開けに行くのが普通だ。

 もっとも俺は、冗談じゃない、って思ってたけどな。他の生徒達からどんな風に映っていたか分かんないけど、並べられているスリッパはそのどれもが明らかにおかしかったんだ。それは他の生徒も本能的には感じていたんじゃないかな。校舎の一部、正面玄関に確かに存在していながらそれは、腫物のように不自然なまでに学生たちから避けられていた。

 そう、冗談じゃない。そのスリッパたちは異常だ。

 左右で大きさの違うものが用意されていたり、向きや上下が真逆に置かれているものもある。半分辺りで鋭利な刃にスパッと斬られたようなものもあれば、何かの液体でぐっしょり濡れているものもある。絵の具全部をぶち込んだような気持ちの悪い色の物もあれば、先端を釘と糸で縫い付けている物もある。焦げたものも、途中でねじ曲がっているものも、可愛らしくビーズみたいなのでデコレーションされたものも。

 並べられているスリッパはそれなりの数があったけど、まともなのは一足しかなかった。そしてそのまともなものでさえも、他のスリッパの異常さをより浮き彫りにするために用意されているようにしか思えない。

 本当にただただ得体が知れなくて、気持ちが悪い。やってくる客人のためにわざわざ用意したものだとしたら、これを履く存在ってのはどんな奴なんだ?いっそこのスリッパを用意した奴がトチ狂っていた方がマシ……なのかはともかく、どっちにしても最悪なことだけは間違いなかった。

 そんなものに、首を突っ込むわけがないよな?当然俺はさっさと帰ったさ。勘違いしないで欲しいんだけど、見えるからって見たいわけじゃない。むしろ、見えなくなってくれた方が有難い。それでも異常をはっきり認識してしまったら、それを出来るだけ避けるために動いた方が良い。これは霊感と一緒に生きてきた俺の絶対の教訓だ。

 ……おいおい、そんながっかりしたような、やっぱり霊感があるなんて嘘なんだ、みたいな顔をしないでくれよ。それとも霊感がある人間は必ず厄介事に首をつっ込まなきゃいけないってか?それは早死にしてくれって言ってんのと変わらないぜ。

 まぁ、そんなわけで次の日になって、登校したときに奇妙なスリッパたちが並べられていた場所を確認したんだけど、そこには何もなかった。一かけらの名残もなく、綺麗さっぱり消えていたんだ。

 だからこれは、俺が遭遇した幾つもの超常現象の中の何気ない一つとして、そのまま記憶の片隅に追いやられていくはずだったんだよ。

 ことが起こったのは、それから三日後の事だった。



 その日の正面玄関にも異様なスリッパが並べられていて、俺は辟易していた。三日前のあの一回だけじゃなかったってことは、これからもあんまり気持ちの良くないこの奇妙な光景を見ることになるかもしれない。そして同じことを繰り返しているってことは、これを用意する明確な理由がありそうってことだ。"何か"のただの気まぐれであって欲しかったけど、その可能性は低くなってしまった。

 俺は粘り付く不安を振り払うように靴箱を素早く開けて、友人と喋りながら校庭を歩き始めた。

 目的地である自転車置き場が少し先にあって、そこまでの道は一刻も早く自転車に乗って帰宅しようとする生徒たちで一杯だ。だから余計に目に付いたんだろうな。混み合った場所から引き返して来ていた一人の生徒に視線を奪われて思わず息を呑んでしまったんだ。

 そいつはそれで前が見えるのかってくらい俯いていて、垂れ下がった前髪をぶらぶらと揺らして、髪の隙間から生気のない眠たげな瞳が覗けて、口からたらりと涎を垂らしていた。

 はっきり言って尋常じゃない。異様な様子で歩くその女子生徒を見て俺は、人間じゃなくて幽霊なんじゃないかと思ったくらいだ。周りの奴らも友人も、何の反応もしなかったしな。でもすぐに、そうじゃないと分かったんだ。

 揺れる前髪も生気のない瞳も涎を垂らした唇も勿論不気味だったけど、ある一点に比べれば些細なことだった。俺が目を見開いたその先に映っているのは、青白い踵。そう、外にも係わらず女子生徒の細い踵が何に守られることもなく露わになっていたんだ。

 靴も、ソックスすらも履かず素足で歩く女子生徒。足裏の皮が剥けているのか、一歩、一歩と歩くごとに生きている人間の証拠である鮮血が地に垂れて染みて行く。しかし彼女は止まる様子を見せない。何か逆らえないものにでも呼ばれている様に、ゆっくりであっても決して歩みを止めない。

 そんな異様な女子生徒と一瞬だけ視線が……交差して、それから彼女は正面玄関に吸い込まれる様に入っていったんだ。

 いっそ幽霊であってくれた方がありがたかった。正直、そう思ったね。摩訶不思議な存在にだって色々いるんだ。ただ彷徨っているだけのやつ。生き物に憑いて回るやつ。物と同化して何かに触られるのを待っているやつ。負の感情を愉快そうにばら撒くやつ。人を陰から見守ってくれているやつ。

 中でも最悪な類の一つは、自分の道理を相手に強いる奴だ。存在している法則も場所も目的も理由も違うのに、相手も自分と同じ道理の中にいると思っているやつ。そう言うやつは遠慮を知らない。ほくそ笑むためか、寂しいのか、何となくそうしているだけなのか、そんなことは分からないが、思いのままに相手を自分の居る側へ引き摺りこもうとする。そんな最悪の何かに目を付けられてしまった被害者に共通しているのは、大抵碌な目に遭わないってことだ。

 俺はそんな被害者の雰囲気をさっきの女子生徒から感じ取っていたんだ。ってことは、もしかしたら彼女を引き込んだ質の悪い何かが近くに居るのかもしれない。

 ああ、当然思ったさ。あの奇妙なスリッパと関係してるんじゃないかってな。今日それが並べられていて、自転車置き場から引き返してきた女子生徒は下履きを履いてなくて、そして正面玄関に入っていったんだ。嫌でもあのスリッパの列のことが思い浮かんで、俺の心を乱してくる。

 じゃあ、どうしたのかって?どうもしないよ。俺は除霊師やエクソシストなんかじゃない。もう魅入られてしまった奴をどうにかするなんて出来っこないし、これを聞いて俺を非難したくなった奴には、見えるってだけで押し付けないでくれって思う。そんなのは見えるようになって、自分が誰か一人でも他人を助けてから言ってくれ。

 あんたらが俺に向けているその目つき、悪人を非難しているみたいだ。

 ……悪い。ちょっと熱くなってしまった。まぁとにかく俺は、その女子生徒のことは忘れるように努めてさっさと帰宅したんだ。

 翌日……はまだそう変わりはなかったんだけど、翌々日登校すると学校ではちょっとした騒ぎが起こっていた。いや騒ぎって言うか、ある噂がまことしやかに囁かれていたんだ。こう言った噂にはよくあることで、いつの間にか誰かが要素を付け加えたり、伝わるうちに内容が変質していたりで耳に入ってくる内容には微妙な違いがあったんだけど、大筋は共通していた。

 俺が小耳に挟んだのはこんな感じだ。


 "一昨日の夜、当直の先生が見回りの最中に廊下で変な足跡を見つけたんだって"


 "そもそも、廊下に足跡があるってのも変な話だよな。生徒も教師も全員帰宅しているはずの時間帯だったみたいだし、仮にだれか残っていたとしても足を濡らしたまま歩くわけがないだろ?"


 "その足跡、ただ水で濡れたって感じじゃなかったみたい。夜の校舎って暗いんだろうけど、その暗さの中でも妖しく赤黒く光って見えたんだって。それに足を引き摺った様な掠れた線が、そこかしこにこびりついてとても不気味だったらしいよ"


 "恐る恐る足跡を辿っていくと、女子生徒が何もない壁を見つめたまま直立してたんだよな?肌の色が不健康そうなくらいに真っ白で、一瞬マネキンが立っているのかと思ったって聞いたぜ"


 "なんでも片手に奇妙な文字が書かれた紙を握り締めていたみたいだ。そしてやっぱり、足がどうなっているかだよな。そこが一番気になるところだろ!"


 "結局病院に運ばれて、命に別条はなかったんだって。でも、血だらけで真っ赤になったスリッパが皮膚と不自然に癒着してて、もう一生脱ぐことができないんだって。ヤバくない?"


 "最後の下り、色んな結末があるよな。俺が最初聞いたのは、両足を切断しなきゃいけなくなったってやつだった。でも、火傷を負ったみたいに皮膚が膨らんでいて遂にはべろりと剥げたとか、赤くてネバネバした液体で濡れていただけだったとか、怪我はしていたけど応急処置で済むような傷の具合だったとか。何でもいいけど、平凡な結末だとやっぱ締まらないよなぁ"


 "とにかく、しばらく学校に来れないってのは本当らしい。多分、2-Cの○○さんだよ。友達から聞いたんだけど、昨日から休んでいるみたい"


 "私の部活の先輩が言ってたんだ。3-Aの○○って人、それまで元気だったのに、一昨日だけ凄く顔色が悪かったんだって。絶対そうだよ。今日休んでるらしいしさ"


 あんたらもこんな内容の噂が一時期流行ってたの、知ってるんじゃないか?なんてったってこういうのに飛びつく人種の集まりだろ。所詮他人事だからって、一緒に混ざって騒いだんじゃないか?そういう奴らに限って、いざ霊なんかが見えるようになったら不謹慎だって怒り出すんだぜ、きっと。

 ……あんたらに当たってもしょうがないよな。続けるよ。

 もうわざわざ言及しなくても分かるだろうけど、噂になっていたのは案の定、一昨日俺が知らんぷりを決め込んだ女子生徒のことだった。その女子生徒が誰なのかは情報が錯綜してたけど、別に知りたくもない。

 俺はただ、その女子生徒が最後の犠牲であってくれればいいと、そう思っただけだ。その女子生徒を恐ろしい目に遭わせた何かが満足してくれればいいと、そう願っただけだ。もう、あの忌々しい気持ちの悪いスリッパの並びを見ることがないように、ずっと目を閉じていたかっただけだ。

 ははっ、安心してくれ。俺が思った通りにはならなかった。これで終わっていたら怪談として使えるかは怪しいもんな。部長さんの少しホッとしたような顔も分かるぜ。

 その翌日の下校の時間になって。正面玄関にはまたしても不気味なスリッパたちが並んでいたってわけだ。見えている身としては、もう勘弁してくれよって心中で呟いたよ。それは次の犠牲者が出ることを告げる合図なのかもしれないからさ。けどだからってどうしようもないから、俺はそれを無視して自分の下駄箱に手を掛けたんだ。

 ……嫌な予感がした。いや、俺にとってそれは予感じゃない。手を付けた下駄箱の冷たい金属板一枚越しに、得体の知れない気味の悪いものがあるのをはっきりと感じ取ったんだ。

 当然開けるわけがない。開けるわけが……そう思っていたのに、俺の手が勝手に動くんだ。酷く震えていて、手の皺と指の先にじっとりと汗が滲んできて、腕は下駄箱から離れようと軽く曲がるのに、手が下駄箱を開けるんだ。

 ギィッ、と一度小さく下駄箱が悲鳴を上げると、その中から一枚の紙が飛び出てきてひらりひらりと宙を舞う。赤い染みだらけでとても汚らしい。視界でふらふらと彷徨っていても、それがはっきりと分かるくらいだ。その上その紙には、何か細いものが這い回ったような薄気味悪い丸みを帯びた線が刻まれていて、床に落ちたそれを何とか踏みつけて破けないかと考えずにはいられなかった。

 けどやっぱり腕が勝手に動いてそれを丁寧に拾い上げる。視線が自然と紙の真ん中に向かう。頭が文字なのかすらも分からない線の組み合わせを理解しようとする。

 辛うじて分かったのは、紙に書かれている文字の一部。赤い染みだらけのそこに曖昧だけど確かに形を成している意味のある言葉。


 しょうたいじょう。


 紙にはそう書かれていたんだ。

 それから俺の体全体が意思に反して動き始めた。脱いだ上履き、どころか靴下すら剥いで下駄箱に入れて、気持ちの悪いスリッパたちが並べられたそこの前で止まる。いや、体だけじゃなくて思考も止まってしまったよ。いつの間にか俺の横には、三日前にすれ違ったあの裸足の女子生徒が居た。一瞬だけ目が合って、助けを求めるような表情を見せたあの女子生徒が。噂になっているはずの彼女は薄気味悪く笑いながら、その手で異様なスリッパの列を俺に向けて指したんだ。

いつの間にか評価とブックマークを入れて下さった方がいらっしゃったので、テンションのままに書きました。所詮趣味の範疇と言っても評価を頂けるのは本当に有難いことです。その方の嗜好に合うかは分かりませんが、後半は明日か明後日くらいになると思います。

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