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二人目:図書室のノート

 一人目君、ちょっと作り過ぎじゃない?ごちゃごちゃしてて、イマイチ恐怖を感じさせようってポイントが分かんなかったかな。ごめん、そんなに睨まないで。これまでそんな話聞いたこと無かったし、実体験として話したことは本当に凄いなぁって思うよ。

 あたしは友達から聞いた話なんだ。名前は言わない方が良いよね。その方が何となく怖いじゃん?同じ学校に居るんだもん。名前を言ったら、あー知ってる知ってるってなって、そしたら怖さって薄れると思わない?これってあたしだけ?誰なのか分かんないから恐怖って増すと思うんだよね。

 それであたしの話なんだけど……図書室のノート!この学校じゃあそれなりに有名?な気がするから、被ってたらごめんね。早い者勝ちだからあたしのもん。ふふ、被ってる人は慌てふためけぇ!

 ごめん。一人目君への言葉もそうなんだけど、あたし余計なこと言っちゃうんだよね。ここまでカットで!えへへ、一度言ってみたかったんだぁ。

 ……はい、スミマセン。さっさと話します。さっきも言ったけど、あたしの話は図書室のノート。うちの高校の図書室って結構広いでしょ?あたしは読書に興味ないけど、本が好きな人なら割と惹かれるんじゃないかな。図書室の先生もきっちりと整理をする人らしくてね。はみ出ることなく揃えられた背表紙を見ていると、なんだか背筋が伸びる思いがするらしいの。

 そんな図書室の本棚に、その輪を乱すようなノートが時々現れるんだって。そもそも授業で使うノートってそこらの本より大きいでしょ?だから軽く折れ曲がってたり、ポコッとはみ出してたり、柄も独特らしくてとにかく目立つの。誰が置いたのかも、何で置いたのかも分からない変な柄のノート。

 それまでそのノートに、たくさんの人が色んなことを書き込んだらしいんだ。今日の天気とか、先生への不満とか、あみだくじとか、落書きとか、呪いの言葉まで。けど同じ柄のノートが本棚で見つかった時には、その中身はいつも真っ新になっているんだって。ノートのページを破ったり、ノートごと切って捨ててみる人もいたらしいけど、やっぱり同じ柄のノートが真っ新な状態でいつの間にか本棚に突き刺さっている。

 生徒の悪戯だとしたら、こんなしょうもないことにどんだけお金を使ってるんだって話だよね。ノート代だって積み重なったらそれなりになるよ。バイト代が全部ノートになって消えましたって聞いたら、どんだけ勉強するのって驚いちゃうけど、本棚に差すだけなんて知ったら呆れて言葉も出ないよ。

 だからそのノートの事はちょっと話題なりはしたけど、まぁ正体は分からないが誰かの下らない悪戯だろうってことで、怪談とか七不思議とかを話す場に出せるような話題じゃなかったんだよ。

 ある時までは。


 二年前……あたしが一年生の時に、うちの高校に新人の先生が来てね。その先生は本が好きだったのか、図書室の担当の先生の手伝いをよくしてたんだ。新人なのに余裕あるよね。優秀だったのかな?それでその新人の先生も、自然とその変なノートの事を知ったんだって。

 いつの間にか本棚に置かれているノート。何を書いても、何をしても新品同然になるノート。それを聞くと流石に少しは気になっちゃうよね。新人の先生も初めの内はそのノートを見掛けても無視していたんだけど、少しずつに興味を惹かれ始めちゃったみたいなんだ。

 それでそのノートに色んなことをしてみた。時には日記を書いたり、目立たない小さな折り目を付けてみたり。図書室のカウンターに座って、そのノートを置きに来る人間がいないかじっと眺めたり。

 けど、何をしてもそのノートに関して何も分かることはなかった。何を書いても次に見つけた時にはやっぱり新品同然になっていたし、そのノートを本棚に置く人も見つからなかった。

 ま、何の進展もなくてちょっと気が迷ってたんだろうね。新人の先生は少し久しぶりに見つけたそのノートにこんなことを書いたんだって。

 "三日後の天気はなんですか?"

 どうやらその日は休日で、久しぶりに彼氏と外出する予定だったみたいなんだ。だからって、普通怪しいノートに天気を聞いたりする?ちょっと頭ぽわぽわだよね。

 でも次の日。それまで何を書いても白紙になっていたそのノートに、短いながらもその返事が返って来ていたんだ。

 "午後から雨。注意して"

 先生は驚くと同時に、もしかしたら未来の事についてなら返事が来るんじゃないかって思ったんだ。これまでこのノートに"このノートを何のために図書室に置くのですか?"とか"あなたは誰?"とか"1+1とか分かるぅ?"なんて質問が書かれたことがあったけど、それに対する返事がなかったことを先生は掴んでいたから、未来の質問じゃなきゃ駄目なのかもって考えたんだろうね。

 と言っても結局はただの返事だからさ。先生はノートに書かれた文字を覚えてはいたものの、週間予報では晴れになっている明後日の午後に雨が降るなんて信じはしなかったんだ。折角の彼氏とのデートの日が雨になるなんて、あんまり信じたくないだろうしねぇ。

 だからただ、また返事が欲しいって理由で"来年どのクラスを受け持つことになりますか?"なんて書いてそのノートを本棚にそっと入れたんだ。

 そしてデートの日。降水確率は低かったみたいだけど、残念ながら午後から雨が降った。ノートの返事が心の片隅にあったんだろうね。用意していた折り畳みの傘を広げながら先生は"ノートの返事が当たった!"と驚いたんだ。

 けどさ、天気予報が外れることなんてままあるし。一度の偶然で"これは予言のノートだ!"なんてならないでしょ?頭ぽわぽわのその先生も流石にたまたまだろうってことで、でもわくわく半分気味の悪さ半分でノートがまた見つかるのを待ったんだ。

 数日後、先生は本棚から突き出たノートを見つけた。この日までずっと探してたけど全く見つからなかったノートを。先生はそれを手に取り、そしてちょっと手早く開けたんだ。

 ところがノートに返事はなかったの。何も書かれていない白紙が続くだけで、それ以外には何もない。肩透かしだよね。雨の事があったからドキドキと高鳴ってた先生の心臓の鼓動はすっかり落ち着いて、何が悪かったのか、返事をくれたのはたまたまだったのかと考え始めた。

 あまりに先の事過ぎたのかな。それとも返事をくれたのは未来のことを聞いたからじゃなかったのかな。まさか天気の事だけ返事をくれるんじゃあ。なんて思ったんじゃないかな?

 とは言っても、返事をくれたのは一回だけ。判断する材料がないよね。だから先生は"三日後の○○先生の昼食は何ですか?"って同じように三日後の事を聞いたんだ。○○先生が職員室で隣の席だから、確かめやすいと思ってそんなことを書いたのかな。

 それで次の日。ノートはすぐに見つかった。この前ほど期待はしなかったけど、やっぱりちょっとそわそわしながらノートを開いたの。

 "奥さんと喧嘩をしたので、コンビニで買って来た菓子パンです"

 返事はあった。それも理由付きで。流石にこれが当たったら、あたしでもこのノートかこの返事を書いた人間が普通じゃないって信じるよ。○○先生は奥さんと不仲で有名、ってこともなかったらしいし。

 先生は返事が来たことに喜びながら"一週間後の△△先生のネクタイの色は何色ですか?"って書いてからそのノートを本棚に戻したんだ。

 で、二日後。お昼休みに隣の席の○○先生の机を見ると、菓子パンが乗ってるわけ。それだけでも驚きなのに、何も聞いてもいないのに○○先生がこう喋りかけてくる。

 "いやぁお恥ずかしながら家内と喧嘩してしまいまいまして。お昼時に家内の大切さを今更ながら思い知る私は、現金な人間ですよねぇ……"

 お昼ご飯の内容だけじゃなくて、奥さんと喧嘩をしたってことまで当たっている。さっきも言ったけどあのノートは、その返事の書き手は普通じゃないって思っちゃうよね。

 先生は、あれは予言のノートだ。未来の事を知ることが出来るノートなんだ、ってもうほとんど信じ切っていた。

 その日の内にそのノートが見つかって、この前の質問への返事もあった。それもまた当たったんだ。

 こうなっちゃったらさ。誰でもこう思うんじゃないかな?このノートを使って自分が得をしようって。だって未来の事を知れるノートだよ?テストの内容とか、部活の大会の結果とか、好きな人への告白がどうなるとか知りたくならない?あたしは頭が良くないからあれだけど、使い様によってはもっと凄いことだって出来ちゃうでしょ?

 それで先生はどんどんそのノートにのめり込んでいった。それこそ、ノートが見つからない日は不安になっちゃうくらい。ちょっと内気な先生がどんどん自信満々になっていったって、そう話す生徒は多いよ。

 先生はそのノートに色んなことを聞いた。最初は一つ二つの質問だったのが、一ページ使っても書き足りなくなって。質問の内容も自分のためのものだけになっていった。目を奪われるほどの美人ってわけじゃなかったけど、笑うと安心できるような温かい笑みが新人ながら人気な先生だったんだけどね。目つきが鋭くなって、唇は不敵に歪んでて、そんな笑顔は見れなくなった。先の事を分かっている自信は、人をそんな風に変えるんだね。

 それともそのノートに何かあるのかな。結末を知っているから、そう思うんだろうけど。

 先のことが分かって順風満帆な先生だったけど、いつの頃からかノートからの返事が望まない結果ばかりになってしまったんだ。

 "四日後のデートに何を着ていけば彼氏が気に入りますか?"と書けば"何を着ても気にいられません"。

 "明後日任された補習の監督を他の先生に押し付けられますか?"と書けば"何をしても自分が受け持つことになります"。

 何を書いても、自分が望むような答えが返ってこなくなったんだって。でもこれって、ただ先生が欲深くなっただけじゃないかな?それに、未来の事を知れるって言っても文字でしょ?文字だけじゃ表しきれないようなこともあると思うんだよね。実際にそうしたときのその場の雰囲気とか、周りの人の反応とか。未来の結果を知るだけで、全てが上手く回るわけないよね?

 あたしはそう思うけど、どうなんだろうね?

 あたしの考えはともかく、先生はそれが気に入らなかった。だからあてつけのようにとんでもない量の質問をノートに書くんだけど、その返事はやっぱり自分を逆撫でするようなものばかり。何時の頃からか先生は、それまで心底ありがたがっていたそのノートに対して怒りを覚えるようになっていったみたい。

 そして、決定的なことが起こったんだ。

 先生が彼氏とのことについてノートに質問するのは習慣みたいなもので、いつも通り何をすればどう反応されるだとか、待ち合わせに遅刻しても許してくれる時間だとか、そんなことを書いてその返事を待った。だけど幾つもの疑問に返って来たのはこれだけ。

 "彼氏に別れを告げられる"

 何で?

 先生はそう思っただろうね。未来の事を知ることが出来て、彼氏との関係もずっと良好になるよう行動して、その結果が別離。

 直接見たわけじゃないから想像だけど、先生はその時の自分の顔を鏡で見れば少しは納得したんじゃないかな。良い関係で居られるようノートに質問してきたっていう自負。そんな自分の苦労も知らず別れを告げる彼氏。別れることになると書かれたノート。

 きっと、鬼のようなもの凄く恐い顔をしていたと思うよ。ノートに興味を持つ前の先生には、浮かべられない表情だったんじゃないかな。

 結局、ノートの予言は変えられなかった。そして彼氏から別れを切り出された先生のノートへの、そしてもし居るならノートの中身を書いた人間への恨みは頂点に達したんだよ。

 数日して、先生はノートに質問を書いた。その内容は数日先の事についての他愛のないものばかり。でも先生の目的はもう未来を知る事じゃなかった。ノートを無造作に本棚に突き刺した先生は、早朝にも昼間にも夕方にもノートに触る人を見掛けなかったからか、その日の晩図書室に忍び込んでじっと息を潜めたんだ。

 真っ暗な図書室に自分の息遣いだけが聞こえるのって、どんな感じなんだろうね?電気を付けるわけにもいかないだろうしね。そんな中で良く過ごせるなと感心しちゃうよ。

 暗闇の中でどれだけ待ったんだろう。数十分?数時間?それは先生にしか分かんないけど、もう時間なんてどうでも良かっただろうね。今日見つからなければ明日。明日見つからなければ明後日。もう先生の頭には、ノートの事しかなかったんだと思う。

 そして不意に、ぎいぃぃ......と錆びた何かを開けるような音が真っ黒の図書室に響き渡ったんだ。それから、しゅっ......しゅっ......と図書館の少し柔らかい床を歩く音が続く。

 先生はぐっと拳に力を籠める。間違いない、ノートの書き手が来たんだ。先生はその姿を見る前からもうそう確信したんだよ。

 先生は身を隠していたカウンターから勢いよく躍り出て、暗闇の中を駆け出した!人影はそれに反応して振り向いたけど、先生の勢いを止めることは出来ない。

 人影は先生に突き飛ばされて、本棚に強く頭を打ち付けた。続いて先生は馬乗りになって、固く握った拳を人影にぶつけたんだ。

 何度も、何度も!それこそ、自分の手の皮が剝げて血だらけになるまで!マスクをして、帽子を深く被った怪し気な格好の人影を殴り続けた!

 そうして人影はピクリとも動かなくなった。帽子から赤い血が滲んで、怪しい風体をした人影の鼻下を流れていく。胸元は上下に動いてなくて、呼吸の音は聞こえない。

 なんて醜い顔だろう。先生は暗闇の中で僅かに見える唇や目元を見て、その人影を心の中で罵った。倒れ込んで呼吸をしていないその人物の心配を一つもしないのは、それだけあのノートに、その書き手に怒っていたんだろうね。保身、何て頭になかったんじゃないかな。

 そうして先生は、憎きその人物の帽子とマスクをはぎ取った。その醜い顔全部を目に焼き付けておこうとしたんじゃないかな。

 そして全てを曝け出したその顔は。なんだか全てから解放されたように力が抜けて安らかになっていくその顔は。


 かつての自分そっくりだったんだ。



 これが、この学校でそれなりに有名な図書室のノートの話だよ。

 それでえっと……友達から聞いた話って言うのは、実はここからなんだよね。これはこの話が広まる前の事なんだ。

 その友達はあんまり素行が良くなくて、夜遅くまで友達と遊んでる娘なんだけど、その娘が見たって言うんだよね。黒いマスクを着けて、帽子を深くかぶった怪しい人を夜遅くに。

 気味が悪くてじっくりと見たりはしなかったらしいんだけど、マスクや帽子の隙間から一瞬見えた顔は、新人の先生に似ていたんだって。

 んでその人はビニール袋を持っていて、その中には何か色々と詰まっている。やっぱり暗くてよく見えなかったけど、そのビニールの底だけがやたら黒々としていたらしいんだよね。

 気付かれないように、友達は視線で追った。すると僅かな間ビニール袋が街灯に照らされて、それがはっきりと見える。

 黒々としていたんじゃなくて、赤黒い。さらにその中で、鋭い光がきらりと僅かに反射した気がしたんだって。


 友達が見たのは、殺される前の先生だったのかな。でも友達が言っていることが全て真実なら、それもちょっと変な気がするよね。自分を殺しに来ることが分かった数日後の先生が、自分を返り討ちにした帰りとか?それだと過去の自分をわざわざ殺したってことになるし、何で今生きてるのってことになってつじつまがあわないよね。

 うわ言でこの話をした新人の先生が体調不良を理由に学校から居なくなった今となっては、もう何も分かんないよ。

 そうそう。今でも図書室に行って本棚を探せば、極稀にそのノートが見つかるらしいよ。

 けど、何を書いてもこう返ってくるんだって。


 "アイツノセイダアイツノセイダ"それから小さく"タスケテ"。


 その言葉だけじゃあ、未来どころか何一つ分からないしどうしようもないよね。

 私の話はこれで終わりだよ。ごせーちょーありがとうございました。

 』

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