婚約破棄は承りますが、私、そんなしょうもないことをした記憶がございません。
久し振りの投稿です。よろしくお願いします。
「アデライン・ハンプトン! 貴様は王太子妃、ゆくゆくは国母として慈悲深く国民を愛し、導く存在にならなければならないのに、か弱き者を権力により虐げるとは何たることか! そのような者、俺の妃どころか貴族として許されることではない! よって! ここにお前との婚約を破棄することを宣言する!」
ああ、頭の悪い何かがぴーちくぱーちくと喚いているわ。嘆かわしい…。
周りを見てみれば、皆様ぽかんと口が開いてるし。「こいつ、大丈夫か…?」と声が聞えなくとも、皆様の顔にそう書いてあってその気持ちに激しく同意する。
今日は貴族の子息子女が5年も通うサザラテラ王国の貴族学園、その卒業パーティーが開催されている。
卒業後、それぞれが成人した貴族としての様々な道へ進む、その決意を新たにする神聖な場だ。だというのに…。
目の前でぎゃんぎゃんと吠えているのは、我が国の第二王子であるフィランダー・サザラテラ様であるという最悪な状況。しかもその婚約者が私、アデライン・ハンプトン公爵令嬢だ。
「そして俺は虐げられた者を決して見捨てたりなどしない! お前との婚約を破棄し、アンディ・ブラックリー男爵令嬢との新たな婚約をここに宣言する!」
まるで舞台俳優かのように朗々と声を響かせ腕をバッと広げれば、その腕の中へと飛び込む一人の女。
腰まで伸びたピンクの髪をハーフアップにし、頭にはたくさんの花飾り。そしてこちらを見つめる黄色い瞳は涙で潤んでいる。
「アンディ。よく今までつらい状況に耐えてくれた。これからはもうお前を苦しめる者はない。お前の代わりに、あの悪女を断罪してやろう」
「フィランダー様……」
そしてひしっと2人は強く抱きしめ合い、2人だけの世界を作っていた。これが舞台であったなら、きっとお涙頂戴の感動シーンであっただろう。だが、これは劇ではないし現在進行形で行われている現実だ。非常に頭の痛い現実である。
「……フィランダー様。婚約破棄の件は承りましたわ。その事については異論はございません。ですが、私が『か弱き者を権力により虐げる』という事実はございませんし、それに関しては否定させていただきます」
「何を言うか! お前はこの美しきアンディに嫉妬し、彼女に様々な嫌がらせを行っただろう! 証人もいるんだ! 言い逃れは出来ない! さっさと認めたらどうだ!」
ほんっとにぎゃんぎゃんとうるさい男だ。婚約破棄は本当に本当にほんとーーーーーにありがたいし、有難すぎて涙が出そうだし、実際ちょっとうるっと来ちゃったくらいだけど、そのアンディとかいうピンク頭に対して私は何もしていない。
あのピンク頭が編入して来てしばらくしてからフィランダー様と一緒にいるところは何度も目撃してるし、むしろそのままくっついてしまえ! と毎朝毎晩神様にお祈りしていたくらいだ。
だから嫉妬して嫌がらせするとかとんでもない! むしろめちゃくちゃ応援してましたとも。
はぁ~…どうすっかなこれ。あの第二王子のことだし、私が何か言ったところで全然聞き入れて貰えないことは想像に難くない。
側妃である母を持つ第二王子は見てわかる通りのかなりのポンコツだ。兄である第一王子が国外へと留学に行っており、長くこの国には不在。王子としてちやほやされ、傲慢に育った結果がこれだ。だが、唯一自慢できることがある。それは剣の腕だ。
勉強は中の下、難しいことは覚える気がないというより覚えられない。そんな鳥頭のような人でも剣だけは才能があった。今では武人として名高い騎士団長に次ぐ強さがあると言われているくらいだ。
この世界には魔物も存在し、溢れてしまえば村や町が襲われる。そうならない様討伐をしなければいけないのだが、この第二王子はその前線で活躍していた。魔物をばっさばっさと斬り捨てどんどんと討伐数を増やしていったのだ。
勉強は出来ないが剣は達者。いわゆる脳筋である。
だが、この輝かしい討伐で第二王子を持ち上げる勢力が出来上がった。側妃の肩を持つ貴族連中だ。
要は第二王子を次代の国王にして、自らが美味しい思いをするために。
未だ王太子は決まっていない。なのに先ほど私の事を『王太子妃』云々と言っていたのは、もう既に自分が『王太子』だと勘違いしているに他ならない。
第二王子はポンコツだ。自分が次期国王として相応しいだのなんだの言われて舞い上がっている。そしてそれは『傀儡』になることだということもわかっていない。自分が一番だと本気で思っている。
だから勉強が出来る私が婚約者として選ばれてしまった。公爵令嬢としての教養と、学園での成績が一番優秀だという事で。
陛下から、あの脳筋を頼む。と言われてしまったのだ。頼む、とは言われているが王命である。それを覆すことなど出来はしない。物凄く、ものすっごく嫌で嫌で仕方なかったけど、王命である以上仕方ないので脳筋王子と婚約した。
だがあのポンコツ脳筋王子は成績で一番を取り続ける私が気に入らなかった。口を開けば「女のくせに」だとか「可愛げがない」だとか散々言われてきた。そう言われても粛々と受け止め頭を下げるだけに留めておいた。
黙れこのポンコツがっ! と口から出なかった私を褒めてあげたい。今まさに喉まで出てきているけど。もう言っちゃおうかな。言っちゃってもいいかな。
「これは一体なんの騒ぎかな?」
よし言おう! と息を吸いかけたところでよく通る美声が聞えて来た。そちらを見てみれば、すらっとした長身に濃紺の長髪を一つに括った美青年が私たちの元へと歩みを進めていた。
「…兄上!? なぜここに!?」
ルーファス・サザラテラ第一王子殿下。まさかこのパーティーにいらっしゃるとは思わず驚くものの、公爵令嬢としての教養で体は勝手にカーテシーを披露する。
小さな頃から何度かお目にかかったことのある殿下。最後に会ったのは王子妃教育で王宮へ伺っていた2年前だっただろうか。もうすぐ留学も終わりそうだと言っていたから、帰国されたのかもしれない。
「可愛い弟が学園を卒業するんだから、お祝いに駆け付けたのに随分な言い方だね。兄様は悲しいよ」
悲しいと言いながらも顔は全く悲しそうじゃない。むしろ満面の笑みである。
「ところで折角の卒業パーティーなのに、これは一体どういうことなのかな? 婚約破棄とかなんとか聞こえたのだけど」
ということは最初からしっかり聞いていたんだろうな。意地悪な人だ。
私はこの人も苦手だ。いつもにこにこ笑っていて穏やかな印象を与えるが、かなりの切れ者だ。だから王太子、次期国王となるならばこの人の方が国は安定するだろう。
ただ、何を考えているのかわからないから迂闊な事を言う事は出来ない。お陰でいつも緊張を強いられてしまう。だから苦手だ。心が休まらない。
「そうです。俺はこの悪女アデラインとは婚約を破棄します。このか弱いアンディを悪質ないじめで苦しめていたんです。そんな最低な女を今から断罪するんですよ」
「おや。アデライン嬢、いじめを行っていたのは本当かい?」
「いいえ。誓ってそんなことしておりませんわ」
「そうなのか。フィランダー、彼女はしていないと言っているよ」
「そんな訳がありません! こいつは嘘を吐いています!」
がっしりとアンディさんの肩を抱きながら大声でヤジを飛ばすポンコツ脳筋王子。一瞬アンディさん「ぐえっ」って言ってましたけど気づいてます?
「さあアンディ! 今までされたことを皆に聞いてもらおう! あの悪女から俺が必ず守ってやるから大丈夫だ!」
「ふむ。ではそこのピンク頭の君、何をされたのか教えてくれるかい?」
ピンク頭って……。名前で呼んであげないのですか?
「は、はい…。その、教科書を破られたり、私物を捨てられたりしました」
「ああ、可愛そうなアンディ! あの時の惨状は忘れもしないさ!」
そしてまたがしっと抱きしめ合い、2人の世界を作っている。
「それから? まさかそれだけじゃないよね?」
「は、はい。あの、歩いていたら突然水を掛けられたり、突然突き飛ばされました」
「あの時のアンディは怪我をしたんだ。痛かっただろう…」
……いや、この茶番なんなの? もう家に帰りたい。
「それからアデライン様のお友達に呼び出されて、その……すみません、これ以上は……うううっ」
「アンディ! 辛いことを思い出させてごめんよ! あの悪女は取り巻きを使ってアンディを呼び出し罵詈雑言を浴びせたんだ! 人として最低だな!」
「なるほど。アデライン嬢、こういう事らしいのだけど君はそれをやったのかい?」
「いいえ。やっておりませんわ」
「嘘を吐くな! どこまで性根の腐った女なんだ!」
はぁ……。もう嫌。本当に嫌。
ってか。あんないじめ、なんで私がやるのよ。やる必要ないし、むしろくっついてくれと願っていたのに。
「うーん。僕も正直アデライン嬢がそんなことをする意味がわからないんだよね」
「なっ! 兄上!? その女の味方をするつもりですか!?」
「アデライン嬢、君は先ほどの内容を聞いてどう思った?」
え。どう思ったか、ですって? ……正直に答えていいのかしら。
「大丈夫。思ったことそのまま言ってごらん」
何この人。私の心の声が聞えるんじゃないわよね…。
「何といいますか………しょうもないな、と」
「「しょうもない」」
あら、流石は兄弟。息ぴったりでしたね。表情は全く違いますけど。
ポンコツ脳筋王子はぽかんとした表情に対し、ルーファス様は相変らずのにこにこ顔。
「はぁ……正直申しますと、私だったらわざわざ人の目がどこにあるかもわからない学園内でそのような行為は行いません。それにもし、どうしてもやらなければいけないのであれば、色々な人を間に挟み私との繋がりが絶対に露見しないような人物に依頼しますわ」
「だからそうやってお前がさせていたんだろう!」
「ですからわざわざ人目のある学園内で、そんなしょうもないことはやりません、と申し上げているのです」
「しょうもないとはなんだ! お前のせいでアンディが傷ついているんだぞ!」
「まぁまぁフィランダー、ちょっと落ち着くんだ。じゃあ公爵令嬢の君がもし、本気で、あのピンク頭に何かするとしたらどうする?」
本気で何かをするのなら。
はぁ、本当にこの人は意地悪な人だ。いつもと同じにこにことした顔だけど、目が面白いという感情を消せていない。まるで子供の様なきらきらとしたあの瞳。
「…そうですわね。もし本気で、アンディさんに何かをするとしたら。
先ほども申しましたように、まず学園内では行いませんわ。アンディさんが町に出かけている時に、腕が確かなものに依頼して誘拐すると思います。それから娼館にでも売りますかね。あ、いえ。国内の娼館では危ないですわ。遠い国外へと連れて行き、そこの娼館に売り飛ばしますわ」
「な……」
「それか、家族を人質にするか…。いえ、それより家ごと潰してしまいましょうか。相手は男爵家ですもの。公爵家が本気を出せば男爵家を一つや二つ、潰すことなど造作もございませんわ」
「うん。きっと君の家なら簡単だろうね。きっと上手くやるだろうな」
「そうですわね。あとするとしたら、どこかの闇組織に人体実験として売り飛ばす、とか。それから……」
「もういいもういい! やはりお前は悪女で間違いはなかった! 貴様のような外道はやはり私の妃になど相応しくない!」
「おやおや。勘違いしてはいけないよフィランダー。アデライン嬢はそれをやったわけではないよ。もし本気でやるとしたら、と言っただろう? 彼女にはそれをやれるだけの力があるってことだよ。権力も、財力も、公爵家として本気を出せばね。
だから先ほど彼女が言ったように、学園内でそんな小さなことをやる必要なんてないんだよ。もっと確実に、ピンク頭を排除するなんて簡単なことなんだから」
全く以てその通り。あんな生ぬるいことをしてもなーんにもならないもの。
ま、本気でそれが出来るとはいえ、やろうとは思わないけども。あんなピンク頭にそれだけの労力とお金をかけることはない。勿体なさすぎる。
「それにね。僕の方も少し前から調査を依頼していたんだ。ピンク頭が言っていたことは全て自作自演だということがわかったよ。この調査に関しては、王家の影を使っている。だからこの調査結果は真実だ」
影……。え、そんなことを調べるために、わざわざ王家の影を使ったんですか!?
そっちの方が勿体ない気が……。まあお陰で私の無実は確実に認められたという事だけど。
「で、ですが兄上! この女は私を常に見下し続けていたんです! 私は王太子として次期国王となるのにこの女はっ…」
「黙れ。まだ王太子は決まっていない。勝手な事を言うな」
今まで穏やかな笑みを貼り付けていたルーファス様の表情は一気に無になった。そして聞いたことのない低い声色。決して大きな声じゃないのによく通るその声のお陰で、ポンコツ脳筋王子だけじゃなく周りの人達も皆びくりと肩を震わせた。
「お前は一体何を勘違いしている? 王太子として立太子もしていないのに、まるで自分が王太子だという発言。そんなことを勝手に話して無駄に混乱を招くとは何事か。事の重大さに気づかないとは我が弟として何と情けない」
あらあらあら。私への断罪の場だったはずなのに、いつの間にかポンコツ脳筋王子がお説教を喰らう場になってしまったわ。
「お前はしばらく部屋で大人しくしていろ。そのピンク頭もしばらくは身柄を拘束させてもらう」
ルーファス様がそう言うと、どこからか騎士が数人入ってきてポンコツ脳筋王子とピンク頭を連れて行った。ポンコツ脳筋王子は「兄上! 待ってください!聞いてください!」と散々喚いていたけど、ピンク頭は大人しく従っていた。
「さて、折角の卒業パーティーにこのような水を差して申し訳ない。あとは楽しんでくれ」
ルーファス様がそう言うと一気に華やかな音楽が流れだした。皆そわそわとした雰囲気だったが、少しずつパーティーとしての雰囲気を取り戻しやがて楽しそうな声が聞えてくるようになった。
「さて。アデライン嬢も申し訳ないが王宮へとご足労願ってもいいだろうか」
はぁやれやれ、やっと終わったと思ったのも束の間。ルーファス様に同行を要請された。こうなっては断れまい。わかりましたと頷き、ルーファス様と共に会場を後にした。
王宮へと着くと、そのままルーファス様の執務室へと案内された。そこのソファーに腰を下ろし、目の前にお茶が用意される。それを見届けると側近の一人を残し、後は人払いをした。
「アデライン嬢、今日は災難だったね。お疲れ様」
「いえ。確かに迷惑でめんどくさくてうるさくてうんざりしましたけど、お陰様で婚約を解消できそうで安心しました。まさかここまでの事をしておきながら、ポンコ…脳き……フィランダー様との婚約が継続とはなりませんでしょう?」
おっと。いつもポンコツ脳筋王子と言っていたからついつい言いそうになってしまった。
「ふふ。ポンコツ脳筋王子との婚約は今回の件できれいさっぱり解消されるよ。安心してほしい」
「……それを聞いて安心いたしました」
うん。しっかりポンコツ脳筋王子と呼んでいたことがバレている。そんな気はした。
「それでポンコツ脳筋王子との婚約を解消し、僕と婚約することになったから」
「は?」
「これはもう既に陛下も了承していることだよ。今までの王子妃教育にかけた時間、君の公爵令嬢としての血筋、地位、そして学園での成績、それだけじゃなくてポンコツ脳筋王子からの暴言にも粛々とした対応。いろいろ鑑みて君をこのままにしておくのは惜しい。
王家が迷惑をかけた分、王家が責任を取る。という訳で、僕との婚約だ」
嘘でしょ…。やっと解放されるかと思ったのに。
「ちょっとちょっと、ルーファス様。ちゃんと言わないとアデライン嬢の心は手に入りませんよ」
1人落ち込んでいたら、ふとそんな声が聞えた。振り向けば、知らない男性が入って来ていた。だけどなぜか、どこかで会ったことのあるような気がしてならない。初めて会うはずなのに、どうしてだろうか。
「アンドロ。君もお疲れ様。お陰で上手くいったよ」
「本当にほんとーーーに大変で危なかったんですからね。俺の貞操が。きっちり給金弾んでくださいよ」
ルーファス様と気軽に話すこの人は一体…? そのまま、部屋の中にいた側近の側へ行きそこに並んだ。
「この姿では初めまして、ですね。俺はアンドロ・ソルテリッジ。横にいるダニエルと一緒にルーファス様の側近です。以後よろしく」
「は、はい。よろしくお願いします…」
この姿では初めて??
「この顔、なんとなく見覚えありません?」
「え?」
言われた通り、見覚えがある気がするのに全く思い当たらない。気持ち悪い感覚がずっと私を襲っている。
「んんっ…。フィランダー様…お慕いしておりました」
「え!?」
軽く咳払いした後に言ったセリフ、声色。確かに先ほどまで聞いていた声。でもまさか、だってその声、女性の声で、しかもあの……。
「あのピンク頭の令嬢は、このアンドロが女装した姿だ」
「は?」
え、嘘でしょ? だってどう見てもあのピンク頭は可憐で庇護欲を誘う美少女だったけど!?
なんと、ルーファス様の命令で女装してポンコツ脳筋王子を誘惑していたらしい。私にいじめられたと自作自演し、ポンコツ脳筋王子にすり寄った。ある程度持ち上げてやればあっさりとポンコツ脳筋王子はピンク頭を気に入った。
そしてポンコツ脳筋王子のことを好きになったと告白。だけど婚約者の私がいる。だからポンコツ脳筋王子は私の罪を暴き断罪し、ピンク頭と婚約しようとした。
「でもなんでそんなことを…?」
「まぁ理由は色々あるよ。君も知っているだろう? ポンコツ脳筋王子の母親、側妃のことを」
ルーファス様は留学するに至った理由から今までの事を話してくれた。
ポンコツ脳筋王子が生まれて数年後、ルーファス様は命を狙われるようになった。自分の子供を王位に就けたいと考える側妃の仕業だろうということはわかっていた。だけど証拠を掴むことが出来ず時間だけが過ぎていった。
これ以上は危険だとして、陛下はルーファス様を国外へと一旦逃がすために留学を命じた。それが当時8歳。
ルーファス様が留学に行かれる直前に挨拶したことを覚えている。寂しくなるな、と思ったものだ。だがその留学にそんな理由が隠されていたなんて。
最近になって側妃の行動は大きくなっていった。味方を多くつけたことで、かなり主張を大きくしていたのはわかっていた。
「あのポンコツ脳筋王子が王太子、そして次期国王となってしまったらこの国は破綻する。それだけはなんとしても阻止しなければならない。だけど理由なく勝手に処分も出来ない。そうしてしまえば王家は独裁政権ととられかねないし、統率だって乱れてしまう。そうなれば同じく混乱した未来が訪れるだろう」
だから陛下は証拠ときちんとした理由を作るために側妃を泳がせた。陛下の中で王太子はルーファス様で決まっていたそうだ。だけど早々にそうしてしまうと側妃側が何をするかわからない。それで勉学と見聞を広めるという名目でルーファス様を留学させ時間を稼いだ。
ルーファス様も留学先から色々と情報を受け取り、これまでの事を把握していた。そして私がポンコツ脳筋王子の婚約者となったことも。
「君があのポンコツ脳筋王子の婚約者になったことは誤算だった。それを知った時は陛下に喧嘩を売ったな。ははは」
それからやっと証拠を集め、側妃側を追い詰める計画が立った。そこでルーファス様が帰国。そして今日のパーティーでの断罪へと向かう。
「君には申し訳なかったけど、これでやっといらないものの掃除が捗りそうだ。今後は色々と清潔な王宮になるだろうね」
「側妃も、その周辺の煩いコバエも今頃は捕まっているでしょう。ルーファス様、お疲れさまでした」
「ありがとうダニエル。アデライン嬢と婚約も出来たし、苦労した甲斐があったよ」
ん? 今何か聞き捨てならない言葉が聞えた気がしたのだけど?
「ほらほらルーファス様。ちゃんと言ってあげないとアデライン嬢の回りに『?』が飛びまくってますよ」
1人ついていけない私に気が付いたピンク頭、もとい、アンドロ様がそうルーファス様へと促す。
「おっといけない、僕としたことが。君がポンコツ脳筋王子と婚約したと知った時、陛下に喧嘩を売ったんだ。何勝手な事してくれてんだって。僕の想い人をそんな相手の婚約相手にするとかどういうことかとね」
「は? 想い人…?」
「そこで陛下と約束したんだ。側妃とポンコツ脳筋王子を失脚させた後、アデライン嬢との婚約を望むと。そのお陰で嫌なことも進んでやれたしいい結果になって良かった良かった」
「え、ちょ……えー……」
「アデライン嬢、全てあなたとの婚約を成立させるためにルーファス様が頑張った結果です。ここまで想われて幸せ者ですね」
「…………」
ダニエル様にそう言われて、そうですね、とは言えなかった。だって、この人の事苦手だったんだもの。
子供の時は何もわからなかったし、ただ優しいお兄さんみたいな感覚だったけど、大きくなってルーファス様と会った時は何か不穏な影を感じていた。だから苦手だったのだ。
「王子妃教育の中に、王太子妃教育が混ざっていたのに気づかなかった?」
「え……そういえば」
中には王子妃としての教育にしては行き過ぎてる感じはなんとなくしていた。ポンコツ脳筋王子が王太子となる可能性もあるのだろうと思って、素直に教育を受けていたのだ。王太子はまだ決定していなかったし。
「それ僕が手を回して王太子妃教育をさせるようにしていたんだ。だから君は既に王太子妃教育を終えていることになる。うん。無駄にならなくて良かった。合理的だろう?」
いや、確かに合理的だけど。
私はずっとルーファス様に転がされていたという事…? 嘘でしょ…。
「ルーファス様が命を狙われているにも関わらず、たまに帰国していたのはあなたに会う為なんですよ」
「え…」
ダニエル様にそう言われて、はっとした。確かに命を狙われていたから国外へと行っていたルーファス様。なのにたまにこの王宮で会っていたし、短い時間とはいえ言葉を交わしていた。
「本当は一時帰国なんてしない方が良かったんだけど、どうしても君の顔を見たかったからね。皆には僕の我儘に呆れながらも付き合ってもらっていたんだ」
「何が起こるかわかりませんでしたからね。護衛も皆相当ピリピリしていて、本当に苦労しましたよ」
肩をすくめてため息とともにそう言ったアンドロ様。帰国を狙って命を狙われる危険はかなり高かった。なのに私に会うためにわざわざ危険を冒してでも会いに来てくれていた…。
「僕が留学に行く前に会った日の事覚えてる?」
「え? ええ。覚えております」
「あの時、僕が言った言葉は?」
「え? えーと…。確か『しばらく会えないけど元気でね』だったかと…」
「違う違う。その後だよ」
その後……? え? 何を言っていたかしら。なにぶんもう十年も前の話だ。
「『しばらく会えないけど元気でね。大きくなって力を付けたら、君を必ず迎えに行くから待っててね』」
「え?」
「僕はあの日君にそう言ったんだ。だから約束、ちゃんと守ったでしょう?」
そう言っていた、かもしれない。あれ、どうだったかな。
「その時の事はきっちり記録されてるよ。だから僕は嘘を吐いていない。気になるなら後で見せて貰うといい。
僕はずっと君の事が好きだったんだ。だから諦めて僕のお嫁さんになりなよ」
「……ですが、父にも相談しなければなりませんし」
「ああ、その事なら心配はいらないよ。既に君の父上からも了承を貰っているからね」
「………なんてこと」
今回の断罪劇も全てこの人の計画だった。側妃を失脚させるための証拠集め、王太子妃教育を受けさせていたのも何もかも、全て私との婚約を成立させるため。
ルーファス様からなにか不穏な影を感じていたのはこれだったんだ。きっと恐ろしいまでの執念を知らず知らず感じ取っていたのかもしれない…。
とんでもない人に目を付けられてしまった。しかも逃げ道は完全に塞がれている。
「ふふ。大丈夫。僕はあんなポンコツ脳筋王子と違って、君を大切にするし幸せにするよ。だから諦めて落ちておいで」
「………善処します」
今はそう答えるので精いっぱい。
だけどここまで想われていて悪い気はしない。むしろ嬉しいと思っている自分がいる。
ああ、私はこれからどうなるのだろうか。まさかの出来事が多すぎて頭の整理がつかないでいる。落ち着くまでにどれくらいの時間が必要かしら…。
~その後~
ポンコツ脳筋王子は、王位継承権をはく奪後、魔物が多く湧く場所である激戦区の辺境へと飛ばされた。が、頭ではなく体を使う事が性に合うお陰でその辺境での魔物の脅威は落ち着くことになる。近くに住む人々からは大層感謝されたそうだ。
ルーファスは王太子として立太子した後、アデラインと結婚。アデラインははじめ、渋々といった体だったが段々と絆されていく。やがて仲睦まじい二人としてサザラテラ王国の記録に残るほど、2人は深く愛し合ったそうだ。
~Fin~
最後までお読みいただきありがとうございました!