90 病人なんていなかった
鳥だらけの中級ダンジョン前にあるホテルの酒場。
初めて飲んだワイン、ジン、ラムが美味しすぎて、朝まで飲んでいる。
夜が明けて1時間後、エルキールさんが起きてきた。
私にも最低限のマナーがある。今は『超回復』で酔いを飛ばし、朝御飯を食べている。
「おはようございます、ユリナさん」
「おはようエルキールさん。食べながらでいいから、話がある」
「それで話とは」
「エルキールさんはいつオルシマに帰るの?」
「1時間後です。乗ってきた馬車がありますので、護衛3人を起こして仕事をさせます」
「昨日のお願いだけど、受けてもいいかな」
ガタンッ。彼は勢いよく立ち上がった。
「本当ですか!」
「そう思ってたけど、無理よ」
「・・え、なぜですか?」
「あなたは私に嘘を言ったわ」
「なんですか、それは」
少し声を小さくした。
「あなたは、あの女の情報を持ってきた。そこまで調べたなら、私の最近の交流関係も承知してるよね」
「・・はい。スマトラ氏をはじめとして、予想以上でした」
「私の方から、あなたを調査することも朝飯前なのよ」
走って「朝飯の前に」調査した。そこは置いとく。
「で、では妻のことも、ご存じなのですね」
「ええ、知ってる。あなたは私を騙したね」
「騙してなんかいない!」
「いいえ、あなたの妻・アリアさんは肝臓なんて壊れてなかったよ。誰を治せって言うの?」
「え、妻の名前も、病気の場所も・・」
「あとは自分で確かめて。病人もいないのに治療はできない。対価はもらえない」
「・・ユリナさ・・ま」
「貴族絡みの情報なんて、危険なものは燃やそうよ」
彼の嗚咽が聞こえてきた。
「初めから、私達に接点はないわ」
「・・ありがとうございます」
「私はいずれ、あの女を倒す。だけど余計な犠牲者はいらない。死んだ仲間に怒られるからね」
そろそろ、決着の時か・・
ジュリアのこと、先延ばしできないかな。
勝算がほとんどないけど・・
◆◆
ダンジョンの転移装置で再び最下層の40階に飛んだ。
エルキールさんの出現で考えるものもあるが、今は冒険者ランクを上げることが大切だ。
39階に上がってエール一気飲み。残り59杯。
装備は左手に流星錘、右手にミスリルソード。
39階を徘徊して30時間。32、33階の3メートルダチョウの残り11匹を「燃料」にして、4・5メートルダチョウ25匹、2メートルターキー25匹をゲット。
エール残り45杯。
1度だけ40階に降りて48時間の休憩プラス、重傷冒険者3人の治療。
エール残り36杯。
次に72時間の狩りに出掛けた。ダチョウの首攻撃も慣れて、ダチョウとターキー共に151匹追加。
ダチョウ318匹と数は大きく増えていないが、小さな個体を「等価交換」の燃料に大型個体を捕まえている。
プラスターキーなので地上オーク600匹分くらいの「燃料肉」ができた。
「もうオークダンジョンでレベル上げに行こう。収納指輪もかなり余裕がなくなった、それに・・」
エール残りゼロ。
手持ちのアルコールがゼロとなり、迷わずダンジョンを出た。
向かうのは、オルシマの街ではなく南のラガー村。オルシマとは領主が違うが、エールの産地だ。
オルシマの街の酒屋でワイン、ウイスキー、ジン、ラム。
銘柄はバラバラで、各20本ずつ注文した。
だけどエールだけは、街で大量注文すると渋られた。
だから、産地に来た。予約すれば1000杯くらい売ってもらえる。
今は飛び込みだけど、200杯までOKだった。
「なのに、ジョッキ2杯のエールしか買えないなんて」
値段ではない。100メートル四方の収納指輪2個が満タンになったのだ。
元の持ち主だったカルナとウインの持ち物より、肉が問題だ。
ダチョウ、ターキー、ドラゴンパピー、チキン、ランドドラゴン。
5メートルの中型ランドドラゴンまでいる。
現金も減ったし、ターキー、チキンを計60売る。
ラガー村から10キロ南に小規模なリキンの街がある。
オルシマに帰るのが安全だけど、エール絡みだから、早く補充したい。
この街はオルシマのギルマスに少し要注意と言われている。
ギルドは問題なし。危険なのは領主。
成り上がりの騎士爵持ちだが、出世を狙って常にレーダーを張り巡らせているらしい。
「素材を出して査定を頼むだけなら問題ないでしょ」
そう思いながら、ギルドで肉を売った。早々と外に出たが、4人の男に挨拶された。
「オルシマギルドのユリナ様ですね」
回れ右。
「すみませんが、領主様が極上のワインを用意しております。会ってもらえませんか」
再び、回れ右。
悪評があっても領主のエヒス子爵は、やり手だと聞いている。
回復スキルを持つ私が、酒好きと知っている。
リスクは高いが、私は領主に会いに行く。避けられない理由がある。
酒だ!
今後、必ず私はこの地を訪れる。この騎士爵の収める場所は酒でも有名なのだ。
今からワインのため、リスクを犯す。
ここの領主邸に足を踏み入れるのだ。
え、アホウ?ナントカなるっしょ。
領主邸は縦長の3階建て。横にゲストハウス。簡単な催しごとができそうな建物が建っている
「ようこそ、ユリナ殿。お待ちしておりました」
領主邸3階の執務室に通され、丁寧に挨拶された。30歳くらい。
「ユリナです・・」
言った瞬間。パカッ。
騎士爵の執務机からこっち、10メートル四方の床が開いた。
下は10メートル以上。完全な障害物なしの奈落落ちは初めてだ。
「うひゃああ~」
げしゃっ。『超回復』
石に囲まれた密室だ。
「いきなり何なのよ!」
「あっはっは。目的はズバリ、今見せてもらった回復スキルです」
「協力するから出してよ」
「調べてありますよ。近接戦闘がAランク並に強いそうですね。出して、殺されるのは勘弁です」
「出せえ~、ワイン~」
「疲れて眠るのをお待ちしますよ。人間を使役できる便利な薬もありますから、楽しみに待っていて下さい」
酒に釣られて来た館でで、あっさり罠にはまった私だった。