88 おいしく酒を飲むために
役人エルキールのお供が私を成敗してやった。
許可なく、人前で私を「鑑定」した。
スキル、その他が他人に知られること。それは死にもつながる、この世界。
冒険者の間でこれやって、殺されたヤツもいると聞く。
『超回復』で属性魔法を弾ける。
鑑定も魔法。だから試してみたら、女魔法使いが両目から血を流している。
「目が、目がああ!」
「女! マリアンに何をしたあ」
「そんなことより、私に謝罪しなよ」
「そんな場合じゃないだろうが!」
「周りを見てよ。屈強な20人の冒険者の前よ」
私は、声を大にした。
魔力ゼロ。超マイナス情報をさらされた。
完全にオオカミの檻の中に放り込まれた子羊。
などと並べ立てた。
「か弱い乙女とバレたじゃないのっ」
周りの冒険者ども、笑いそうになるな、あんたらも失礼だろ。
「まさか、鑑定を弾き返したのか、この女」
エルキールの護衛剣士がつぶやいた。
「それはない。そこで悶えている女魔法使いが鑑定して、私は劣等人だと言ったばかり」
「あああ~。目が、目がどっちも見えない」
それにしても、何が起きた。
魔法使いと私をつなげていた魔力は「棒」?
『超回復』&破壊的絶対領域で反対側から押したのだろうか。
私には、魔力絡みの現象が分からない。
ただ、攻撃のようなものとして使える。
呪い、石化、麻痺、睡眠等々、状態異常の魔法を食ったときが楽しみだ。
がっ。胸ぐらを護衛剣士から乱暴につかまれた。
「おい、お前は回復スキルが使えるんだろう。マリアンを治せ・・。うがっ」
ばきっ。「おい小僧、それは見逃せねえぞ」
前に左肩の脱臼を治した、ゴンザさんが剣士の1人を殴った。
もう1人の護衛も2人の冒険者に腕をつかまれ、ガンガン殴られている。
みんな治療した記憶がある。警戒してくれてた。
エルキールさんも、はたかれた。
「エルキールさん、国や貴族の都合もあって部下を選べなかったんだろうけど、ここには連れてくるべきじゃなかったわね」
「ああ、それより迷惑をかけて申し訳なかった。この通りだ」
立場とプライドが高そうな印象。だけど、素直に頭を下げた。
みんなもそれを見て、溜飲を下げた。
「分かった。みんなもいいみたいだから、これで終わりにするわ」
「だが、護衛の3人は・・」
「それは都合が良すぎる。私は治療なんてしないわよ」
女魔法使いだけは放っておいては失明コースだ。
だけどむかつく。
私は左手で酒場の隅に転がされている女の頭をつかんで『超回復』
「え、目が・・ぐえ」ばっちーん。
「うわ」
「痛そう・・」
目は全快させてやったけど、直後に強めのビンタを食らわした。
歯が飛んだが、両目失明に比べたら100倍まし!
◆◆
エルキールさんは護衛全滅では夜の道を歩いてオルシマに帰れない。酒場の上の部屋を取って、泊まる。
私は飲み直し・・・。
「くそっ、気になって酒がおいしくない」
エルキールが私の仇の1人、火のジュリアに辿りついた。
それなら、私の人間関係も洗っている。
冒険者ギルドのギルマス、副ギルマス、あるいはスマトラさんとの繋がりも知っているだろう。
その誰かに私が取引の内容を話せば、自分が処刑される。
そこまでの覚悟。
「すべてを捨てても妻を助けたい、か・・」
私絡みで処刑者なんて必要じゃない。
だからエルキールさんの願いを聞かないことにした。
「だけど、あそこまでの覚悟を見せられたら、負けだよね」
なんて言いながら、体はもう宿から飛び出していた。
心残りを残さず酒を飲む。
ラムを深く味わう。
「そのため、ちっと働いたるよ!」
燃費無視で走って、45分でオルシマの街に帰ってきた。
ただ門は閉まっている。
私には、恐らく切り札がある。川沿いの、お気に入りの木の下に来て大きな声を出した。
「アルバさんたち4兄弟のうち、誰かいませんかーー!」
暗闇の中から現れた。
4兄弟のうち誰かが、オルシマの街の近くでは常にストーカ・・・、いや見守ってくれている。
「メルバです。今日はちょっと狩りに・・」
「ごめんメルバさん。今日は急ぎなの。単刀直入に言うわ。力を貸して」
「喜んで!」
「おう、即答・・」
やはりメルバさんも、街への秘密の出入り口を知っていた。すんなり私を案内してくれた。
エルキールさんの家、やはり知っていた。
エルキールさんの職務上、もう無関係なはずの私のことを探していた。
だから、スマトラさん、ギルドで情報を共有して、警戒してくれていたそうだ。
「それでユリナ様、何をやるのですか」
「強盗よ」
「ええ~?」
「それを被って」
手渡したのは黒地に白くドクロが描かれたマスク。
スライム変換、裸とヤバい姿のことを考え、違う街まで行って仕入れていた。
◆
領主邸と市街地の間にある裕福そうな2階建ての一軒家。
使用人はエルキールさんの奥さんアリアさんの看病も考えて、常に2人いる。
2人の子供は国境近くにある縁者の家に預けてある。避難だろう。
「本当にやるのですか、ユリナ様」
「そんなこと言って、ノリノリじゃない。メルバさん」
黒服、頭にはフード。顔には、おそろいのドクロマスクだ。
あ、メルバさんと、マスクって・・。私、迂闊だった。
「火傷を隠すため、兄弟で仮面を被っていたのよね。ごめん、やめよう」
「いえ。もう隠す火傷跡もないです。今日はマスクを被るのが、むしろ楽しみです」
「本当に?」
「本当です!」
「ふふっ、ありがとう」
◆
「いくよ。地獄の使者ホネマスク2号」
「お、おう1号。承知しました」
あまり難しいことは考えていない。
メルバさんの身体能力を生かすことにして、エルキールさんの家のドアをたたいた。