72 勘違いする人たち③
またもスマトラだ。今回まで勘弁してくれ。
ノルド男爵家の次女アイリーンを処理する。
あの女、ユリナ様を私利私欲で利用するために動いている。
「ユリナ捕縛依頼」。堂々とギルドで依頼を出している。
本人は領主の娘だから、通じると思っている。立派な犯罪だ。
聖女ユリナ様に恩がある「スモールシルバー」のメンバーで計画を練った。
交代で冒険者ギルドを張って2日目、アイリーン達が現れた。
いつもの不良護衛4人と一緒だ。
受け付けカウンター前に並んだアイリーンの後ろに、私は護衛4人と並んだ。
会合で怒りの声を出した、闇のエリート4兄弟。
名前はアルバ、サルバ、メルバ、ジェルバ。
「受け付け嬢さん。あのクソ女、ユリナ捕獲の依頼、応募者は来た?」
「・・いえ、何度も言っている通りに、冒険者ギルドは、犯罪者の依頼に耳を傾けません」
「は?私は領主の娘よ。あなた、名前を言いなさい!」
そのとき4兄弟長男アルバが口を開いた。
「おい女。ここに盗賊は出禁だ。永久に失せろ」
アイリーンがこっちを見た。
「スマトラさんだったわね。あなたの仲間、聞き捨てならないことを言ったわ」
良かった。こいつ馬鹿で。
私が公爵家の元嫡男だということは、領主が知っている。
きちんと情報を持ち、アイリーンが私のことを分かっていれば、ここで引いている。
そうしたら、計画が頓挫していた。
「アルバが言ったことか。間違がっておらんな。なあサルバ」
「はいスマトラ様。ところでここ、匂いませんか?」
「うむ、その腹黒い女が吐く息の匂いだな。臭すぎて、腐ったゴブリンの方が、まだましだ」
「なんですって!」
「貴様ら!」
アイリーンの護衛が一歩前に出ると、ジェルバが足をひっかけて倒した。
「おいジェルバ」
「なに、メルバ兄さん」
「こいつら、弱そうだな」
「平民にしか凄めないクズでしょ。当たり前」
「私を犯罪者だとか、クズだとか・・。いいわよ。決闘で決着を着けましょう」
「うむ、受けてたとう」
「スマトラおじさんは、病気で死にかけ。仲間の4人はみんなDランクよね」
「お前ら相手なら、その戦力で十分だ」
「まいったと言っても許さないわよ」
罠にはまった。
ギルド側から立ち会う審判は、もちろん副ギルマスのジェフリーだ。
訓練場という名の「処理場」。そこに奴らを追い込んだ。
ギャラリーの多くが、ユリナ様の奇跡に助けられた者と、その仲間や縁者。
ジェフリーの妻も来ている。
ユリナ様の隠れ信徒が、すでに百を越えている。
「対戦形式はバトルロイヤルでいいな。え~、それから・・」
ジェフリーには、長々と説明するように頼んだ。
「正々堂々と戦ってあげるから早く始めなさい!」
ジェフリーが説明を引き延ばしている。
おかげで私は、たっぷりと魔力を込めたファイアランスの準備を終えた。
「はじめ!」
「食らえ、え、ええええ~?」
私のファイアランスが・・炸裂しない。
私の護衛4人が、一気に飛び出したのだ。
「・・ユリナ様を奴隷だと」
「・・報いは受けさせる」
「・・みんな、殺すなよ」
「・・解ってる、兄さん達。再起不能コースだな」
そうだった・・
アルバ達の怒りは私を越えている。
ユリナ様に心酔しているのだ。
4兄弟は、可愛そうな運命を辿ってきた。
孤児になって闇ギルドに売られ、暗殺者として育てられた。
私が公爵家の当主候補だったころの話だ。
闇ギルドの拠点をひとつ潰したとき、4人は訓練施設にいた。
組織の人間は、逃げるとき、施設に火を放った。
全員、助けられた。だが、長男のアルバは、弟達をかばって頭と右頬を焼かれた。
髪も生えなくなった。
弟達も、体のどこかに大きな火傷跡がある。4人は背中に、闇の組織員を表す焼き印まで付けられていた。
運動機能は正常であり、貴重なアサシンスキルも持っていた。
私が保証人となって引き取った。
意外にも4人は人間性が良く、側近の諜報係として雇い直した。
オルシマの街に来るとき解放する予定だったが、付いてきてくれた。
ただ、火傷跡を隠す仮面は着けたままだった。
私は自分の死後を考え、色々な治療を受けさせたが、効果は薄かった。
だが、あの運命の日、4兄弟の仮面の下で奇跡が起きていた。
驚いて仮面の下に手を入れたアルバ。ユリナ様は笑顔でおっしゃったそうだ。
「顔が痛かったんだね。もう大丈夫だからね」
人と深く関わることを避けていた4兄弟。彼らはやっと、オルシマで普通の人間として過ごせる。
無償の愛を知らない4兄弟。ユリナ様は、無償に近い形で、自分の血肉を分け与えてくれた。
彼らは、ユリナ様に母親像を重ねている。
そんな彼らの前にいるのは、公然とユリナ様を奴隷にすると、宣言している人間だ。
アルバ達はみな、同じくらい強い。アルバは、Aランク冒険者を制圧した実績も持つ。
4人は、アイリーンの護衛達を五体満足で生かす気はない。
アルバ達4人とアイリーンら5人の戦いは、互角の乱戦。
そう見せかけて、アルバらは暗殺技術を駆使し、敵の手足の腱に少しずつ、傷を入れている。
ナイフには、遅効性の毒がたっぷり塗られている。
ここは、引き分けで終わらせる。
だが奴らは、数日後には歩けなくなる。やがてスプーンも握れなくなるだろう。
だた、私の「怒りのファイアランス」の行き場はどうなるんだろう。
熱い・・。
頭皮が焦げ臭い。ユリナ様はコレ、治してくれるのだろうか。
このあと、私はジェフリーとともに、領主に会いに行く。
そして、女性犯罪者に決闘を挑まれた事実。これを持って抗議する。
もちろん、公爵の兄として、嫌らしく戦う。
「回復術師ユリナに先に目をつけた、横暴な貴族関係者」。その顔で男爵を牽制する。
どこまでも汚く、欲にまみれた死に損ないの貴族を演じる。
本心は「スモールシルバー」のメンバーさえ分かってくれればいい。
そしてユリナ様の安住の地を作る。それが、私が生かされた意味なのだ。
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