68 『8メートルが遠すぎる』
オークソルジャー戦が終わり、私は膝をついてしまった。
演技ではない。
『超回復』と「等価交換」で敵から体力を奪って体は全快だ。
けれど何度か休みは入れても、ダンジョン内の長時間活動。
最後のボス戦で何度も致命傷を負って精神バランスが狂ったようだ。
臨時とはいえ、仲間を死なせなくないという思い上がりで、勝手に神経を張り詰めてしまった。
「ユリナさん!」
「体は平気」
「全身が血まみれだよ」
「自己回復スキルがある。平気・・」
「肩貸すから」
「・・私、体力だけはあるから」
「無理だよ」
「あっ・・」
カナタ君が抱え上げてくれた。
「こんな軽い体で、イレギュラーボスを食い止めてくれたんだ」
ボスを倒したあとに出た階段を使って、31階に降りた。
転移装置を使い、地上に出た。そこで降ろしてもらった。
「みんなごめんね。勝手に私がボスと戦うって決めて」
「いや、恐らく俺たちでは、あのオークソルジャーに勝てていない」
「ユリナさんのお陰で命拾いしたよ」
「ありがとう。少し気持ちが軽くなったわ」
良く見ると、3人ともかなりの傷を負っている。
「3人とも来て。お別れの前に怪我を治すわ」
「いや、いいよ」
「なぜ?」
「ユリナさんは、もう限界だろ。それに全身の血は、オークの匂いじゃない。自分の血だろ」
「大丈夫、傷は治ってる。それに、元々は友達を救うためにもらったスキルだから」
「じゃあ、その人たちのために力を温存しなよ」
「・・もう3人とも、いない。だから一時的でも仲間になったあなた方を回復する」
3人の手を取って、『超回復』を使った。
◆
「俺らは、オルシマに帰るけど、ボス戦の素材で売却金は・・」
「人数割で振り込んでおいて」
ギルド出張所にも寄らず、ホテルで部屋を4泊取った。
久々に本当に深い眠りに落ちた。
昼にチェックインして、起きたのも昼。丸1日を寝て過ごした。
昼食をもらい、また半日眠ったらやっと普通になった。
「鬱状態」から脱出できた。
ホテル食堂の晩御飯は終わっていたが、酒場としては機能していた。
どうせ、私は食べなくても大丈夫。
エールをもらって、人と離れたテーブルに座った。
なんだか、お酒って落ち着く。普段から、ストックしておこう。
のんびり飲みながら、あと2~3日の過ごし方を考えていた。
登録から2ヶ月しないとDランク昇格の審査を受けられない。
「Dになれば、4ヶ月でCランク試験。手持ちの素材を売って、先にCの条件を満たすか」
1度、オルシマの街にも寄ろう。
拠点にして2ヶ月の街。なのに、滞在時間は2時間。
ギルドで登録して、不良冒険者とトラブり、悪い貴族の護衛と喧嘩をしただけだ。
「ギルドで並んで、暴れただけだな・・」
レベル測定の水晶も、大きな街しか置かれていない。
2ヵ所のダンジョンアタック中に、オルシマ拠点の冒険者を治療。
顔見知りは増えている気がする。街に行けば、それなりに交流は持てる気がする。
けれど・・
「地元領主の娘アイリーンに見つかると、また面倒だな・・」
あの街の冒険者に聞くと、領主は、いい政治家らしい。
とりあえず、久々にギルド出張所に入った。
騒然としている。
床に、鱗がある175センチくらいの女性が寝かされている。
私のなんちゃって変身ではなく、本物のドラゴニュートだ。
仲間は呼び掛けている男性3人。
腹に巻かれてた包帯が、血で真っ赤だ。
「あ、ユリナさん」
ギャラリーの中の1人が、私に気付いた。
聞くと彼女は仲間3人とともにダンジョン40階ボスに挑戦。
仲間をかばったときに、腹にボスの槍を食らったそうだ。
「ユリナさん、助けてもらえないか。知り合いなんだ」
「おっけ~」
「頼む!」
水の霊薬を用意した。
割込んで、瀕死のドラゴニュート女性に、ほろ酔いの私が接近した。
当然、怒鳴られた。
怒られついでに、女性の腹に「霊薬」という名の水をぶっかけた。
「ぐうえええ!」
「ラルーフに何をする!」
服を引っ張られる前に、しゃがんでドラゴニュート女性の指先を触った。
『超回復』ぱちっ。手応えあり。
私はラルーフさんの仲間男性に出口のドアの方に投げられた。
2回バウンドして外に飛び出した。
「瀕死の仲間に酔っぱらいが水をかけたら、こうなるわな」
私の身長が8センチ減。「押し掛け治療」は成功した。
宿に帰って、部屋で寝直した。ギルドは明日でいい。
◆
夜明けとともに、宿の朝御飯だ。
食堂でモーニングを平らげ、22日ぶりのギルド出張所に行った。
昨日は死にかけたドラゴニュート女性がいた。
入り口からわずか8メートルの、受け付けカウンターにたどり着けなかった。
だけど、今日も行く手を4人の冒険者に阻まれた。敵じゃない。
「なんだか、ドアから受け付けまでの8メートルが遠いな・・」
私の前にいるのは頭を下げた4人。18歳くらいの男子1人が特に頭の位置が低かった。
理由は察しがつくが、避けたい光景。
「すまない、ユリナさん。あんた瀕死のラルーフを助けてくれたんだな」
「えーと、そんなこと、気にしないで」
「大事なラルーフを死なせかけた上に、助けてくれた人を投げ飛ばした。すまない」
「えーと、私が酔ってたのは事実なんだよね」
「し、しかし」
「私、こんなことが続いたら、また逃げるしかなくなるんだ」
言いたいことが分かってくれたが、私を投げたマーロン君が、謝り続けている。
「俺はいつも軽率だ。そのうち、天罰がくだるさ・・」
とうとう泣き出してしまった。
このマーロン君は行商人の息子。
8歳のとき、移動中の街道で親を魔物に襲われて亡くした。
そこを救ってくれたドラゴニュートのラルーフさん。
彼女に、10年近くくっついているらしい。
マーロン君は「姉」でなく「女」としてラルーフさんを見ている。
だからどうした。
そんなことは、どうでもいい。もう私は精神的に、普通なのだ。
「うるさい」
「は?」「え?」
「マーロン君、もうオルシマの冒険者は知ってる人も多いけど、私は魔力ゼロなの」
「だけどラルーフを治した技能は・・」
「すごく気まぐれな、名もなき神。そいつが力を貸してくれるの」
「・・なにそれ」
「今回はあなたのため。悪ふざけが好きな、名もなき神の命令よ」
「・・どんな、命令でしょうか」
「愛する2人を引き裂くな。面白しれえから、女を助けろってさ」
私はそこから離れ、受け付けカウンターに向かった。
恥ずかしがったら負けだ。
大して恋愛経験がない私に、できるのはここまで。
まあ、「名もなき神」の設定だけは使える。今後も多用しよう。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/295429334/506718241
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