61 『霊薬』とはただの水
新しく冒険者登録をした私ことユリナの話題が、ギルドで聞かれるそうだ。
「私、冒険者登録をした日にこのダンジョンに来たから、自分の話題といってもピンとこないの」
ガルと仲間たちが教えてくれた話はこうだ。
Fランクで冒険者登録をしたばかりの女性が、札付き冒険者に絡まれた。そこを地元領主も持て余している次女アイリーンの馬車に轢かれた。
その新人冒険者は事故に巻き込まれた女性を助け、「気功」で瀕死の状態から生還させた。
さらに、アイリーン付きの不良護衛を2人も制圧し、そのまま去った。
次の日、国に属する街の監察役がアイリーンの護衛、馬車の御者を任意同行。横暴貴族に釘を刺すためだ。追加して冒険者ギルドで「ユリナ」のことを尋ねたが、ユリナの開示情報はレベル29、スキルゼロ、魔力ゼロ。
「ユリナさん、気を悪くしないでね。あなた自身が「劣等人」を公表しているのに、強烈な回復スキルを披露したでしょ」
「まあね。鑑定オーブに出た事実を開示しただけ」
「レベル29は低くないけど、「豪腕」と「剣技2」を持ったレベル40クラスの護衛2人を一方的に制圧したでしょ。その2点がインパクトありすぎて、色んな人が探しているわ」
「以前に、貴族絡みで嫌な思いをしたから、当分はフリーで動きたいの」
「そうなんだ・・。だけど、みんな不思議がっているよ。わざわざノースキルを公表しているのか、そこが分からないって」
「そこか・・」
スキルゼロ、いわゆる「劣等人」を公開しているのは私の意地だ。
『超回復』スキルを得ても、なぜか冒険者ギルドの測定に何の反応もしない。
だったら、魔力ゼロでも一緒に頑張って生きていたナリス、アリサ、モナの代わりというか、「劣等人」と呼ばれたまま、Bランク以上の冒険者になってみようと思っている。
それを知り「火のジュリア」が接近してくれば、逆に奇襲してやろうと思う。
そのためにも街に自分の基盤が欲しい。
「鎖かたびらの上からシャツ1枚・・。その格好で中級ダンジョンの35階まで潜っているから実力は本物か」
「うん、戦いに応用できる技術はあるわ。オリジナルの気功術で自己回復が得意よ」
「ガルが治してもらった「気功」ね。本当に1000ゴールドでいいの?焼ラビットとエールのセット1100ゴールドよりも安いわよ」
上位冒険者になると決めてから、「自重」という言葉が薄れている。
「今回限りだけど、1人1000ゴールドで引き受けるわよ」
ガルのほかは弟のダル、女性が3人いてメル、ハルナ、ミリー。なんと5人でまとめて結婚しているそうだ。自由すぎる。
ダル、メル、ハルナは擦り傷ばかりだったが、問題はミリー。見ると左手の小指がなかった。
まあ、いいか。
ぼそっ。「ミリーさん、左手のこと、誰にも言っちゃダメよ」
「え、なぜ?」
『超回復』
ぱちっ。「あうっ。え、え、え?」
驚いた顔で私を見るミリーに、「何も言わない」のサインを出し、みんなに別れを告げた。
ミリーが「聖女様」と不吉なキーワードで私を呼んでいるが、気にせず全力で立ち去った。
「あ、お金もらうの忘れた。まあいいや」
◆
そこから3日間をかけて、ダンジョン38階に到達。早いように感じるが、寝ずにノンストップ72時間操業だ。
ターキーが2メートル近く、ダチョウが4メートル超えとなった。「等価交換」封印で倒すのがきつくなったが、26回の戦闘を時間をかけてこなした。
38階セーフティーゾーン前の戦いなんて、4・2メートルダチョウと2メートルターキーのセットが4組同時。ターキー2羽を残したところで、地上から持ってきた木材、ゴブリンなどの栄養を体を修復するための「等価交換」で使い切った。
戦闘時間も体感で3時間。
「高く売れるウズラ。ハイレベルだけどまずいダチョウ。どちらを残しておくのが得策か分からない」
何となく、32階のダチョウから順番に使うことにした。
38階セーフティーゾーンではゆっくり、2日間を過ごした。そろそろ出発かというとき、男子3人組がゾーンに飛び込んできた。
中の1人が右腕を骨折、1人が右胸陥没で吐血というありさまだった。
無事な1人が治療していたが、手持ちのポーションでは効果がないようだ。
「くそう。すまん、そこの女の人、回復魔法なんか使えないか・・」
「使えないけど、方法はある」
「本当か!」
思いついた。水をいれる革袋がある。入っているのはもちろん水だ。
「私はちょっとした技があるから、この革袋に入っている薬と一緒に「気功」を使えば、かなりの傷を治せるわ」
「すまん、それで頼みたい。謝礼は必ずする」
意識朦朧で胸がへこんだ男の人の口から水を注いだ。当然、盛大に吹き出したが、胸に手を当てて唱えた。
「気功回復」。『超回復』
ぱちっ。「げほっ、げほっ、なんだ、この水は!」
「ケイン!」
「あれ?胸の痛みがない」
「次は腕を骨折した人ね」
「俺?」
カップにただの水を注ぎ、傷にかけながら腕に手を置いて『超回復』を念じた。
ぱちっ。「へ、治った・・」
「特別サービスよ。「霊薬」はもう残り少ないから、次はないからね」
「すまん、そんな貴重なものを・・。謝礼はいくら払えばいいんだろうか」
「数日前にも冒険者を治したけど、初回サービスで1000ゴールド」
「え?わずかエール2杯分だぞ」
「いいのよ。「霊薬」は長持ちしないし、腐らせるより使った方がいいでしょ。はい、あなたも傷があるわ。治すから「気功回復」」
ぱちっ。「え、ダチョウにやられた肩の傷が・・。すまん」
どうせ、ダンジョンに入る前にくんだ、ただの水だ。手を出して3人分、小銀貨3枚、3000ゴールドを徴収した。
「ありがとう。せめて名前くらい聞かせてもらえないだろうか」
「オルシマで登録したばかりのEランク冒険者、ユリナ。じゃあね」
劣等人と言われた過去があるからか、人に感謝されるのがうれしい。
そんなテンションで39階を2日かけて進み、とうとう最下層の40階に到達した。
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