54 『シクル』の死
◇◇氷のシクル◇◇
私はシクル。魔力が尽きかけていたところに、元カノのスターシャが放ったストーンニードルを腕に食らった。
そして今、ユリナと対戦して殺されようとしている。
剣で切ってもひるまず、金属の手甲で殴ってくる。
何発も殴られ、とうとう力尽きた。そして肩を押さえられた。
ターニャが止めてくれたけど、ユリナは無視して私の頬にパンチを振り下ろした。
「ちょう・・」何か言っていたが、忘れた・・
ごきっ。
頬を殴られ、頭までしびれた。気が遠くなり始め、逆に身体の痛みを感じなくなった。やがて顔に感じる痛みも消え、そのまま死ぬのだろう。
・・・私は流されっぱなしの人生だった。国の北方にある子爵家の分家に産まれ、本家の政略結婚の駒として見られていた。
生活に困らないなら、それでいいのだろうと思っていた。
12歳のとき氷魔法の適正Aだと分かった。14歳で魔法学校に入れられ、スターシャと会った。
スターシャに女の子を見て欲情しているのを気付かれ、誘われるがままに関係を持った。
子爵家本家の次男をスターシャと2人で誘惑して、嫌だけどヤらせた。「他領偵察」の命令を出すように頼んで家を出た。
スターシャの繋がりで男爵家のウインと知り合い、ジュリア、カルナ、マリリと行動するようになった。
ジュリアの「お宝探索」にワクワクして二つ返事で乗った。けど、中身は予想と違った。
王が探す秘宝のようなものを横取りするために、王家から派遣された探索員を殺めたりしてた。
私はジュリアに言われて「強盗」を殺した。だけど殺害後、殺した相手の持ち物の印章を見て愕然とした。
ジュリア達は秘宝の情報を得るたび、ダンジョンの罠部屋や魔物が住む遺跡で低級冒険者を連れていって探させた。何人も死んだが、何も言えなかった。
だけど秘宝は見つからず、1年間は普通の冒険者として活動した。もう悪事は重ねないと思った。
普拠点を置いていたカナワの街で、すでに私はナリスと出会っていた。その普通の冒険者生活の中で、より親密になった。
「無能」の烙印を押されながらも、仲間と強く生きる彼女に惹かれた。
体の関係を持ったスターシャにさえ感じたことがない感情が芽生えた。
一緒にいるだけで嬉しかった。
彼女を愛してた。
だけど、結果的に彼女を見殺しにした。
「うえっ。ごめんナリス。今からそっちに行って謝るから・・」
目を閉じて泣いていて、気付いた。なんだか死ぬ気かしない。
顔面を鉄の手甲で殴られて、脳震盪を起こしている。だからズタズタになった体の痛みを感じないと思っていた。なにか違う。
「・・シクルさん、シクルさん起きて」
ぴちゃぴちゃ。何かを頬の殴られた場所にかけられている。味は・・ポーションだ。
目を開けるとターニャがいる。
「なんでターニャが」
「起きられますか」
彼女が伸ばした右手をつかんだ。
そういえば、ターニャはユリナに腹を殴られたのにぴんぴんしている。
「・・私は、なんで生きてるの?それに体の傷も治ってる。ユリナは?」
「ユリナさんは、もうどこかへ行きました。「鱗3枚」は治療の代金にもらっていくそうです」
「・・ああ、そうなんだ」
ユリナはどうやら、最後のパンチを右手で放つ前に、肩をつかんだ左手を素肌に付けて『超回復』をかけてくれたようだ。
最後のパンチはナリスではなく、モナとアリサのことに対する「落とし前」だそうだ。
ものすごく痛いし頬骨も折れていそうだけど、死ぬことはない。
「私に生きてろってことか・・」
「ユリナさんは、ほとぼりが冷めるまではシクルさんに守ってもらえって言いました」
「・・」
「シクルさん?」
「私は男爵家に押し入った犯罪者。行ったら村にも迷惑がかかる」
「シクルさん、自分の手を見て」
「・・え? 」
鱗が生えて黒っぽくなってる。
「もしかして、顔も?」
「ええ。顔も髪も黒っぽくなって、アースドラゴンのドラゴニュートにしか見えません」
心当たりはある。ユリナのスキルだ。
「シクルなら何をされたか分かる。どのくらい持つか分からないけど、その姿なら身バレしないから、って言って去りました」
思わず涙が出てきた。
「私、ターニャのそばにいてもいいんだ・・」
「偽名は、そうだな・・。ドラゴニュートのタリスでどう、シクルさん」
「うん、いい名前。本当に一緒に行っていいの?」
「もちろん。私を助けてくれたって言えば、村で歓迎してくれるよ」
「うん、うえっ、ありがとう」
ユリナは鱗と身体を再生するスキルを使って、ドラゴンの力を借りることができた。
私を殴る前に鱗を出していて、私にも同じ変換スキルのようなものを使ってくれたんだろう。
ユリナは戦って身体を修復する過程で鱗の力を「消費」してしまう。だけどそれは、逆にユリナの新陳代謝システムが特殊なんだと思う。
私に施してくれたドラゴニュート変身は、ユリナのスキルを使わない限り、簡単には解けないと思う。
少なくとも数年は、この姿でいられると思う。
「改めてお礼を言うわ。ありがとうドラゴニュートのタリスさん。先のことは分からないけど、とりあえず村で暮らしましょ」
「うん・・」
私はターニャが差し出してくれた手をしっかり握って、一緒に歩きだした。
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