173 婚約者を救うため、男の覚悟
ノエルの弟子がピンチ。
そうなりゃバーティー「アイリス」全員で動く。
アマク伯爵家のアンジュ嬢が毒を盛られ一刻を争う状態。
突っ走って伯爵邸に飛び込んだ。
アンジュの婚約者と妹が一緒だから、門番もスルー。すんなりと寝室に突っ込めた。
医師、親と思われる中年男女、同じ年くらいの兄弟か。
悲壮感が漂よってる。
「アンジュ、解毒剤をつくるから、もう少し我慢してくれ!」
アンジュに息はあるが、顔にまだら模様が出ている。目も開けない。
解毒剤で間に合うなら、手を出さないつもりだった。
時間が許さない。私の出番だ。
「くそっ。時間が足りない。ユリナさん、お願いがある」
私が踏み出す前に、アンソニーさんから頭を下げられた。
「カナワでフロマージュ嬢を回復させたときの話を聞いています。そこで頼みがあります」
「・・頼み?ノエルの弟子のために聞くよ」
「病気のフロマージュ嬢を治療したとき、対価が必要だったそうですね」
私がカナミール家三男にイラついていたときの話が、ここに伝わっている。
あのときは、マヤの腕を対価にフロマージュを治した。
そういう作用と思わせた。
「ある女性の腕を使ったわ・・」
「それなら、私の腕を使ってアンジュを解毒して下さい」
目を見た。真剣そのもの。
「名もなき神は、聞きたいそうよ」
「何をでしょうか」
「アンジュは恋愛対象なのかしら。政略結婚の相手でしょ」
「そうです。最初は家の結び付きのためだけの婚約でした」
たけど、彼は断言した。
最初は家で決められた結婚。今は違う。
アンジュは、絶対に離さない。
そう断言した。
「掛け替えのない存在なのです」
アンジュの師匠ノエルが涙ぐんでいる。
「アンソニーさん、私の中の名もなき神が、あなたの願いを叶えるそうよ。あなたの右手をアンジュの胸に当てて」
「ユリナさん、お願いします」
ためらわず右腕を差し出したアンソニー。アマク家の人達が目を見開いて見ている。
「アンジュを助けてくれ」
アンソニーの右手をアンジュの胸に置かせて、その上から私の右手を重ねた。
「名もなき神が叫ぶ。アンソニーの願いを叶えよと!」
『超回復』ぱちっ。
アンジュのどす黒く変色した上に、まだら模様の顔が一瞬で元に戻った。
血色はいいが、顔は・・。
私に似てるんだよ、だから、その程度だ・・
「あ、あれアンソニー。私、フルン叔父様に勧められたお茶を飲んで、毒を盛られたと気づいたけど・・。もうダメだと」
「良かった。アンジュ、本当に良かった」
アンジュの目に涙が溢れだした。
「だけどアンソニー、聞こえてたよ。アンソニーが体を犠牲にしてしまったのね」
「いいんだ・・。あれ、手がなんともなってない・・」
全員が私の方を見た。
「気まぐれな、名もなき神が私に言ってるの。今回はアンソニーの腕は要らないって」
アンジュは、盗賊と戦って服がボロボロのアンソニーを見ている。
「アンソニー、そんなになるまで私のために頑張ってくれたの?」
「当たり前だ」
「ありがとう」
◆
落ち着いて、話を聞いた。
アンジュ嬢の叔父、フルン男爵が犯人だ。
アンソニーとアンジュの結婚は前々から決まっていた。
本人達も親交を重ね、問題はなかったて。
なのに一族で1人だけ叔父が反対。
アンジュの結婚相手はアマクの西にある、ドルン伯爵家から探すべきだと主張している。
ついでに言えば、メリンダの相手も、ドルン家から勧めている。
「なんで、そんなにあせるんだろ」
ドルン伯爵家は、クーデターを起こす噂があった上に、衰退の一途。
ドルン家との繋がっていて、大きな顔をしていたフルン男爵も立場が危うい。
ドルン伯爵家。
私とノエルがワイバーンと戦ったのもドルンが原因。
私と悪縁がある。
以前からドルン家とはトラブルがあり、私の代わりに「凶信者部隊」がドルン領で暴れている。
ドルン伯爵家は今、少しでも勢力を広げたい。
この辺の大貴族の位置関係は西からドルン領、ヤシラ領、アマク領となる。
アマクの東側に南北街道で、北に行くと王都。
三家の北側には東西に線を引くように険しい山脈がまたがっている。
ドルン家からすれば、ヤシラ家は昔からの敵。
だからアマク家を味方に付けて、真ん中のヤシラを挟み撃ちにしたいそうだ。
ヤシラの一部を切り取りアマクと手を結べばドルンの交易ルートも新設できる。
オルシマ、カナワ、その他の栄えている街から物資も運び放題だ。
「叔父様が怪しいお茶をアンソニーに用意したから警戒しました」
しかし、この私に似た令嬢。迂闊さも私並み。
毒茶の試飲をしてしまった。
試し口に含んだとか。その時点でアウトっしょ。
案の定、吐き出しても毒素にやられた。
アホである。
「それが2日前の出来事なんだよね。で、そのオッサンは?」
ノエルが怒っている。
「自分が管理する街に逃げました。ドルン伯爵家から兵を借りて、周囲を固めています」
「ユリナ、ミール、ミシェル、ちょっと私だけ別行動するわ」
「ストップ」
ミール女王からノエルに、2度目のダメ出しだ。
「ノエル、分かってない」
「何をよ」
「あんたの敵は、私達の敵だよ。行く前に私達に相談して」
「・・そうだった。ごめんね」
「行かない選択肢はないよ。ね、ユリナ様、ミシェル」
「だね」
「もちろん」
ジャバル特級ダンジョンの32階から、アタック再開したい。
だから、時間はかけたくない。
潜入のため、作戦を立てた。
私がたまたまアンジュ嬢に似ている。
そこを利用するしかないでしょ。




