172 ミシェルのデビュー戦
アマク伯爵家を訪れる予定だった。
ところが、その家の馬車が襲われている。
襲撃者は盗賊。だけど、妙に動きの統制が取れていて、数も多い。
ノエルの判断では、アマク家の誰かをピンポイントで狙っている。
ここにいるのは、単なる野盗ではなく、計画を立てて動いている組織だ。
私達は、ノエルに従うだけ。
「ノエル、私達に指示して」
「ミールは馬車の後方、馬車と盗賊の間で戦って。ユリナとミシェルは馬車へ。私は前に行く」
「了解!」
ミールが火遁の術。小さな火の玉を沢山飛ばして敵を牽制。
その間に、私達は自分の位置に走った。
敵40人。貴族家護衛8人。馬車内の戦闘員人数不明。私達が4人。
私とミシェルが馬車に到達。4人の盗賊が馬車の扉を空けていた。
いきなり馬車から誰かが飛び出して、盗賊の1人が斬られた。
その剣を抜いた貴族風男子が若い女子をかばいながら、馬車から下ろした。そして混戦。
「メリンダ、道を開くから君は逃げろ」
「アンソニー兄様、ダメです」
ずざっ。「ぐあっ」「きゃあ!」
貴族風男子が腕を切られ、メリンダと呼ばれた方の美少女が、盗賊風に捕まった。
「待った」
「誰だ!」
まだ「アイリス」は名乗らない。
誰だと聞かれて困った。
「え~と、通りすがりのソロ冒険者ミシェルだ」
「そうよ、私も無関係のソロ冒険者ユリナよ」
かなり間抜けな自己紹介である。
「邪魔するな。この女を刺すぞ」
「ミシェル、初の盗賊退治にトライよ」
距離4メートル。メリンダ嬢をミシェルにお願いして、私は男の人を治療に走った。
「よし。やっと俺も役に立てる」
若い方の女子が人質に取られたが、奥の手がある私達は余裕だ。
それを考え、ノエルは役割を決めた。
ここは、ミシェルのデビュー戦だ。
初の対人戦で、相手は殺意を持っている。
ミシェル、推定レベル70、HPは420をミノタウロス変換で底上げして推定HP588。魔法「ダーク」
敵は3人。ミシェルは人質を取った男に向かって走り出した。
「ダーク×3」
素早く3人の男の頭を闇の雲で包んだ。タイミングがいい。
相手にステータスで勝るものがいるかも知れない。
だけどミシェルはレベル90~100の魔物と戦ったばかり。
練ってきたものの、濃さが違う。
ミノタウロスさえ止めた的確な魔法。魔法と連動して繰り出される大剣技。
「ぐわっ」
人質を取った盗賊の剣を跳ね上げて、メリンダ嬢を奪回。
左手で抱き寄せ、回転しながら盗賊の首に大剣をたたき込んだ。
無駄がない、綺麗な動き。
見とれてしまった。
ミシェルも必死に頑張ってきた。
元来のパワー不足を補うため、回転技を練習していた。
休憩中も、こっそり剣を振っていた。
私達と生きていくために、必死になってくれた。
『超回復』を何度も頼まれた。それは、努力をするため。
私達と出会う前から磨き続けた技。
そこに短期間で上昇した身体能力が加算された。
ミシェルの「スピンソード」
残りの盗賊2人も、華麗に舞うミシェルに斬られた。
そして自分の首にしがみつくメリンダ嬢を抱えたまま、柔らかく着地した。
左手でメリンダ嬢を抱え、右手に長剣を持っている。
まだ盗賊は、ほとんど残っている。
だけど私、ノエル、ミールは、敵など見ていない。
格好よく戦ったミシェルを見ていた。
そして、私、ミール、ノエルは心の中でハモった。
『なんで、嫁3人以外の女を抱いて、華麗に舞ってるんだよ!』
メリンダ嬢が恐怖からミシェルにしがみついた。
それを見たノエルが「サラマンダー」を放った。森が近いのもお構いなし。
メリンダ嬢が離れない。
それを見たミールが火遁を放った。すでに無力化された盗賊風の頭に火が付いた。
「ふっ。ミールもノエルも大人気ないね・・」
けど、メリンダ嬢が目をつぶってミシェルの腕の中から降りない。
それを見た私は、スライムを出した。
ノエルとミールの大雑把な攻撃を掻い潜ってきた盗賊風2人が犠牲者だ。
「八つ当たりのスライムパンチーー!」
ボムっと鳴った破裂音が、私の心の叫びと知れ。
何かを感じたメリンダ嬢は、ミシェルの腕の中から降りた。
◆
生き残った盗賊の男5人を『超回復』で治し、拷問用に連行している。
幸いに護衛騎士、御者に死者はいない。
「あなた、アンジュの妹のメリンダよね。こんなとこでどうしたの?」
「ノエルさん、みなさん、ありがとうございます。だけど、大変なことになっていて、急いでいるんです」
「何があったの」
「すみません。アンジュの婚約者、ヤシラ家三男アンソニーです」
かなりの慌てようだ。
「みなさんに大変お世話になりましたが、アンジュの命が危ないのです。ここは失礼させて下さい」
私の出番だ。
「待った。命が危ない人がいるなら、私が行く」
アマク伯爵家までの30キロ。私のスキルを使えば1時間もかからず行ける。
「ミール配列を決めて」
「了解」
ミールがメリンダを抱える。
ノエルはアンソニーを背負った。
ミシェルと私はサポート係。
慌てた護衛騎士を置いて、私達は走り出した。
私の全速が人間を抱えたミール、ノエルより遅くて時速45キロ。
「超回復走法」で同じペースで走る。
誰かが遅れ始めて私が追い付くたび、『超回復』をかけた。
走りながら事情を聞いた。
今回のアンジュとアンソニーの婚姻に反対する親戚がいる。
アマク伯爵家、ヤシラ伯爵家の結びつきが強くなることを良しとしない。
そいつが毒を盛ったそうだ。
犯人のことは後回し。とにかくアンジュの命を救うために、解毒剤が必要だ。
解毒剤の材料になる、ポイズンシクラメンという植物。
それを襲撃地点近くの実験農場で栽培している。
アンジュの元に届けるため、アンソニーとメリンダが馬車を走らせていた。
ちなみにアンソニーは、アンジュを通してノエルを知っていた。
さらに、ワイバーン騒動の流れから、私の存在も認識している。
何より時間がない。
私達は走り出して45分後、アマク伯爵家に到着した。




