150 空中散歩
ノエルと2人、裸。
そして抱き合ったまま・・
高度1000メートルの上空に放り出された。
空は晴れている。ワイバーンも落下している。
こっちも落下中だ。
加速がついて、私達の語尾も伸びておかしくなっている。
「ノエルうう、精霊魔法で飛べるうう?」
「風の精霊よおお、おねがあああい!」
100メートル落ちてスピードは軽減した。
だけど高度がありすぎる。
「滑空してる。これ以上はスピード落ちないの、ノエル」
「こんな高さからだと難しいかな」
段々とスピードが上がる。ノエルの魔法でも止められない。
最後は斜めに地面に叩きつけられる。
滑空中。なるほど、角度は下がらない。
だけど、坂道を転げ落ちる石のように、着実にスピードは上がる。
私の『超回復』があれば、ノエルの魔力は尽きない。けれど、加速は止められない。
地面に滑りながら落ちても、予測がつかない衝撃を受ける。
二人して体が弾け飛び、パーツはおろしがねで削ったようになる。
本来は直滑降となる。ノエルの魔法で無理に斜めにした。
仲間のいる場所から離れすぎ、もうここがどこか分からない。
ずっと西にあるはずの海が、もう見える。
落ち着け私。
ノエルを生かす。
高度が下がって、30メートルを切ってからが勝負だ。
収納指輪からダチョウ肉を出した。
なんとか、ノエルとの間にミスリルの織物でワンクッション置いて、「等価交換」。
身体を元に戻せた。
魔力を激しく消耗するノエルに『超回復』をかけた。
すごいスピードになった。時速300キロくらい出ている。
ごおおおおおお!
風を切る音が、聞いたことがない響きに変わった。
「・・ユリナ」
「安心して。絶対に死なせないよ。私がいれば、大丈夫だからね」
笑ってみた。
「・・反則だよ」
「反則ね、ま、いっか」
ノエルも笑ってくれた。
「極限状態でも、こんな風に笑わせてくれるんだね、ユリナは」
私達は、生身でノエルのスキルを使って滑空している。
確実に下に向かいながら。
死ぬかも知れない。
そのくせ二人は呑気だ。ノエルと笑ってる。
ミール、ミシェルと会わせたい。
ごおおおおお!
「自分が死なないと思ってるから、余裕があるだけだよ」
ノエルが私を見てる。
「ノエル、絶対に助けるから。大丈夫だからね」
「・・そのセリフに、みんなイチコロだよ。助けた人、みんな、あんたに惚れるね」
安心させたい。
「ノエルもイチコロでしょ」
冗談っぽく、軽い口調で言った。
だけど、ノエルは・・
「・・うん、私もイチコロだったね」
目まぐるしく景色が流れる。赤く染まった頬、ピンクの唇は、よく見える。
ぎゅっと私を抱く腕に力が入った。
高度は下がった。
下を通りすぎる木々が見えている。
私とノエルの上半身は、革紐数本でぐるぐる巻きになってる。
「ノエル、自分の体を炎で覆える?」
「できる。タイミングは?」
なぜかとは聞かれない。信頼されてる。
「合図する。私の冷気から身を守って。そして私に身を任せて」
高度は30メートル。速度は時速500キロ。
あと10秒で着地する。
前方には草原、丘、砂浜、海。
私は氷のシクルからもらった、氷属性の高位ドラゴン鱗を出した。
「ノエル、今よ。氷龍変化!」
私は冷たいドラゴニュート変身。
密着したノエルは、体が凍りつかないよう、火の精霊の力を体にまとった。
ノエルが死ぬなら、地面に体が触れて頭か重要器官が吹き飛んだとき。
ノエルに「接地面」を作ってはならない。
じかに衝撃を受ける。それが、私の役目だ。
ドラゴンの力を借りて、着地直後にジャンプして、勢いを殺す。
水面に平たい石を投げて、水を切るイメージ。
止まってはいけない。
止まったらノエルが死ぬ。
時速500キロから、急停止。そのストッピングパワーは計り知れない。
私でさえ『超回復』で復活できるか分からない。
ノエルは間違いなくバラバラになる。
「絶対に助けるよ」
間もなく着地。
下は緑色。
私は後ろ向き、ノエルは前向きで抱き合っている。
足は下。脚に力を込める。
ドンッ。
ざっ。ざざっ。ざりざりざり。
「おえぶっ」
ノエルの肺が潰れたけど、作戦は成功した。
着地直後に飛んで少し浮いて、スピードが一気に落ちた。
「ごぽっ・・」ノエルは口から血を吹き出した。
瞳孔も開きかけ。
動じてはいけない。
私はノエルを助けるため、冷静になっている。
ここからの作業時間。残されてるのは、約2秒。
時速500キロのスピードで、裸足の着陸。
私の両足は地面に触れて一気に擦りおろされた。
すねの途中までなくなりながら、ドラゴンの力を借りてジャンプした。
痛みより、大切なものがある。姿勢を崩したらノエルを守れない。
地面に叩きつけられず、衝撃の8割は受け流した。
2割の衝撃。それでも大きい。
後ろ向きで、急に減速した私。
前向きで、私との密着状態から、私の身体に衝突したノエル。
ドラゴンの突進並みの衝撃だろう。
私とノエルの肋骨は砕け、内臓も破裂した。
正面から抱き合った私達は、肋骨が絡み合い、血液が混じっている。
ノエルと私の腰も、骨盤から溶け合っている。
一線を越えたどころではない。
恋人同士でもないくせに、深い交わりかたをしてる。
けど、2人とも、まだ生きてる。
「ノエル、最大の難所は乗り越えたよ」
『超回復』ばちばちいいぃ。
ノエルには意識して『超回復』をかけて、私は自動で『超回復』がかかった。
私の身長は一気に110センチに縮んだ。
時速100キロ。
私とノエルは求め合う恋人のように密着している。
全部が・・
再生された瞬間の偶然?
私達は、なぜ、愛し合う恋人同士のように、繋がってしまったんだろう。
驚いている暇はない。
間もなく2度目の接地になる。
「次で終わり。大丈夫だからね」
身体は繋がったまま。
ノエルを上にして、私の背中で接地する体勢を取った。
小さくなった私では抱えきれず、彼女の手足がはみ出している。
だから、腕で頭と首、足で腰を力一杯ホールドした。
手足は千切れてもいい。
頭が無事なら、復活させてあげる。
「ユ、ユリナ・・」
「背中にはまだ、硬い鱗が残ってる。2人で生き残ろうね」
「ダメ、ユリナ!」
「んむっ・・」
「ん、ん・・」
彼女は反射的に、自分が危険な下になろうとしていた。
極限状態なのに優しすぎる。
それを、不意打ちのキスで止めた。
そして、着地した。
ざざざざ!ざざざざざざざざ。「ぎいいい!」ざざざざ!ざざざざ。「ぎゃあああ!」。ざざざ!
2人して絶叫している。
海岸近くの草地と砂地。
比較的条件が良かったお陰で、100メートルくらい滑って私達は止まった。
被害は最小限だ。ノエルが高ステータスで良かった。
私は脛椎、腰椎、骨盤が擦りおろされている。
ノエルは両足と右手がなくなった。
その程度で済んだ。




