147 決戦の前夜
ワイバーン討伐隊に参加している。
普段は出没しない農村地域に出た原因は分かった。
その原因の貴族家の一団も懲らしめたが、ワイバーンの脅威が去っていない。
作戦会議には合同討伐隊を組むイツミ伯爵家、カロ男爵家、グママ男爵家から各5人が参加している。
私は伯爵様の言葉で少し救われ、酒でも飲もうかと思っていた。
だけど、なぜか会議に引っ張り出されている。
「ユリナ殿まですまんな。ただ、かなり事態が深刻化しそうなんだ」
ワイバーンの出没は3日に1度で、その法則通りなら明日。
2体が出るそうだ。
魔法部隊の攻撃でワイバーンを地面に寄せ、地上で肉弾戦。
今回の戦力があれば勝算十分だそうだが、前回の襲撃からイレギュラーが起こった。
敵に追加部隊が加わった。
ワイバーン2体のおこぼれを狙うハーピーが付いて来るそうだ。
前回は5匹で男爵2家の部隊で追い払ったが、怪我人も出たとか。
ハーピーは群れやすい。
前回が偵察隊なら、今回は主力部隊が来る。
最悪の場合は100匹の可能性あり。
「私も戦闘参加ですね。何を受け持ちましょうか」
「かたじけない。ユリナ殿は伯爵様以上にお強いという話ですが、どのくらいのレベルの敵を相手にできそうですか」
下手に力を隠して仲間に犠牲者を出してはいけない。
有効な情報を出そう。
「気功攻撃の私は基本、超接近型です」
ゼロ距離なら、特級ダンジョン10階の推定レベル90~100のランドドラゴンが最高。
人間はジュリア。それは黙ってる。
「おお、Aランク並なんですね」
「道具を使って、伝達気功、その効果を作ることはできます。射程距離は5メートル程度が限度です」
それから会議を重ね、陣形などを決めてもらった。
私の提案で、役割も決まった。
◆◆◆
明日に備え、みんなが寝静まった。
私は朝まで飲んでも『超回復』を使えば大丈夫。
野営地から離れた木の陰でウイスキーを出した。
今夜もハーフエルフのノエルと一緒。最近ずっとだ。
気持ちが不安定な私を気遣ってくれる。
彼女は寿命500年の美しきハーフエルフ。
私は美しくないが『超回復』の効果で寿命の概念がなくなっていると思われる人間。
ノエルの、時間的な価値観や世界観が何となく、分かるようになった。
「ユリナ、伯爵様から聞いて、みんな驚いてるよ。ワイバーンをおびき寄せるための生き餌、オークの塊の上に乗るんだってね」
「うん、一番槍はもらうよ」
「冗談言ってるけど危険すぎ。明日、撤回しても誰も文句言わないよ」
「ありがと、心配してくれるんだね。カウンタースキルで戦うから、食べられてから勝負なのよ」
「はいはい。常識で考えちゃいけないんだったね。ふふふ」
ミールと似ているけど、笑い方が違う。すごく大人っぽい。
ミールは私が逃げたあと、きちんと笑えているだろうか。
泣いているかもしれない。だけどミールの横にはミシェルがいる。
泣いてても笑っていても、2人で時間を暖めていて欲しい。
つらいことは時間が忘れさせてくれる。
ノエルがそう言ってくれたが、私もミシェルに対する余熱が消えてくれたら、そう願っている。
だけど今の気分は複雑だ。
ミシェルへの思いをミールとミシェルに気付かれた。
中途半端な行動が原因でカミユを助けられなかった。
ノエル、フランソワ夫人、ドラグさんのお陰で気持ちは楽になってきた。
それでも大切な闇の子の死は、私の中にダメージとなって残っている。
むにゅ。「ん?」
思いにふけっていたら、ノエルにキスされた。
「ふふふ。ちょっと悲しそうだけど、優しい目になってるよ」
「ちょっとびっくりしたけど、なぐさめてくれたんだ」
何だか抵抗感がなかった。
「ねえ、これが終わったらユリナはオルシマに帰るの」
「そうしようと思ってる。まだ気持ち的に無理そうなら、寄り道しながら帰るよ」
「私も行っていいかな」
彼女は伯爵軍が気に入って、15年もいる。
そそろそろ、放浪民族エルフの血が騒ぎだして、動こうかと思っていた。
ノエルに、妹みたいなミールを会わせたい。
彼女も興味を持っている。
「ミールの彼氏、ミシェルも紹介する」
「ねえユリナ」
「何?」
「ミシェル君って子が好きなんだね」
「・・まだ会って、数か月。一時的なもんだよ」
ノエルは言う。
彼女は色んな人を見てきた。
一目惚れから長く付き合ったカップルも見た。色んな出会いの形を見てきた。
人間に関わるのが好きなハーフエルフ。
13歳から67年も人間の街で暮らしてる。
なぐさめてくれる。優しい。
「ふふっ。言うことに深みがあると思ったら、13と67。合わせて80歳のババアじゃん」
「なっ。人間に換算すれば成人直後のピチピチだよ」
「ふふ、ピチピチって」
「あはは」
「ありがとう、元気出たよ」
だけど次の瞬間、私はトラウマワードに過剰反応してしまった。
冗談半分なのに。
「そうだ。オルシマに行くとき、私が彼氏のふりするね。一応は両性だから、男子の格好をすれば男に見えるよ」
「だめ!」
私がカミユに嘘の彼氏になってもらおうかと考えた。
慕ってくれる子の気持ち。一瞬でも踏みにじろうとした。
「カミュの心を傷つけようとした。そんな人間だから愛想をつかされたんだ。だから、だからカミユは私のことを生きて待ってくれなかったんだ!」
私は大声を出した。
だけどノエルは何も言わずに私を捕まえた。
「・・離して」
「嫌だね」
力強い。そんで抱き寄せられた。
「・・じゃあ、またキスしてよ」
「嫌」
「なら、何がしたいの」
「別に」
「・・・それなら抱いてよ。男の機能もあるんでしょ」
「それも嫌」
「何がしたいんだよ。もう離してよ。放っておいてよ!」
圧倒的なステータス差。スキルを使えばできるけど、私はただもがいた。
泣きわめいて、ノエルに文句を言って、泣いてわめいて、泣いて。
立ったまま抱かれて、いつの間にか意識がなくなっていた。
カミユが死んでから、初めて深い眠りについた。




