145 立ち直ってなかった
ワイバーンを倒しに行くことになった。
なぜだろうか。
分かりやすく説明すると、こうだ。
ミールとミシェルが手をつないでいるのを見て悲しくなって逃げた。
カミユの死に耐え切れず旅に出た。そこからカナミール子爵の第一夫人に拾われた。
夫人の実家のイツミ伯爵家に連れて行かれた。
当主ドラグの配下ノエル達に歓迎された。そしてワイバーンに至った。
え、分からない?私もだ。
ドラグさんの配下、ミールに似たハーフエルフ美人ノエル達と酒を飲んでいた。
ノエルと私、ミリー、ジュミの22歳コンビを合わせた4人だ。
この世界のハーフエルフの体は、男性でもあり女性でもある。ノエルは精神が女性寄りなので、ここは女子会だ。
みんなと飲みに行くと言ったら、伯爵様が結構なお金をくれた。
本当に感謝されてる。
「伯爵様に気を使わせて悪かったな」
「けど伯爵は、孫に桁違いの回復スキルを使ってくれたユリナには、豪邸の一軒くらいあげるべきだって言ってた」
「それはダメかな・・。よこしまな気持ちを持ってスキルを使ったら、因果なのか面倒を見ている子が死んだ・・」
「重いよ」
「う・・ごめん」
「いいよ。私達3人も、大なり小なり、そんな思いをしているもの。大切な人間を亡くした直後の気持ちは痛いほど分かるわ」
聞けば、3人は貧困層の生まれ。
ノエルは火、風、水の精霊魔法が使える。
今はレベル88、HP1232と超強いが、少女時代に悪い商人に狙われ、同族の友人3人が命を落としている。
ミリー、ジュミは2人とも身体強化持ちでレベル70、HP900越えの猛者。
こちらも、実は本来はあと2人の仲間がいた。ここまでになる課程で、2人を死なせてしまっている。
「そうか、みんなも大変だったんだ・・」
貴族軍とはいえ、半分は平民上がりが多い。
危険と隣り合わせの生き方をしてきた彼女達。
「生き残った同士で励まし合うしかないさ」
初めて会ったのに、みんないい人間だ。
「いきなり来たのに、歓迎してくれてありがとう」
「まあ、ユリナはある意味、悲恋のヒロインとして、有名人、だからね」
「え、ま、まさか」
「吟遊詩人が語るリュウ&ユリナの物語だよ。カナワと姉妹領の、こっちでも人気だからね」
「うひゃるひぇ・・」
帰りたくなってきた。恥ずかしい。
「ははは。それは置いといて、その吟遊詩人が言っていたけど、ユリナの気功術ってすごいらしいね」
「そうそう。ギルド内の戦闘でも、貴族家の魔法使いと4人の戦闘職を制圧したんでしょ」
「まあ、そこは思った以上に戦えたかもね」
「私達がワイバーン討伐に行くのは聞いてる?20人の部隊を組むんだけど」
「少し聞いたけど、ワイバーンって見たことないのよ」
「まあ、羽を広げると20メートルはある。でかいよ」
「20メートルか。ちょっと見てみたいな」
「ユリナは時間あるの?」
「うん。もうちょっと、旅をしようかと思ってるんだ」
私が逃げた形だけど、ミールとミシェルが一緒にいてくれればいい。
私抜きの時間を過ごすほど、ミールの気持ちはミシェルに傾くんだと思う。
今度こそ会ったときに、祝福したい。
「じゃあ、お頭、じゃなくて伯爵様にユリナのワイバーン討伐同行をお願いしようか」
「いいね、よろしく」
で・・
酒場に現れた馬賊、ではなく伯爵からOKをもらった。
こんな流れだ。
◆◆◆
伯爵、騎士ゼノ、ガルの側近2人を中心に、ノエルらも加わった20人討伐隊。そこにおまけの私。
ルートは今いる街から西に150キロ街道を進む。
するとダンジョン並みの魔物がいる半径200キロの「魔の森、魔の山」がある。
どうもどこかの馬鹿が、魔の山のワイバーンを刺激したらしい。
3ヶ月前から、森の南にあるカロ男爵領、グママ男爵領に普段は現れないワイバーンが出没。
家畜を食べるらしい。
三家合同200人の討伐隊。伯爵軍は20人。
だが伯爵軍は、冒険者ランクAのドラグ、ハーフエルフ兵器・ノエルをツートップに化け物揃い。
合流後は主力だ。
近隣で名を馳せている20人の精鋭。
だけど、オルシマのアルバ4兄弟とミールの5人がいれば、制圧できそうな気がする。
思い過ごしだろうか。
馬車5台で2日かけ、150キロ移動した。
私は明かしてないけど「超回復走法」を使いながら、走ってきた。
「ほう、自己回復の「気功」とは凄まじいな。ユリナ殿は、常にベストの状態で戦えるのか」
「そうですね。スキル頼みの持久力だけが自慢です」
そろそろ、魔の森の外縁部に沿って、南東に移動するルートに入る。
ここから強い魔物が出る。レベルは60越えが当たり前らしい。
気持ちも落ち着いて、元に戻れたかと思ったが、勘違いだった。
森からオーガ2体が出てきた。
伯爵軍は慌てない。
その時の警戒役のノエルら。チームで対応しようとした。
だけど、ノエルに向かってオーガが走り出したのを見た。
それだけで、目の前が歪み、体が動いてしまった。
「え、ユリナ!」
私は鎖かたびらにワンピースだったことも忘れ、左手にスライムを出した。
剣も抜かず、構えもフェイントもない。
敵への到達は一番早かった。
「あ、あ、あ。誰も殺させない、傷つけさせない!」
パンッ。「スライムパンチ」
瞬く間にオーガ2匹の足を肉片にしたけど、体が震えていた。
みんな、驚いていた。
魔物に対する恐怖はない。
ノエルが魔物に狙われたとき、身体中に悪寒が走った。
横たわって目を開けてくれないカミユの顔が頭に浮かんだ。
恐怖。フラッシュバックしたのだ。
結果、連携しようとした討伐隊女子メンバーの獲物を横取りしただけだった。
「ハイレベルオーガが10秒で無力化。それも2匹。ユリナ・・」
「ごめん。勝手に戦っちゃった。チームに同行させてもらったのに、邪魔した」
装備が吹き飛び、裸になった私にノエルが服を着せてくれた。
そんなことも忘れるくらい、冷静でいられない。
ワイバーン討伐で大きな迷惑をかけることにならないか、すごく不安になってきた。
「それにこれじゃ、もう誰とも連携できない。かえって危険にさらしてしまう」
こんなの初めてだ。




