122 涙が流れてた
ミシェル君を連れて逃げる。
イーサイド男爵家の領都まで来て騒ぎを起こした。混乱に乗じてしまえ。
サマンサさんに会いたいけど、状況が許さない。
接触すべきでない。とりあえず、街を出た。
追っ手はいた。そこには、マルコ君、師匠のミハイルさんが現れて、援護してくれた。
それに肝心な情報もくれた。もちろん、サマンサさんのこと。
実家のイーサイド家よりも、アリサの動向を把握していた。
カナワの街で冒険者になったこと。3年間は無事だったことを知っていた。
そして・・
あの日、行方不明になっていることを知っている。
リリオ君が旅の冒険者を装い、サマンサさんに悲しいお知らせを告げた。
アリサのために泣いていたそうだ。
本当の親ではない。けれど、肉親よりもアリサを気にかけていた。
「アリサ、あんたを愛してくれた人はいたよ。間違いなくいた・・」
ミール達には感謝しきれない。
サマンサさんは、この街に親族もいる。生活基盤もここにある。
今はそっとしておくのがベストだ。
◆
ミシェル君を外を歩いている。オルシマ行きを勧めた。
海岸沿いに3キロほど歩いた場所にいる。
「ミシェル君。守ってくれてありがとう」
「あ、いや。ユリナさんってすごく強いよな。かえって俺が邪魔したみたいだ」
はにかむ横顔が、初対面なのに懐かしい。
「・・・え、ええと、オルシマに来て」
「え、なんで」
「私、ここの領主の長男にさっきのスキル絡みで狙われているの。あなたも巻き添えで捕縛されるわ」
「そんなことになってんだ」
「ごめんなさい」
「いや、謝ったりしないで。助けられたのは俺だから。こっちこそ、ありがとう」
OKをもらった。
ご家族の問題もない。
母親が2年前に亡くなり、今は身軽だと笑っていた。
血筋は薄くだがイーサイド家に繋がる。
「追放されたアリサとは、かなり遠いけど親戚だって聞いてる」
「だからミシェル君、なんとなくアリサに似てるのかな」
「俺のスキルのせいで母親が父と離縁してまで、男爵家と縁を切ってかばってくれた」
「うん、素晴らしいお母さんね」
「だけど俺自身は貴族と関わりがないEランク冒険者。本家の人間と会うチャンスもなかったし」
「そっか・・。アリサが家から追放されたことは?」
「・・聞いたことがある。すまん、俺も厳密にはイーサイドの血が入ってるのに、何もできなかった」
「別にミシェル君は悪くない」
「どうしたのユリナさん、じっと顔を見て」
「なんでもない・・」
彼もスキルのことで不遇続きだったろうに、すごく優しい。
同じ笑顔まで見せてくれて、アリサのことを思い出さずにいられない。
復讐にひとつの区切りがついた。そしてアリサを追放した人間の顔を見た。
無意識に押さえ込んでいた感情が、噴き出すようになった。
そんなときに、ミシェル君に出会ってしまった。
「アリサ・・」
「ユリナさん、どこか痛い?」
「何が」
「泣いてるから」
「思い出したの。アリサ、大好きだった」
私は彼の顔を見ながら涙が流れていた。気付かなかった。
「回復スキルがあるから、怪我はないよ」
「アリサ、大事な人だったんだね」
「うん」
言葉数が少なくなった。
1時間は無言。けれど気まずくはない。
グレイ司祭のジャッジメントを跳ね返し、ミシェル君に「超回復&破壊的絶対領域」を使った。
ミシェル君には、もう大きな手の内を見せた。
なのに、「超回復走法」は封印している。
使えば250キロ離れたオルシマの街まで半日で走りきれる。
歩幅を合わせてエールも飲まず、ゆっくり歩いている。
ふたりの時間を噛み締めている。
長い沈黙のあと、ミシェル君が口を開いた。
「・・本当に、俺がオルシマに行って迷惑にならない?属性も闇だし」
「大丈夫。私もお金を出して「ふーどこーと」を作るの。主力メンバーは魔力ゼロの女性3人と闇属性の男性1人なの」
「俺は冒険者を続けたいけど・・」
「その点は大丈夫よ。接点を持ってもらいたいだけ。とりあえず住むところも提供できるし、あなたの強化もする」
「強化?」
彼の自尊心は傷つけたくない。
注意しながら、私の特技を教えた。
スキルで他人のレベル上げの手伝いができる、と。
「前からイーサイド領を出ようと思ってた。ちょうど良かった」
「それなら・・」
「知り合ったばかりなのに、ありがたい。ユリナさん」
「歓迎するわ」
「追っ手が気がかりだかどね」
「問題ないよ」
「誰?」
「ミール、いたのね」
ミールが合流。私達がイーサイドの領都を脱出した後の事を教えてくれた。
教会暗部の大将、ミハイルさんが来て牽制してる。私達に追撃はないそうだ。
今回はマルコ君達20人の部隊を投入。
イーサイド家のアタッカーを戦闘不能にしたとのこと。
ミハイルさんを筆頭に戦闘に長けた面々がイーサイドの牽制。
また、アリサの追放に関わった母親は、胸の病気だそうだ。
絶対に治さない。それが復讐だ。
アリサが生きてたら、助けて欲しいと言われたのかも知れない。
「うん、アリサが生きてたら・・の話だよ」
ミハイルさん率いる「凶信者部隊」は、私の意思を尊重してくれる。
今後も、イーサイド男爵家の私への攻撃を食い止めてくれるそうだ。
今度は逆恨みで仕掛けられる可能性はある。私だけ狙うなら、追い返す。
それ以外の人に害が及ぶなら、戦うのみ。




