121 ミシェル君
初対面のミシェル君を助ける。
なんだか、目を見て吸い込まれそうになった。
同じ男でも、お別れしたリュウとは違う。考えている暇はない。
そうだ、戦闘中だったのに。
「そこの聖騎士、彼を離して。でないと200人のギャラリーの前で恥をかく」
「ははは。ここの領主の長男ライナー殿から聞いているぞ。回復スキルと接近戦持ちか。いい気になっているようだな」
視界の端に武装した人間が沸いてきた。
200人のギャラリーの間を縫って100人が追加された感じ。ライナーが手配した男爵家関連の戦闘員だろう。
「ほほほ、ユリナとやら。お前のスキルには桁違いの回復力があるらしいな。私が有用に使ってやる。抵抗せずに付いて来い」
「ミシェル君をつかまえている聖騎士3人が邪魔。ミールやマルコ君にも手助けしてもらうべきだったかな・・」
つぶやいた瞬間にナイフが飛んで来て、3人の聖騎士の装備の隙間に刺さった。
そしてみんな倒れた。
「なんだ、ナイフがかすっただけなのに、目眩が・・」
「すげ。ちょっと呟いただけで、ミール達が最高の仕事をやってくれたわね」
状況は一見すると悪い。
幅20メートル、奥行き10メートルの壇上に私、ミシェル君。
グレイ司祭と倒れた聖騎士が3人。男爵家長男のライナーも来ていて、ステージを囲むように100人の戦闘員。そしてステージの正面に200人のギャラリーがいる。
「なあ、あんた」
束縛から解放されたミシェル君が口を開いた。
「ミシェル君。自己紹介が遅れたけど、私はユリナ19歳」
「俺と同じ年か。俺のために来てくれたみたいだけど、逃げてくれ。どっかにサポートしてくれる仲間もいるんだろ」
「あなたはどうするの」
「盾になれるか分からないが、「ダーク」の魔法で時間を稼ぐ。ステージの左側から飛び降りてくれ」
安心させる気なのか、笑った。
「ねえミシェル君」
「なに?左に行って逃げてくれ」
「その案は却下よ」
「え?」
私は右手で彼の左手をしっかりつかんだ。
身長差は10センチ程度でつかみやすい位置に手がある。
彼は私の顔を不思議そうに見ている。
そのとき、グレイ司祭が通る声で群衆に訴えだした。
「嘆かわしい。その闇属性の男の毒に侵され、我が同胞の聖騎士3人が倒れました。さらにオルシマの聖女と名高い女性まで現れてくれたのに、毒牙にかけようとしています」
ざわざわざわざわ。
「よって、聖なる魔法の極み「ジャッジメント」で、その穢れた男を浄化して見せます。さあ離れなさいユリナさん」
40歳を幾つか過ぎた風貌。醜く太ったグレイ司祭が、右手を空にかかげた。
単なる光魔法、ジャッジメントを準備している。
「ユリナさん逃げろ!俺が何とかする」
目が合った。またドキッとした。
これはアリサの目。
そしてナリスの目、そしてモナの目だ。
自分も苦しいのに、カナワの街に出て不安だった私を安心させてくれた。
そんな親友たちと同じ強い目だ。
ミシェル君は目隠しの魔法が少し使える程度の「闇魔法適正E」。
今の状況を打破する力はない。
だけど勇気を振り絞って、私を守ろうとしている。
私の目に涙がにじんできた。
死なせてしまった親友3人、そして添い遂げられなかったリュウ。
両方がくれた暖かいものが、ミシェル君に存在する。
この短い間に、私の心に何かが起こってる。
何千の死から蘇り、何人もの人間を殺してしまった。
10メートルのランドドラゴンに立ち向かっても動じないほど、心が鈍くなっている。
そんな私。
なんで、ミシェル君に気持ちがかき乱されているんだろ。
「ミシェル君。今から私と一緒に戦うわよ。すごく痛いけど、強制参加だからね」
「え、あんたは」
「ふふっ」
私は叫んだ。
「グレイ、私の中の「名もなき神」が叫ぶ。助ける者を見間違うなと!」
「しかし、その男は穢れた闇属性ですぞ」
「属性に優劣などない。聖属性や光属性が優れているなどと、私の中の神は言わない」
ミシェルの手を握る手に力を込めた。
「私が回復スキルを使わせてもらう基準は別にある」
「何ですか、基準とは」
「グレイ司祭。嘘で固めた罪状を練り上げるあんたを、名もなき神は大嫌い。心が腐った人間に加担したら、回復スキルを取り上げるそうよ」
「うるさい小娘が。マリルート様に仕える司祭たる私に説教でもする気か!」
来る。
「闇の者を滅せよ、ジャッジメント!」
「強き心をもつミシェルに力を貸して。名もなき神」
ごおっ。
司祭の魔力や魔法適正がどのくらい高いのか知らない。
だけど、司祭の周りに集まった熱量が尋常ではない。
範囲を絞ってもミシェル君だけでなく、私にも光の長槍が向かおうとしている。
カウンターではね返すのみ。
と、思ったが・・・。
ミシェル君が私に抱きついた。
デジャブだ。
リュウと別れた日。リュウも命がけでかばってくれた。
「君も素敵だね、ミシェル君」
『超回復』
ミシェル君の背中、グレイ司祭が放った熱線で服が弾けた。
「破壊的絶対領域」
ばちっ!
ミシェル君の上半身から光魔法が押し飛ばされた。
グレイ、周囲の人間に向かって飛び散った。足元に倒れた聖騎士にもだ。
「ぐあああああ!」
グレイは跳ね返った自分の熱線で左手が弾け飛び、脚も焦げている。
お腹や顔に当たって致命傷を負っていないのが不思議なくらいだ。
いやああああああああああああああ。
惨事が起こっている。
ミシェル君に当たってはね飛ばされた熱線は、熱量は下がっても、広い範囲に拡散した。
イーサイド家の戦闘員、一般市民のギャラリーにも被害が及んでいる。
厳密に言えば犯人は私。てへっ。
だけど、この際、すべての罪をグレイ司祭になすりつけることにした。
「グレイ」
「ぎああああ。腕が、脚が」
「あなたがお望みの回復スキルを見せてあげる」
『超回復』ばちっ。
「え、何が起こった。傷がすべて治っている。そしてお前達までなぜ無事なのだ」
ギャラリーは殺気立っている。
欲深いグレイは、私の能力に気を取られ、肝心なこと忘れてる。
「おおユリナよ、これほどの力があるのか。やはりお前は私と一緒に来るのだ」
「はっ、あなたが無事ならね」
「なんだと」
腹の底から大きな声を出した。
「なぜ、こんなことをしたのよ。見ている人達に魔法を打ち込むなんて、気が狂ったの?グレイ司祭!」
「な、うそだ。おい、とんでもないこと言うな」
殺気だち、手に武器を持った人々が、ステージに上がって来る。
彼らに向かって、グレイ司祭を押した。




