117 アリサの泣き顔しか思い浮かばない
ナリス、モナ、私の3人が持っていた宝物。それは、アリサだけ手にしていなかった。
私だけが知っている。
ナリスが生まれたのは狩猟の村。小さな社会の劣等人だから、家族や婚約者を気遣い村を出た。
モナは孤児院出身。劣等人に関係なく15歳になって、規則で孤児院を出た。
2人が死んだあとに縁者に会いに行った。みんなが涙を流していた。2人は「家族」に愛されていた。
私も両親に間違いなく愛された。
農村の劣等人で同年代の子供と体力的なハンデがあった。その私のため、両親は疫病に倒れるまで力を尽くしてくれた。
私の嫁ぎ先を探し、多くの農地を残そうと頑張ってくれた。
結局は両親の死後、畑を持て余してた。親戚の叔父に安く買い叩かれてしまったけどね。
ナリス、モナ、私の3人は笑って家族の話ができた。
だけどアリサは違った。
カナワから150キロ北東にある、イーサイド男爵家の長女。なのに、追放されたのだ。
アリサは表向きには、自分が男爵家の使用人の子と言っていた。スキルなしで体裁を気にした男爵家の関係者に追い出されたと話していた。
月が丸い晩だった。
2人でエールを飲んでたら、泣きながら本当の話を切り出した。
貴族家の長子でありながら、大切に育てられなかった。
3歳のときにはスキルなしと判明した。
下に弟2人、妹2人が生まれ、その4人が強力なスキルを手にした。
現在は当主候補となっているライナーは土魔法の適正A。なのにアリサには何も発現しなかった。
両親に見切られ離れに住まわされ、最低限の読み書きだけ習った。
食事は使用人が運んできた。
使用人の初老の女性サマンサに可愛がられ、辛うじて愛情はもらえた。
やがて市井に出ることを考え、11歳で使用人サマンサの申し出により、彼女の家に移り住んだ。
両親もギリギリの生活費は持たせた。
やっと穏やかな日を手に入れても、それは4年間で終わった。
成人した15歳の誕生日。実家の男爵家に呼ばれた。
物心がついてから初めて自分の家に入る。だけど、そこで告げられたのは「領地からの追放」。
愛情をくれたサマンサに短い挨拶をすると、馬車に詰め込まれた。
月が丸い晩だった。
カナワの街まで連れていかれ、幾ばくかの手切れ金を渡された。
死んだことになった。
追放を告げた両親が憎い。最後まで劣等人と罵った弟妹が心底嫌いだと言った。
頬を伝う涙が月明かりで照らされていた。
目の前の男がゴブリンに見える。
だから、アリサを連れてこいと、不可能な条件を提示した。
「どう、簡単よ。本当の親じゃなくて、男爵家の使用人と暮らしてたらしい。あなたなら調べるのは簡単でしょ」
「・・そのアリサという女性はどこにいるのでしょうか。それに連れてきて、どうなさるのですか」
「彼女は前にカナワの街にいた。見つけたら、オルシマで仕事を紹介するわ」
私は今、オルシマのユリナ。
「ん、あなたが我が領に来るのなら、アリサとは、再び離ればなれになりますよ」
「いいのよ。アリサには、今度こそ彼女を追放した人間の名前を聞き出す。そして目的を果たすから」
「目的?」
「そう。強い力を手に入れた。だからアリサをイーサイド領から追い出したやつを殺すの」
「そ、それは犯罪ですよ」
「大丈夫よ。次期領主が見ないふりをしてくれたら」
「い、いや我が領内で犯罪は見逃せませんね」
「じゃあ、話は終わり」
「ユリナさんには早くイーサイド家に来て欲しいのです」
「私は行く気がない」
間違いなく、先陣部隊から危険人物だと聞いている。再び来たから何か事情があると思っていた。
「・・実は治療をお願いしたい人がいるのです」
「誰?」
「我が母です」
「・・くそが」
肉親のために、わざわざ来た?
響かない。
私の目の前には、ジュリアの火炎を浴びて死んでいった、私の親友のアリサの顔しか思い浮かばない。
「保留」
「なっ、なぜですか。あなたは差別せず、色んな人を治していると聞いています」
「だって、アリサは領内から追放された。追放は、お隣の執事さんクラスでも発動できない」
「・・」
「私の中では、あなたも、あなたのお母さんもアリサ追放の容疑者よ」
「母には時間が・・」
「だったら、早くアリサを探せ! 彼女がOKと言わなければイーサイド領の人間なんて治すもんか」
アリサ、熱かったよね、苦しかったよね。
「いや・・。「犯人」を誰か差し出さない限り、貴族の頼みなんか聞かない!」
商人さんや領主関係者も多い朝の往来の中で、大声を出してしまった。
感情なんてコントロールできてたまるか。
街の外に出た。
ミールもいつの間にか来ている。
だけど、かつての仲間絡みの話は、私が自分で解決したいという気持ちを分かってくれる。
我慢して見守ってくれる。
ゴブリン2匹を消費した「超回復走行」でオルシマから5キロ北西の林の中に来た。
街道から200メートル離れていて価値あるものもないから、冒険者が来ない場所。
ライナー家の追手が来た。次期当主の護衛のうち2人、さらに10人増えた戦闘員ぽいのが付いてきた。
「はあっ、はあっ。おい、ここで戦う気か」
「腕に自信があるようだが、我々は甘くないぞ」
「手足を折ってでもつれて来いと、ライナー様に言われているぞ」
「・・うるさい」
イライラが最高潮に達した私は、鎖かたびらだけのまま、右手に魔鉄棒を出した。
そして12人の男達の中に飛び込んだ。
殴る、当たらない。殴られる。がすっ、ぶんっ、がすっ、ばきっ。
『超回復』『超回復』『超回復』ぱちぃ。
「ぐわっ」
燃料用の手のひら大のオーク肉8個を「等価交換」で消費したとき、1発目の攻撃が誰かに入った。
よろめいたやつに2発、3発と鉄棒を頭に食らわした。倒れたあとも殴っていると、誰かが私を引きはがしに来る。
次の獲物だ。
30分して6人が倒れたあと、6人が逃げた。今回だけは逃がさない。
6人の初速は私より速い。けれど私を追って5キロ走ったあと、30分の戦闘をこなしたあとだ。
「超回復走法」で走る私は5分で先頭のやつに追い付いて、頭を殴った。
結局、6人とも頭部をしこたま殴ってやった。
「母の命だ。ふざけるな!」
母親に抱かれた記憶がない。
満月の晩に泣いたアリサの顔を思い出した。
イーサイド男爵家は私の中ではジュリア達と変わらない。
アリサを殺した仇だ。




