110 深読みしすぎる闇達③
愚か者。
俺ミハイルにぴったりな言葉だ。
ユリナ、いやもう俺に名を呼ぶ資格さえない。
あの方の目立つ経歴を調べ、人となりを知った気になっていた。屑聖騎士ベノアと何ら変わりがない。俺が最も軽蔑する人間に成り下がっていた。
1800年前、初代聖女ユーリス様が女神マリルート様に強大な力を与えられた。
代わりに自分に制約を課した。
「何も持たない。何も求めない。実際には、こういうことだっんだな・・」
あの方は、なんと川縁でゴブリンを齧っている。
ボロボロの服も着替えず、宿さえ取らず野宿でエールを飲んでいる。
初代聖女ユーリス様も一切れのパンと薬草を食べ、女神マリルートと出会ったボロ小屋を根城にしていたとある。
それを具体的な生活に当てはめて考えたこともなかった。
あの方は、街中では普通に食事も取る。当たり前だ。孤児院や行く先々で食材を提供しても、本人がこんな生活をしていると分かれば、誰しも遠慮してしまう。
リアルな生活の中で人を救うのだ。常に眉間にしわを寄せ、修行僧のように生きても誰も幸せにできない。
自分に制約を課す姿など誰にも知られる必要はない。光も闇も自分の心の中で作るのだ。
スラムに赴き「救済」をアピールする太った豚司祭。孤児院を訪れ「慈愛」に溢れる自分に酔いしれる偽聖女。それを見て俺は馬鹿にしていたが、所詮はそっち側だったようだ。
柔軟に、素直な目で考えるべきだった。
「腐るほど金はあるというのに・・」
「ユリナ様は金銭も大して持たれていません」
「なぜだ?」
ばさっ。
調査書を足元に投げられた。
中身はあの方が大金を得たあと、どう金を使ったか。本人のために使ったのは装備と酒。
残りは孤児院への寄付、討伐を手伝った仲間への過剰な分配、不作の村への義援金。要するに人のために使われている。
ゴブリンキング討伐に関する金など、全額を「シャイニング」なるEランク冒険者5人に分配している。
「また、誰かと合同で狩りをすると、価値がある獲物を人に譲っています」
「では、あの酔っ払いの姿は、仮の姿なのだろうか・・」
「そこは、地だと思います。お酒が好きなのは事実でしょうから。だから、エールを「霊薬」と言い張っておられるではないしょうか」
「初対面のとき、自分とミールにエールをぶっかけたという話があるくらいだし・・まさか」
「お気づきになりましたか」
「祝福なのか・・・」
「司祭が貴族に儀式を行う際、1000万ゴールドもの喜捨をさせ、もったいぶって出す偽聖水の真逆です。「インチキ霊薬」と口で言いながら、スキルで高度な治療を行い、名もなき神様の祝福をお与えになるのです」
「同志ミールは、それを受けることができたのか」
「虐待で傷つき醜い顔となった彼女を公衆の面前で抱え、エールを取り出すと「ミールのこれからの人生に乾杯」と祝福したそうです」
だからミールと初めて会ったとき、暗い過去を感じさせないほど明るい笑顔を見せたのか。
弟子達の視点、そして深い読みに感服させられた。
そしてあの方を曇った目で判断した自分を悔いた。
◆
そうこうしている間に4日がたち、マルコの具合が悪くなった。
あの方に同胞ミールのように治療を求めようと思ったがマルコに止められた。
「ミールもスキルの属性は「闇」ですが、あの子はユーリス様の伝記にある「少女アイリス」と同じ特別な存在なのです。だからお二人は、会った日から親密にされているのです」
「・・マルコ」
「やがて「聖なるもの」の極みに立つユリナ様に、私のような闇属性が触れれば穢れてしまわれます」
覚悟の目で俺を見るマルコ。下手をすれば明日まで持たないかも知れない。
最後に一目だけでもあの方を見たいというマルコの希望を聞き、あの方が子供達と冒険者ギルドに帰って来る時間にギルド前に出向いた。
そこで、あの方が瀕死のマルコの手を取り、「闇属性も立派なスキル」と言い切り命をお救いになった。
それだけでも感極まっていた俺達に、あの方は「霊薬」という名のエールを下さった。
多くの人の前で闇属性の俺達のために「名もなき神の祝福」を授けられた。教会で正式な洗礼を受けさせてもらえなかった俺達が、日の当たる場所で受けた初めての祝福だ。
あの方の中の名もなき神は俺に問い、こう言われた。「お前は腐った「闇」の仕事をする人間としては失格だ。だが、お前達には人の心を感じる」と。
きっと、こういうことなのだ。「闇」の力を持ったままでいい。だから正しき方向に力を使えと。
だから、俺は祝福を受けた直後に飛び出した。俺の役目はオルシマの街の外にあるのだ。
悔しいがオルシマの街では出番がない。あの方に恩を受けた実力者が結束して、あの方が望む環境を作ろうとしている。
このタイミングで俺が祝福を受けたということは、さっき警告したドルン伯爵家のような外敵に対処せよということだろう。
◆◆
初代聖女ユーリス様の前に現れた女神マリルートも、その前は誰にも知られていなかった。いわば「名もなき神」の1人だったはずだ。
これからどうなっていくかを考えると、ワクワクする。
だが、俺は自分の判断ミスからオルシマに駆けつけるのが遅れた。
一度だけ言うが、俺はミールに嫉妬している。
俺はユーリス様の伝記を読んで真の聖女に憧れ、探し当てられたら従者アイリスの位置にいたいと思っていた。
だか俺がツラカーナでふんぞり返っているうちに、ミールが奇跡の受動者となり、アイリスの位置に座ってしまった。
性別も年も違うが、俺はミールと同じ闇属性でレアスキル「ニンジャ」持ちなのだ。
俺にも、あの方と並んで歩ける可能性があったのではないだろうか。
それを名もなき神に問いたい。




