103 悪魔のような、聖女のような
俺こと、Dランク冒険者のガノンは「噂のユリナ様」の戦闘力を目の当たりにしている。
カウンタースキルなのか。近くで見ても、何をしているのか分からない。
ただ、視界の中の盗賊は立って動ける奴がいない。
マスクを被ったユリナさんを追って、盗賊の砦に入った。
調査した盗賊の数は最低26人。そこいら中に転がっている人間の数は、それくらいだ。
隣を歩くサナクが呟く。
「27人が転がってる。こんな短時間に・・」
ユリナさんが向かったのは、「ツインズ」の報告にあった方向。
囚われた女性がいるのか・・
ユリナさんは190センチの盗賊剣士と向かい合っていた。距離4メートル。
男は小屋のドアに左手をかけ、右手に松明を持っていた。剣は地面に刺してある。
ユリナさんは、攻めない。
「お前が、この小屋に女3人がいるのを確認したのを知ってるぜ」
「・・そう。それで、その松明は?」
「動くな! 中の女は足の腱を切ってある。まともに動けねえ。中に藁を敷き詰めてあるから、火を投げ込めば中で火ダルマだ」
「それで?」
「中の女には手を出さないから、砦から出ていけ!」
「やれば」
この人は何を言っている。俺達をあてにしている?
入り口が狭い小屋に飛び込んで、燃え盛る炎の中、足が不自由な女3人を抱えて出てこい。
そうことだろうか。
ユリナさんは2メートルある大剣を出した。
「脅しと思ってんのか、なめんな!」
盗賊剣士がヤケになって扉の取っ手を引こうとした。
その瞬間だ。
サク、ザクッ、サクッ。
「ぐえっ、え?」
空いたドアの隙間から3本の槍が突き出された。
盗賊剣士は松明を落とした。
ユリナさんは体勢を崩した剣士の右肩に、大剣を撃ち込んだ。
ゴキゴキッ、容赦なし。
小屋から、槍を持った女3人が出てきた。
「な、なんで足の腱を切った女が3人とも歩いてる」
女性達問いに答えない。
倒れた男を囲み、槍を突き入れ始めた。
「ぐわっ。いでっ。そうだ、拠点は他にもある。俺を殺せば仲間が黙ってないぞ」
「お姉さん達、他に盗賊はいるの?」
「・・こいつら、二拠点を使って領主やギルドの捜査を逃れてました。隣の領の拠点がヤバくなって、全員でこっちに来たんです」
「ありがとう。盗賊剣士さんの出番は終わったわ」
「なんだそりゃ、ごぽっ」
盗賊に隙を与えない。
死んだ盗賊剣士を収納指輪に入れて、ユリナさんはこっちを向いた。
「来ちゃったのね。埋め合わせはするから、あとで彼女達を連れて帰って」
捕まっていた女性3人を促し、壊れた門の方に歩いて行った。
盗賊は、女性3人は足の腱を切られていると言った。なぜ、普通に歩いている。
ユリナさんは門の近く倒れている男達を指差して、女性に何か聞いている。
「ガノン、あれ」
「聖女とか言われてるのに・・」
女性が指差した盗賊の首にロングソードを叩き込んだ。
2度、3度。動きを止めた男を収納した。
女性3人が、恨みを込めて、盗賊に槍を突き入れる。
ユリナさんは、事切れたそいつらを収納していった。
残る盗賊は2人。
「・・この2人を殺すのは、やめたいんですが」
そこには20台半ばの男が横たわっていた。
「この2人は、私達の治療をして、ヤらずに休ませてくれました」
「そう」
「仲間に騙されて、冒険者から盗賊に身を落としたそうです」
2人とも盗賊の仲間。
だけど女性3人は、倒れた男2人を殺す気がない。
ユリナさんは、並んで倒れている2人の前にかがんだ。
どちらも足に大火傷をして傷だらけ。
放っておけば死ぬ。
「盗賊のおふたりさん、あなた方だけ合格だそうよ」
「・・そうか」
「お姉さんたち、助けられて良かったな・・」
「冒険者時代に騙されたそうね。悔しい?」
「悔しいが、自己責任だ。俺ら2人が馬鹿だったんだよ」
「最後に、ちっといいことしたな」
「だな・・」
「彼女達が2人だけは助けてもいいそうよ」
「俺ら、蹂躙されるのを見てただけ」
「助かる資格はねえな」
ユリナさんは盗賊2人の肩に手を当てた。
そして、不思議なことを口走った。
「名もなき神が言ってるわ。女性3人の願いだから、1度だけチャンスをくれるそうよ」
『超回復』ばちっ。
「け、怪我が」
「何が起こった」
「ほら立って。これを持って南に向かいなさい」
金が入った袋を2人に渡し、砦から追い出した。
その後は、女性達に盗賊のトドメを刺させ、8軒の小屋を破壊。隠れていた3人も容赦はせず倒した。
そして金、武器、食糧などの物資も根こそぎ収納指輪に入れた。
まあ、冒険者であり、討伐者でもある彼女の当然の権利だ。
だけど目的は違った。
「ガノン君、この収納指輪を持って、冒険者ギルドに帰って」
「え?」
「盗賊の討伐報奨金全額と盗賊のお金の半分は、彼女ら3人にあげて」
「そんで残りは?」
「収納指輪ごと「炎の誓い」でもらって。指輪は上級ダンジョンクリアの報酬だけど、今回の迷惑料よ」
「いや、それはダメだろ」
「聞いて。迷惑料には捕まった人の情報を持ってきた「ツインズ」へのケアの代金も入ってるわ」
「・・どういうことですか?」
「私がランク落ち、「炎の誓い」が不合格となれば、彼女達はすごく責任を感じる」
「・・そうかもしれんが」
「だからガノン君達には、嘘をついてもらう」
盗賊の砦を再偵察に来たら、マスクを被った大男がいた。
その男が捕女性3人で協力して、すでに盗賊が皆殺しにしていた。
そんな話を頼まれた。
「討伐者をなんで、彼女達に?」
「偵察任務のガノン君達が討伐者だと、試験は即不合格になるわよ」
「・・そうか。ならユリナさんは?」
「私は逃亡して、どこにもいなかった。それでいい」
「それじゃ、ユリナさんにはマイナスしか・・」
「それでいい。捕まっていた女性達にも、しっかり言っておいてね」
朝まで砦の中で休み、夜明けと同時にオルシマの街に向かった。
ユリナさんとは、森の中で別れた。
森の出口に副ギルマスのジェフリーさんが馬車で来ていた。俺らを拾ってくれた。
帰り道、ジェフリーさんに収納指輪、金銭の半分520万ゴールド、多数の物資のことを相談した。
「本当でも嘘でもいい。ユリナ様の願い通りに話を進めろ。金や物は、黙ってもらっておけ」
それだけ言われた。




