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翡翠と赤の海外視察  作者: 貴神
7/7

(7)視察の終わり(後編)

長かった御話も、これで遂に完結です。

「な、に・・・・??」


まだ意識がぼんやりとしているのだろう、掠れた声で問い掛けてくる。


「服を取り替えようとしていたところだ。随分と汗をかいているからな」


「・・・・・」


翡翠の貴公子は焦点の合わない目をしていたが、小さく言った。


「いい・・・・自分で、遣る・・・・」


起き上がろうとして、だが直ぐに身体のバランスを崩し、シーツに埋もれる。


「無理をするな。遣ってやるから大人しくしていろ」


「要らない・・・・」


翡翠の貴公子が余りに頑なに拒むので、皓月の貴公子は妙に感じた。


先程の赤の貴公子の態度と云い、どうも、おかしい。


すると、ふと皓月の貴公子の頭に答が過った。


「何だ?? そなたは実は女なのか?? それとも二形か??」


「・・・・・」


「そんな事は気にするな。私は医者だ。人の裸など見慣れている」


「・・・・・」


押し黙る翡翠の貴公子に、やはり、そうなのかと内心思いつつ、皓月の貴公子は、


さっさと夜着を脱がしに掛かった。


問答無用で夜着を剥がれ、翡翠の貴公子は背を向けて横になる。


余程、身体を見られたくないのか・・・・。


皓月の貴公子は新しい夜着を広げ乍ら、じっくりと其の背中を見詰める。


剥き出しの背中は月下美人の如く皓く、浮き出た肩甲骨と背骨が滑らかな曲線を描いており、


大変美しかった。


尻は小さいが、よく締まっていて張りが在り、やはり美しい。


想像していた何倍も綺麗な身体だ・・・・内心そう思いつつ、


皓月の貴公子は後ろから夜着を着せてやる。


そして翡翠の貴公子の身体を上向かせ、夜着で包む瞬間、皓月の貴公子は見た。


其れは僅かな間だったが性器らしき物が無かった事を、彼は見逃さなかった。


帯を締めて遣り乍ら脳裏で考える。


女・・・・女なのか??


だが女にしては、身体付きが余りに其れではない。


胸も膨らんでいなかったし、背中を見ただけでも男の身体そのものだ。


皓月の貴公子は酷く答が知りたかったが、無言で手を離した。


「ほら、もう終わったぞ」


「・・・・礼を言う」


そう呟く翡翠の貴公子の顔から緊張が消えたのが、あからさまに判る。


皓月の貴公子は寝台の傍の椅子に座ると、別の話題を振る事にした。


「そなた達はウォルヴァフォードを視察する為に、ゼルシェン大陸から来たらしいな」


「ああ」


おそらく赤の貴公子が話したのであろうと察し、翡翠の貴公子は隠さず頷いた。


すると。


「ならば私を、ゼルシェン大陸へ連れて行けばいい」


予想もしなかった言葉を皓月の貴公子が投げ掛けてきた。


「此のウォルヴァフォードについてなら知悉している」


翡翠の貴公子は僅かに目を見開いたが、


「そうか・・・・其れは有り難い」


皓月の貴公子が同行する事に頷いた。


其れは正に願ったりかなったりであった。


同族と出逢った上に、ゼルシェン大陸へ来てくれると云うのだ。


新たな仲間に、ゼルシェン大陸の同族たちも喜んでくれる事だろう。


其の上、視察目的であったウォルヴァフォードについて、よく知っているとなれば、最早、


此れ以上の土産はない様に思えた。


安心と疲れからか、翡翠の瞳が又ぼんやりとなってくると、


翡翠の貴公子は再び眠りへと落ちていった。


其の寝顔を皓月の貴公子はじっと見下ろすと、


「これから楽しくなりそうではないか」


実に愉快そうに悦の顔で笑ったのだった。









翡翠の貴公子は星光の少年の持って来る光に、みるみる回復していった。


身体も起きられる様になり、切断された翼が完治すると、赤の貴公子は、ほっとし、


そして重く言った。


「主・・・・済まなかった」


巨体の身体で申し訳なさそうに謝る赤の貴公子に、


翡翠の貴公子は寝台の端に座った格好で首を振る。


「いや・・・・俺の油断が過ぎた」


自分こそ済まなかった、と謝る。


「主」


赤の貴公子は翡翠の貴公子に近付くと、彼の皓い手を取る。


「御前が死ぬかと思って、本当に怖かった。あんな恐怖は初めてだ。


だが・・・・生きていてくれて良かった」


手の甲に口付けてくる赤の同族に翡翠の貴公子は手を引こうとしたが、


随分と迷惑を掛けてしまった事に申し訳なく思い、黙って口付けを受けた。


其処へ皓月の貴公子が口を挟んできた。


「診たところ、もう全く問題も無いであろうし、旅の支度を始めるぞ」


其の言葉に赤の貴公子は振り返ると、驚きと怪訝の顔で言う。


「今からか?? もう一日くらい主を休ませないのか??」


だが皓月の貴公子は、きっぱりと答えた。


「もう十分だ。船の中で嫌でもゆっくり休めるからな。善は急げだ。セイ、家の売却に行くぞ。


準備をしろ」


「はい」


星光の少年は大きく頷くと、晧月の貴公子と部屋を出て行った。


だが赤の貴公子は未だ渋い顔をしている。


そんな同族に翡翠の貴公子は立ち上がると言った。


「俺は、もう大丈夫だ。ゼルシェン大陸へ帰ろう」


彼の背筋は、いつもの凛とした背筋に戻っていた。


赤の貴公子は暫し黙っていたが、


「判った。帰ろう」


もう心配するのを辞めた様に、いつもの仏頂面になる。


正に怪我の功名とでも云うべきか、視察に来た二人は大収穫を得て、


ゼルシェン大陸へと戻ったのである。









翡翠の貴公子たちが翡翠の館へ戻って来たのは、雪も降り始める冬であった。


久方振りの主の帰りに、使用人たちは総出で玄関で迎えた。


勿論、其処には、ずっとずっと主の帰りを待っていた居候も居る。


「主様、おかえりなさいませ」


「おかえりなさいませ!! 主様!!」


「おかえりなさいませ!!」


「あ、主!! おかえり!!」


沢山の笑顔に迎えられ、翡翠の貴公子は「ああ」と、いつもの声を返した。


誰もが館の主の帰還を喜んでいたが、


翡翠の貴公子の後ろから現れた二人の人物に思わず目を丸くする。


すると直ぐに星光の少年が一歩前へ出て、挨拶をした。


「はじめまして。僕たちは異種で、此方が兄の皓月の貴公子と申します。


僕は弟の星光の少年・・・・貴公子です」


にこやかに微笑む少年に執事が頷いた。


「主様から伺っております。皓月の貴公子様と星光の貴公子様ですね」


落ち着いて対応する執事は、帰宅前に主の羽根から客が二人来る連絡を受けていた。


「暫く館に置く事にする」


そう翡翠の貴公子が言うと、執事は柔らかに頷いた。


「御部屋の御用意は出来ております。さぁ、御寒いでしょうから、どうぞ奥へ。


主様も御客様方も」


「ああ」


翡翠の貴公子が頷くと、メイドが客二人から荷物を受け取り、二階へと案内する。


「有り難うございます。御世話になります」


にこにこと笑顔で階段を上って行く弟とは違い、無言のままメイドの後をついて行くのは、


兄の皓月の貴公子だ。


そんな、ふてぶてしい兄を金の貴公子は唖然として見ていたが、直ぐに翡翠の貴公子の後を追った。


翡翠の貴公子が自室に入ると、金の貴公子も続いて入り、


「主~~!! おかえり!! おかえり!! おかえり~~!!」


外に聞こえそうな大声で言う。


「ああ」


翡翠の貴公子は短く応えると、懐に仕舞っていた金袋を机の上に置いた。


「主~~!! もう、あんまり遅いから、俺、待ちくたびれたよ~~!!」


「そうか」


「土産!! 土産!! 土産ないの??」


「土産は無い」


其のいつもの素っ気無い返事に、金の貴公子は大ブーイングする。


「何で土産、無いんだよ?! 普通、買ってくるだろっ!! 普通~~!!」


「・・・・・」


だが黙って見返してくる静かな翡翠の瞳に、金の貴公子は態とらしく溜め息をつくと、笑った。


「まぁー、主が何事もなく無事に帰って来たんだから、良しとするかっ」


そう言い乍ら金の瞳でウィンクする。


まさか翡翠の貴公子が死に掛けていた事など微塵も思いもしない金の貴公子は、主の帰宅に、


夕食の間も終始笑顔が絶えなかった。


二人の客の事が気にはなったが、だが其れよりも主の帰宅が嬉しくて仕方なかった。


そうして約二ヶ月振りに、いつもの翡翠の館の日常が戻ってきたのである。









翡翠の貴公子と赤の貴公子がゼルシェン大陸へ戻って、二日後。


赤の館に帰った赤の貴公子は、珍しくデスクワークをしていた。


ウォルヴァフォードに知悉した同族の兄弟が来たと云っても、


議会に提出する調査書は書かねばならず、記憶を辿り乍ら羽ペンを走らせる。


其の暖炉の灯る執務室で、妹の赤の貴婦人は体術の型稽古を遣っていた。


其処へ扉のノックが鳴ると、メイドが入って来た。


「赤の貴公子様。夏風の貴婦人様がいらっしゃいました」


其の言葉に赤の貴婦人の顔が、ぱっと輝く。


「ええ?! 夏風のねえが来たの?!」


赤の貴婦人は扉へ駆けると部屋を跳び出そうとしたが、だが其れよりも早く大きく扉が開いた。


勢い良く部屋に入って来たのは、外套に身を包んだ夏風の貴婦人だった。


顔を上げる赤の貴公子に、ずんずんと早足で近付いて来ると、


夏風の貴婦人は凄い勢いで右手を振っていた。


バシィ!!


激しい音が鳴ると、メイドと赤の貴婦人は吃驚して身体を硬直させる。


夏風の貴婦人が赤の貴公子の頬を平手打ちしたのだ。


「・・・・・」


赤の貴公子は椅子に座った儘、突然の事に赤い瞳を瞠っている。


そんな同族に、夏風の貴婦人が雷鳴の如く叫んだ。


「てめぇ!! あいつを死に掛けさせたって云うじゃない!!」


ぐっと夏風の貴婦人の左手が赤の貴公子の襟元を掴んで引き寄せる。


「何の為に、てめぇを同行させたと思ってんだ?!


てめぇなら十分あいつを護れると思ったから、あいつをいやらしい目で見るてめぇでも、


一緒に行かせたんだぞっ!! 其れが何だっ?!」


バシィ!!


今度は夏風の貴婦人の右手拳が赤の貴公子の頬を殴っていた。


其の勢いに椅子から崩れる赤の貴公子。


「な、夏風の姉!!」


赤の貴婦人が止めに入ったが、其の手を荒々しく夏風の貴婦人は振り払った。


一体何故、夏風の貴婦人がこんなにも怒り狂っているのか、赤の貴婦人には判らなかった。


だが・・・・。


「済まなかった」


低い声が部屋に響いた。


赤の貴公子は床に跪くと、言った。


「御前の言う通りだ。俺の注意力が足りなかった」


「・・・・・」


夏風の貴婦人は腕を組んで、上から赤の貴公子を見下ろす。


「本当に済まなかった。俺が悪かった。俺自身、とても反省している」


いつになく素直に謝る巨体の男に、夏風の貴婦人の顔から鬼の形相が消えた。


「ふん!! 判ってんなら、いいのよ。次は同じ事すんじゃないわよ」


「勿論だ」


真摯に答える赤の貴公子に、夏風の貴婦人はぷいっとそっぽ向くと、


ずんずんと扉へと歩いて行く。


「邪魔したわね。帰るわ」


「い、いえ!! あ、はい!!」


呆然としていたメイドが慌てて見送りについて行く。


大きな足音が屋敷から出て行くと、赤の貴公子は立ちあがって椅子に座り直した。


「御兄ちゃん、大丈夫??」


赤く腫れた兄の顔を心配そうに赤の貴婦人が覗き込んできたが、


「大丈夫だ」


赤の貴公子は抑揚の無い声で答えると、何事もなかったかの様に調査書書きに戻った。


翡翠の貴公子の命が危うくなったものの、無事二人は帰還し、更に同族二人を連れて来た。


其れは大いなる成果と呼べるべきもので、調査書を受け取った議会を満足させるには十分だった。


二ヶ月に及んだ長い視察の旅は終わり、異種たちの新たなる冬が始まったのである。

この御話は、これで終わりです。


ゼルシェン大陸に、


新たな異種の晧月の貴公子と星光の貴公子が加わりました☆


この二人は、これからも出てきますので、覚えていて戴けると幸いです☆


少しでも楽しんで戴けましたら、コメント下さると励みになります☆

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