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12 目からうろこ

「お母様ったら何を考えてるのかしら」


 一週間なんてあっという間に過ぎて、お姉様の学園デビューの日が来てしまった。テーブルに並べられた朝食を前に私は溜息をつく。


「きっとロマーヌさんはヘレナに早く元に戻って欲しいんだよ」

「あら、ロイ。おはよう」

「おはようシルビィ。いい朝だね」


 え、笑顔が眩しい。ロイったら少し見ないうちに本当に格好良くなったわ。


「うちの屋敷にはもう慣れた?」

「うん。でも何だか悪いかな。僕は助けにきた立場なのに色々と面倒を見てもらっちゃって」

「気にしなくていいのよ、ロイはお父様の頼みでここにいるんですから」


 うちの屋敷に客人として泊まり込むことになったロイは、今日貴族学園にお姉様と一緒に編入することになっている。


「それでミリア、お姉様は?」


 もう朝食の時間だというのにお姉様がやってくる気配が全然ない。


 やっぱりまだ一人部屋は早かったかしら?


 そんな私の考えを肯定するかのように、朝食の準備をしていたミリアが頰に手を当てた。


「それが……また庭を走り回っておられます」

「こんな朝から? 初登校で緊張されているのかしら?」


 お姉様は体力が有り余っているのか、何日かおきに庭を走り回る。その速度があまりにも速すぎるからお姉様が走ってる時庭は立ち入り禁止となる。ただ一人を除いて。


「ヘレナ! いつまで遊んでるんですか!? 早く準備しなさい!」

「G、UU~!?」


 ここまで響いてくるお母様の怒声。やがて肩を落としたお姉様がトボトボとした足取りでリビングに現れた。


「おはようヘレナ」

「おはようございます、お姉様」

「GA」


 お姉様はテーブルの上の料理を見るなり、一転して笑顔になる。昔からこの切り替えの早さはすごいと思う。


「お姉様、また髪が顔を隠していますよ。ミリア、お姉様の髪を後ろで括ってくれる?」

「畏まりました。ヘレナお嬢様、失礼致します」

「GAA」

「お姉様。そんなに動くとミリアが困るでしょう」

「UU~」


 ミリアに髪を括られてお姉様の素顔がハッキリと現れる。


「これは……」


 そういえばロイはお姉様の素顔を見るのが初めてになるのかしら。目を見開いてお姉様の顔から目を逸らせないでいる。


 私の時はそんな反応しなかったのに。そんなつまらないことをちょっとだけ考えた。


 一方のお姉様はーー


「……ヘレナお姉様? 何をしておられるんですか?」

「GA」


 お姉様は何故か両手で顔……というか目を隠している。


「照れてるのかな?」


 照れる? お姉様が? 確かに行動自体は一見そんな風に見えないこともないけれど、その理由はお姉様らしくない気がする。……思い返してみれば、お風呂場でも私と目を合わせるのを異常に避けていた気がする。


「あの、お姉様。ひょっとして目を私達に見られると困るんですか?」

「GA、U、UU」


 この反応、どうやら間違いないようね。でも、どうしてかしら? お風呂場で見た時は何も問題なかったのに。


「ちなみに目を見るとどうなるんですか?」

「GA、U、UU。U、UU」


 お姉様は身振り手振りで必死になって説明してるけど、正直全然分からないわ。仕方ない。ここからは予想を一つずつお姉様にぶつけて正解を探って行くしかないわね。根気のいる作業だけれども私とお姉様ならやり遂げられる。


 私がそんな決意を胸に抱いているとーー


「今思ったんだけどさ。ヘレナは上手く喋れないだけでコミュニケーションは問題ないんだから、紙とペンを渡せばいいんじゃないかな」

「…………あっ」


 ロイの言葉はまさに目からうろこだった。

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