第六節
十二月も後半。いよいよ三森さんは赤いコートしか身につけなくなった。とにかく動こうとしないし、外に出る用事はたいてい僕に回してくる。寒いし、基本グータラしている。廃墟も氷点下かと思うほど寒いため、カイロが必須になってきた。
何を考えているか分からない冷笑も見慣れてきた頃。
「何を作っているのですか」
ある日、三森さんの家に訪れると、創作活動そっちのけで何かを作っていた。
「お化け」
集中しているのか、その切れ長の瞳はずっと三森さん自身の手元にある。
「お化けですか」
覗いてみると、てるてる坊主とこんにゃくと鬘っぽいものができていた。鬘はともかくてるてる坊主の用途は何だ? 今作っているのはティッシュを膨らませた生首。筆ペンと赤いインクを用いて、せっせとこさえていた。
「なんでこんなの作っているんですか」
「夜に侵入してきた愚か者を追い払うため。絶対ビビるぜ」
へらへらと楽しそうに彼女は手を止めることなく、面白い仕掛けを作っていく。
「まさか、お化け屋敷でも作るつもりですか」
忘れていたけれど、ここはいわくつきの場所である。死体が出た、呪われる、惨殺事件があったとか。だからか、かなりそう言う噂は多い。ひいては、やはり好奇心半分で訪れる輩が多い。
「ああ、不法侵入罪のツケさ。これは本気で怒るべきことだ」
と言いながら、絶対三森さんがやりたくてやっているだろう。
「いや貴方もしてますけどね」
「お前もな」
そう言うことで、手持無沙汰だった僕も付き合ってあげることにした。
僕に任されたのは、手首。ティッシュで形を作り、ガムテープで固定。簡単な仕事だ。肌色の絵の具を取り、黙々と描き続けた。
そのまま僕はブランケットに、三森さんは赤いコートに身を包み、自分の作業に没頭する。
三森さんは高校で美術を取っていたらしい、塗り方が丁寧で無駄がない。たいして僕とやっていることが変わらないのに、精度が全く異なっている。と言うか生首本格的だろ。ビー玉をはめ込んで、光を反射させるという応用も利かせている。何もこんなところにディナールに凝る完璧さはいらないだろう。
対して僕は予想以上に手間取った。まずガムテープはティッシュのせいでぼこぼこしてるし、塗りの甘さが目立つ。
「できました」
「私もでーきた」
見せられた生首は、マジで暗がりだったら本物だと見間違うだろう。口と鼻はへのへのもへじ、しかし目はビー玉がはめ込んであるから、見ようによってはキラキラとしている。
なのに、僕の奴は稚拙で、どう見ても素人だとわかるほど、塗り方が雑だった。
「まあ最初はそんなものだよ。貸してみ」
「どうぞ」
絵具まみれの手首を受け取った三森さんは、ささっと光の速さでクオリティを一気に上げた。
「よし、パーフェクト」
マジの手首っぽくなった。ごつごつした所さえ、本物の腕のように見せている。切り口は真っ赤。すごい、本物みたいだ。
「すごいですね……」
「これでもずっと美術の評定は五段階評価中、五だったんでね」
えっへんと言いたげにクルクルと絵具つきの筆を回す。
「これで興味半分に入ってきた奴を心臓発作にしてやる」
「物騒ですね、ほどほどにしてくださいよ」
そう言いながらも、僕も少しだけ楽しんでいたのは否定できない。認めよう、何か燃える。
「さて、まずはこれをどこに設置すべきかだ」
「やっぱり玄関に置いたらそのままみんな帰っちゃうと思うので、やはりリビングか、階段あたりかですね」
「お前もノリノリじゃないか」
「気のせいですよ」
あれこれ考えて、僕らは自分達が作った作品を、最も効果的だと思う場所に置いていった。こんにゃくは階段を上りきった廊下に。生首はリビングの目立たない所に。手首はゴミだめの中に。テルテル坊主は玄関口に。
「驚いてくれるといいですね」
「どうだろうな。ひょっとしたら新しい怖い噂が増えるかも。まあ、案外怖い噂ってこんなもんが大多数なのかもしれないな」
「そうでしょうね。正直霊体験とか信じていませんし」
数日後。
廃墟近くの歩道を通っていたら、男子高校生らしき人が話をしていた。
「昨日行った廃墟、マジやばかったよな、あれ絶対幽霊だって」
「生首だったよな、あの廃墟やっぱり出るんじゃん」
「やはり惨殺された人の怨念がまだ宿ってるのかもね」
冬休みなのにも関わらず、やはり肝試しをする奴はごまんといるらしい。彼らも、その罠を仕掛けた人が目の前にいるなんて思ってもいないだろう。少し愉快な気分。
心霊現象とは、所詮そんなものかと思った瞬間。
「だって階段で浮いていたんだぜ、あの生首」
「他の連中の話じゃ、手首がかさこそとリビングを這いずって――」
……。
…………。
………………。
大丈夫だよな、あの廃墟。
彼女の引き出しの中には沢山の物が入っている。三段に重ねられた引き出し。乱雑と思いきや、三森さんはどこに何があるか把握しているようで、中を見ずとも目的の物を引き出してみせる。
三段のうち一番下の棚にブランケットが入っている以外、何が入っているかは不明。しかし三森さんに何とかが欲しいと言えば、それは必ず引き出しから出てくる。まるで四次元ポケットだ。少なくともチョコレートが最低十枚ストックしてあるほどで、事あるごとに食べている。
「人生何が必要か分からないからな。大抵私物はここにある」
「肝試しに来た人が持っていったりしないのですか?」
「ほとんど代替が利くからな。構わんさ」
太っ腹な事だ。
「だがブランケットがある以外の引き出しにはトラップがある。気を付けたまえ」
「どのような?」
「折り畳みナイフが飛び出してくる。仕掛けを解いて開けなさい」
「今すぐ解除を要求します」
なにそれ怖。ある日突然指が転がっていたら僕の心臓止まっちゃう。
「一体何を入れているのですか?」
「ノリやハサミの文房具から小説の書き方ガイドとか。この廃墟に通い始めてから、ほとんどの私物をここに入れた」
時々思い出したようにペンを走らせる三森さんは、本日三枚目のチョコを食べる。
「いつも思うのですが、どうしてここを根城にしたのですか?」
こんなボロボロの廃墟を選んで居座ることも無かろうに。
「他にも好条件の廃墟があると思いますが」
「別に、どうだって良かったから」
三森さんは回転椅子を回す。カラカラと乾いた音が乱反射。
「なんだって良かった。家の近くにここがあったから、ここにした。それだけだ」
三森さんらしい、おおざっぱな理由だ。
「結果良い条件の机と本棚があったから、ここにいる」
「そうだったんですか」
「いずれ私がいなくなったら、この部屋を京介にあげよう」
「要りませんよ。トラップ入りの引き出しがある机なんて」
いつか引っ掛かりそうだし。
「それに、どうせずっとここにいらっしゃるのでしょう?」
「そのつもりだがな。万が一だ」
三森さんは妖しく笑い、引き出しからすっとシャー芯を取り出した。その動きを見ていたが、三森さんが引き出しの罠を解除している様子を、僕は見受けることができなかった。
彼女は時々煮詰まるとロックをかける。耳が悪くなりそうなヘビメタや、歌詞が謎な洋楽。そしてデスボイス。さらにデスボイス。英語が分からなくても楽しめる、と三森さんはボーカルのダミ声に耳を傾けながら言う。最近は小説のネタが思いつかないらしく、少しペンを走らせ、長時間音楽に溺れる生活をしていた。
「僕が初めて来た時はクラシックでしたよね」
「別に気に入った曲がロックに多いだけで、クラシックも聞く」
激しくドラムを叩く音が、狭い部屋の中でバウンドし騒々しい。しかしそのおかげか、廃墟特有の閑散さはなく、むしろ生活感あふれる雰囲気が漂う。
「君も、好きな曲はあるかい?」
「ええ、僕は――」
最初のころは、こういうプライベートに踏み込んだ質問なんてなかった。なんだか距離が近づいたようで、少し嬉しくなる。相手は脅迫犯だけれども、少なくとも悪い人ではないから。
そのまま僕は好きな曲を二つほど答える。どちらもロック系だ。すると三森さんは僕が好きな曲を立て続けに流してくれた。
ノリのよい、憂鬱を吹き飛ばしてくれるギターに、痛快で突き抜けたボーカルの声。
「私もこのバンドは好きだ。歌詞に深みがあるし、リズムも美しいからな」
「僕もそう思います」
三森さんの言葉に、全面的に共感する。
「歌詞と物語はとても似ている」
回転椅子をギィギィと言わせながら、三森さんは笑みを浮かべる。
「明確だろうが抽象的だろうが、まずは想いを乗せる。その動作は創作に無くてはならないのだろうね」
「……先輩が乗せたい想いって何ですか」
「さあ。自己顕示欲か、はたまたそら高尚なものか。私にも実はさっぱりだ」
肩をすくめ、三森さんは平然と矛盾する。三森さんが迷うなんて、と少しだけ驚く。どんよりと曇った空を背景に、三森さんは空の方を向いたまま、ちらりと僕の方に視線を送る。
「君も、いつかできるといいな。自分が発信したい想いを」
流れに沿って生きるなどつまらない。流れは作るものだよ、と三森さんは嘯いた。
伝えたい想い……。つい急いて考えそうになる僕に、三森さんは首を振る。
「まあ、中学生がそこまで悟ってたら怖い。ゆっくり考えればいいさ」
音楽を垂れ流しながら、三森さんは大人っぽく笑って見せた。曲はいつの間にか、疲れすらぶっ飛ばすデスボイスへ変わっていた。




