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第三節

 一方、三森さんは僕をよくパシった。何をさせられるのかと少しおののいていた時期こそあれど、中身は単なる遣い走りにすぎない。正直犯罪行為とかやのつく職業がらみのことをさせられるのではないかとびくびくしていた僕からすればだいぶマシだし、逆らいたくなるようなエグいことをさせては来ないため、まあ順応している節はある。


 命じられる中身は大抵、チョコレートを持って来い、だ。というか、それしか頼まれていない。


 「勉強するにも物語を紡ぐにも、やはり糖分は必要だからな」


 そう言って彼女は僕を近くのスーパーまで行かせる。お金は三森さんが出してくれるため、読書の息抜きがてら、のんびりと僕はスーパーに赴く。しかも彼女はミルクやホワイトではなく、絶対にブラックチョコレートしか食べない。前に間違ってミルクを買ってきたら返品を要求した。


 「思うのですが、チョコレートばかり食べていると栄養が偏りますよ」


 いつだったかそう尋ねると、三森さんはブラックチョコをほおばりながら、不思議そうに首をかしげた。


 「ロボットは油がないと動かないでしょ?」


 自分のお金を消費することはなかったけれど、どこかアンフェア感がある。しかし、これで彼女が僕を単なる便利屋とみていることがはっきり分かった。





 そんな中、僕の心のよりどころは、日曜の夜に掛ってくる電話だけだった。


 「元気そう、とは言い難いね。なにかあったの? 京介」


 上京し、一人暮らしをしている姉貴は僕のわずかな感情の機微も確実に見透かす。今日も一発で僕の不安を見破った。あんたは妖怪サトリかと突っ込みたくなる。ちなみに突っ込もうとした瞬間思考を読まれたことがある。


 「何故分かるのですか? 姉貴は」


 「雰囲気かな。で、どうしたのかね」


 突き抜けた明るい声色は、やはり元気そうだ。一年目の大学生活も充実しているのだろう。


 三森さんのことを話すと――自殺しようとしたことを伏せた――、ふ~ん、と曖昧な返事が返ってきた。


 「ほう。三森さん……まさか、ミモリン?」


 「知っているんですか?」


 そう言えば、うちの姉貴も三森さんと同じ高校の制服だった。三森さんは二年生。去年姉貴が高校三年の頃、彼女は一年生だった。面識はあったらしい。


 あぁ、だから写真を見た時にわずかにリアクションしたのか。知っている顔だったから。世間は狭いものだ。


 「学年一の秀才で変人だったって有名な子よ。私生徒会長だったでしょ。あの子は元々副会長」


 「変人……というのはわかります」


 「頭はいいんだけどね。学年十位には絶対入ってた。だけど予想できないことを平然とやってのける」


 選挙活動で最上階からビラまき散らしたり、体育館をジャックして取り巻き連中で即席ライブを成功させたり。飄々とした態度しか知らない僕からしたら、とても意外だった。


 「でもいい子だよ。少し猫っぽいけど」


 「そうですか……」


 どうかな。猫っぽいのは認める。だけどいい人というのはなんか違う……。


 「廃墟を乗っ取っているのは問題だけど、まあ大丈夫でしょう」


 仲良くしてあげてね。あの子、敵が多いから。


 姉貴は苦笑気味に言った。





 彼女はバッドエンドが好みだ。例えば今回完結させたという小説も、デスゲーム系統のものらしい。登場人物は主人公を除いて全員惨殺。生き残った主人公も、黒幕と刺し違えて死亡という形で幕を閉じる。救いようもへったくれもない物話だ。


 「読むか?」


 「いいえ。やめておきます」


 おまけに彼女が見るドラマ――アニメは最近女という性別を武器にしているか、ご都合主義とキモオタが群がるクソみたいなものしかない、という偏見があるため視聴しないそうだ――も十中八九不幸になる話で、幸せな気分に浸ることができそうにない。


 三森さんの精神状態がアヒャヒャヒャなのではないかと割と時々思う。頭がイっているのは確定事項だが。


 「やはり恋愛と人死に、美女は物語に必須なものだ。全部欠けた物語は最近ないものだからな」


 確かに。その要素全てがない物語をここら最近見たことがない。


 「あまり読書はしないですが、僕はハッピーエンドのほうが好きです。その方がすっきりしますから」


 得意げに物語を語る彼女の話を遮るも、三森さんは気分を害した様子なく返す。


 「成程。だが私はバッドエンド派かな。後味が悪い方がよく覚えていてくれるからな」


 そう言われ、僕もそういや後味が悪いエンドほど記憶に残っていることに気づく。バットエンド至上主義者はこういうことを念頭に置いて拝読しているのだろうか。


 「しかし、やはりあまり好みではないですね」


 「人それぞれだ。そう言う私も、以前はハッピーエンド至上主義だった。処女作もそう」


 ラストは大団円だったなと三森さんは遠い眼をした。ふわりとかおる、バニラの香りとともに黒髪がなびく。その目がどこか曇ったのは、気のせいだろうか。


 「いつから転換したのですか?」


 「半年前くらいかな。まあ結局はどちらもいける口だけれど」


 そう言いながら、彼女は傍にある本棚を見やる。古典から現代文学も何でもありの本の山。


 「次の小説も、バッドエンドにするつもりですか?」


 「未定。私は天才ではない。ポンポンネタが飛び出してくる訳がないんだよ」


 笑顔を取り繕う三森さんは、チョコレートを一口で食べきり、ノートを取り出し、シャーペンを執っていた。なんでも、浮かんだアイデアはここに書きこんでいるらしい。本当に見上げた向上心だと僕は感心した。少なくとも、自分の容姿をべた褒めすることがあっても、自分の才覚に対してはひどく謙虚な人だった。





 三森さんの伝説。


 まず一つ目、生徒会会長選挙にて屋上からビラをまき散らして教師と全面戦争になった。


 二つ目、文化祭の時、空いていた体育館を乗っ取り、ギターとドラムを持ちこみ、金髪の男や上半身裸のヤンキー連中を巻き込み、バンド組んで即席ライブ。


 三つ目、暇つぶしに化学室からナトリウムの瓶を盗み出し、誰もいないプールにぶち込んで大爆発させたこと(ナトリウムと少量の水で大爆発する。あとでめちゃくちゃ怒られたらしい)。


 「他にもパリピな事をしたのですか」


 「パリピじゃない、伝説さ。殴るぞ」


 不快そうな顔をする三森さんを無視し、暇つぶし程度に聞いてみる。小説も読み終わり、三森さんもぽやぽやと窓の外を見つめている。三森さんの機嫌も悪くないようで、ノリ良く対応してくれた。


 「まあいいや。いいよ、面白い話ならいくらでもある」


 三森さんは少し悩んだそぶりを見せた直後。


 「小学生の頃、ピンポンダッシュを百件ほど回ったかな」


 「それ犯罪ですよ。と言うか何をやっているんですか」


 「私は非常事態に強くてな、やる前には逃走通路、速度、指紋が付かないように手袋を付け犯行に及んでいた」


 「その無駄な行動力を他に向けたらノーベル賞もらえますよ」


 「他にもあるぞ。例えば、初めて不良を狩った時のこと。初めてはやはりみんなにあるものだ。最初はビビってたけど、やはり股間を狙って、次に目を人差し指で――」


 三森さんは彼女流の戦闘スタイルについて実に十分も長々喋り続けた。どうでもよかった。


 「いつも思ったのですが、普段何をやっているんですか」


 「空手と合気道。それと動画で対人暗殺術を少々」


 うわ……。絶対に三森さんと殴り合いのケンカはしないでおこう。絶対瞬殺される。


 「喧嘩以外に何かないんですか」


 「他には……。そうだな、一ヶ月くらい学校もさぼって家でして沖縄に行った」


 「沖縄へ。それ本当ですか」


 三森さんは、完全にやってる事がおかしい。


 「ああ。金をありったけ銀行から引き下ろし、そのままね」


 熱かったよ、亜熱帯気候は、と三森さんは引き出しから数枚の写真を取り出した。


 そこに映っていたのは、沖縄の屋台や、知らない伯父さんや叔母さんやとのツーショットなど。聞けば、家出同然の三森さんの体を狙う輩はいたものの、それ以上に親切にされた事が多かったらしい。例えば最初の数日は公園や廃墟で野宿したりしていたが、その後は民宿のお爺ちゃんに拾われ、無償で宿に泊まらせてくれたという。


 そのままお爺ちゃんのお付きとして、民宿で働き、町会のお伴をし、他のお年寄りの方に可愛がられたそうだ。それを機に、三森さんは年に二、三回は沖縄に行っているらしい。


 「おいしかったな、伝統料理。やはりいつも食べているのと味が違ったから、最初は慣れなかったけど。幸せだったな」


 遠い目をした三森さんはしんみりと言っている。彼女らしくない姿。


 「楽しかったよ。他にもおみこし担いだり、名物食べたり。あ、そうだ、車道は本州とは全てが逆なんだよ。驚いたわ」


 他にも三森さんの伝説を色々知ることができた。


 不良連中十人を壊滅させたり。


 お酒を買ってヤローどもと一緒に飲んだり。


 やくざ連中の事務所で友達作ったり(ゲンさんというらしい)


 ……八割がた、血なまぐさい伝説だった。と言うか、いつか報復されるんじゃないかと心配になる。


 彼女の伝説を聞いた結論を言おう。


 この人は、間違いなく頭がおかしい。





 三森さんは昼頃、よく机に突っ伏して寝ている。寝顔が見られたくないのか、それともそう言うスタイルなのか、両腕に顔をうずめるようにして寝息を立てている。


 「午後十一時ごろには寝ているんだがね、午後になると眠くなるんだよ。青春は眠い」


 ややパーマがかかった黒髪をわしゃわしゃとなでまわしながら、三森さんは言う。


 「昼寝した後は能率があがるんだ。君も勉強する前にやってみたらどうだ?」


 「昼は眠れない体質なんですよ」


 「損な体質だね」


 ペンを眉間にコツコツ当てながら、彼女は窓の外から下を見下ろす。雑木林に遮られ、まともな風景すら望めない。常に何を考えているかわからない笑顔に、頬づえをつく彼女はどこか美術展の絵のように様になっていた。


 「高校生になったらわかるよ。授業中みんな寝ているからね」


 「まずくないですか。バレたら怒られるのでは?」


 高校生は皆ぴしっとしているという漠然とした想像があったのだが、そうではないらしい。


 「基本教師は寝てる人を放置するからね。私のように起きている勤勉な人が勝つんだよ。学業ではね。学年一位の私からのありがたいお言葉」


 「参考にしておきますよ」


 豪語する三森さんは、午前は悶々とメモ帳に向かった後、午後にはずっと寝ている。五、六時間目の授業は本当に起きているのかと疑いたくなるほど寝てる。


 ある日、十二月にして温度が氷点下を下回った日があった。とりわけ寒く、鼻水が出てしまうほどの極寒。しかし家にいたくもないため、結局僕は彼女のもとへと赴いていた。


 三森さんは午前から倒れていた。机には参考書が開かれていて、本にはよだれが垂れている。中身は、難解な数式の問題。サインとかコサインとかよくわからない数式がずらり。しかも全部正解。


 「勉強するんですね、この人」


 とんでもなく失礼なことを考えていると、ブルリと三森さんの背筋が震えた。


 見れば、三森さんはコートを椅子に掛けたままで、身に着けている物はワイシャツ一枚。スカートから伸びた細い二本の脚が寒々しい。室温何度だよと思うほど、部屋は凍えている。ここは廃墟。暖房がつくはずもなく。


 寒いのだろうな、と僕は後頭部を露わにする三森さんを見、本棚から一冊抜き出したが、凍えながら寝る彼女が視界に映って仕方ない。引き出しのブランケット使えばいいのに。……寝るつもりはなかったのだろう。


 ……。


 別に三森さんが風邪をひこうがどうでもいい。


 言い聞かせても、気になるものは気になる。良心のせいで読書に集中できない。


 「……あくまで僕が集中するためです」


 本にしおりを挟み、僕は机の端の引き出しから、ブランケットを引きずり出す。赤と白のチェック柄。


 かがみこんで、音をたてないようにひっぱる。横では彼女が潰れている。ワイシャツを緩く突き上げる胸を直視してしまい、反射的に顔を背けるのは仕方ないだろう。どこがと言わないが小さかった。


 「寝る時は暖かくしてください」


 ため息交じりに言い、そっと彼女の背中にブランケットをかけてあげた。ファサ、と乾いた音とともに、ふわりと温かい香りがした。


 「これでやっと集中できます」


 何度目かの独り言をつぶやくと。


 「それはよかったな」


 振り返ると、にやにやした顔をした三森さんとばっちり視線が交錯した。


 「……いつから起きてたんですか」


 「なんだかんだ言いながら可愛い奴だな、京介は」


 顔から火が出るとはこのことだろう。


 「別に寒そうだったからかけたわけではありませんから!」


 「こういうのをツンデレというのかな」


 そんなんじゃないですとまくしたてるも、三森さんはそうかそうか、と愉快そうにあしらっていた。


 ちなみに、僕が部屋に入ってきた瞬間から、目が覚めていたらしい。つまり、えっと、つまりですね……。僕が三森さんの胸を見、照れたこともばれていた訳で。


 その日はさんざんにからかわれた一日だった。


 死にたかった。


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