第三十四節
「生徒会が長引きました」
「ああ。知っている。だが、この美しすぎる私を待たせるなんて言語道断だよ」
カラカラと回転椅子を回しながら、膝にノートパソコンを乗せる三森さんは、前髪をかき上げる。さらさらと黒髪が靡き、清楚なバニラの香りがする。
「相変わらずの自己評価の高さですね。大学でもうまくやれていますか」
「ああ。やはり高校とは違うのだな、格段に進みが速い」
身につけているのは、高校指定の制服ではない、通気性重視の薄いワイシャツ。そして、理工学のためか、大学から貸し出されたという真っ白な白衣が、赤いコートの代わりにかかっている。より知的な印象だ。偏差値も高い、ここら一帯では有名な大学。
「というか、よく合格できましたね」
「私の才能さ。きつかったよ。日々の勉強地獄は」
軽口を叩いているが、彼女の並大抵ではない努力を、僕は知っている。
三森さんの生存と退院は、もはや奇跡だった。退院の日は三森さんのゆかりのある面々で打ち上げをしたものだった。そして、回復し、わずかな後遺症が残るものの、今こうして僕の前にいてくれる。
入院の時とは違い、痩せていた体はすっかり生気を取り戻し、こうして廃墟の主として降臨している。
「どうですか、小説の方は」
「極めて順調だ。大学は休みがたくさんとれるからな、捗るよ」
三森さんの小説は、未完結なままだ。きっといつか終わらせた時に見せてくれるだろう。
「……ところで、京介」
「なんですか?」
「私の下の名前、もう呼ばないのか?」
「……退院した時、一回呼んだじゃないですか」
「ああもうつまらん。お前、私の部下だろう」
口を膨らませ憤慨する彼女を見ていると、つまらない悩み事なんて全て吹き飛んでしまう。
「というか、下の名前になんでこだわるんですか」
「名前を呼んで照れるお前の顔を見たいからさ」
小悪魔気味に口角をあげながら、ずっとパソコンをタイプする三森さん。
……そんな顔をされたら、かなえたくなってしまうのは、僕がお人よしだからか。
「本当に嘘をつきませんね、貴方は。ああもう、初めて名前を呼んだ時照れ過ぎたのがいけなかったのでしょうね。……分かりました、一回だけですよ」
僕の恋は、実らない。振られたし、と言うか数回ほどあれから告白したけれど全部失敗したし。だけど、生きて、僕のそばにいてくれるならば、それ以上は望まない。
僕は三森さんの部下だ。それ以下でもそれ以上でもない。ただ、隣にいられるだけで幸せなのだ。
きっとまた、僕達には色々な災厄が訪れるのだろう。いずれ人は死ぬし、別れだってやってくる。今度こそ逃れられない地獄だって、きっと訪れる。世の中、奇跡ばかりで埋め尽くされている訳ではないのだから。
だけど、今はそんな難しい未来を考えなくたっていいだろう。
三森さんの名前を気兼ねに呼べる――。
「……千歳さん」
そんな今があれば、それでいいのだから。
「やっぱり照れてる顔は可愛いものだなー」
「……煩いです」




