第三十節
いつも通り僕は学校が終わり、直後に自転車に飛び乗って病棟へ訪れた。三森さんに会いに行くためだ。以前訪れた公園は天候のためか、子供の姿は見受けられない。
三森さんがいる病室の窓も閉まっていた。
なんというか、少しだけ鬱蒼とした気分になった。
「ここまで天気が崩れるのは久々ですね……」
むかつく湿気と背筋が震えそうなうすら寒さに、僕は速足で病棟へ向かう。
その日の病院は、どこか慌ただしく、心なしか患者の顔色も優れなかった。何というか、厄日があるとしたらこういう雰囲気だな、と本能的にわかるような、そんな感じ。こういう時、君原先輩のがなり声が欲しくなる。彼の能天気なしゃべり方は、周りを陽に引き込む力がある。
何故か三森さんの病室が遠かったのを覚えている。おのずと早足になる。
病室前に立ち、扉を開けた瞬間、まず嗅いだのは、鉄のような匂いだった。
次に僕の視界に飛び込んだのは、布団に入りながらも項垂れる三森さんだった。白い布団は赤く染まり、黒髪の隙間から覗く瞳は、果てしなく虚ろだった。
心臓が止まった。とても恐ろしいものを見たかのように、僕は硬直した。目の前に光景は脳の処理が追い付かず、たっぷり五秒はそのまま止まっていた。
「三森さん!」
肩を揺さぶりながら、片手でナースコールを押す。体の震えが止まらない。嫌な結末が頭をよぎる。
「三森さん、しっかりしてください!」
いつからこうだった? 倒れたのはいつだ? なんで……。
恐らく急に体調を崩し倒れたのだろう。ナースコールを押すことができず、そのまま僕が来るまで倒れていた。まだ血は乾ききってはいない。個室部屋だった事があだとなったのだ。
いつから。
ひょっとしたら、もう。
一秒が数分に感じられるほどの長さ。やけに看護師の到着が遅い。
「三森さん!」
甲高い絶叫に、三森さんの肩がピクリと動いたのが確認できた。この時どれだけ自分が安心しきったか、言葉で伝える事が出来ないほどほっとした。
生きてる!
「しっかりしてください!」
懸命に揺さぶると、三森さんの瞳に光が宿る。赤く染まった小さな唇が、僕の名を呼んだ。
「……きょう、すけ」
「はい、京介です! 大丈夫ですか? 三森さん!」
「……ああ、なんとか、な」
口調も弱弱しく、呼吸も荒い。彼女は自分がぶちまけた赤いシーツを見、笑みをこぼす。こんな状況だというのに、
「いつから?」
「……分からない。痛みが襲ったと、思ったら、もう」
気だるそうに言った時だった。
ガラガラと扉が開き、数名の看護師が入ってきた。彼らも茶色く染まったシーツを見、ぎょっとしたようだった。しかしすぐに業務モードになったらしく、手際よく力が抜けた三森さんの体をタンカーに乗せて行った。
「あの、三森さんは?」
若い看護師の一人に聞くと、すぐに答える。
「大丈夫。すぐに回復しますよ」
「そう、ですか」
若い看護師は恐らく新米なんだろう。
ありありとした作り笑いであることは、容易に看破できてしまった。
中学二年生にして、僕は体を焦がすような絶望を知った。いつまでも彼女が運ばれていった廊下の奥を見ながら、僕はただ立ち止まることしかできなかった。




