第二十三節
君原が私の廃墟に訪れた翌日の放課後、私は彼に教室に呼び出された。誰もいない、二人っきりの教室。両足を椅子に乗せた体勢で座る君原は、私が来るなりよっと、手を振った。
「あいつ、お前に惚れてるぞ」
開口一番言われた時、ああその話かと動揺無しにだろうね、と返した。近くの椅子を引き、胡坐をかく。
クリスマス後、明らかに京介の反応が変わった。たとえば、本人は意識していないようではあるが、よく彼が私を見ていることに気づく。執筆の一息に背伸びし、京介を見ると、あわただしく視線そらす。ばれていないつもりだろうが顔と耳が赤いんだよ。
中学生の彼だ、きっと私に対する恋情など一切自覚していないだろうが。
「なんだよ、気づいてたのか」
「小説家の観察眼なめすぎなのだよ」
「へーへー。そーですかい」
金髪を揺らしながら、君原は大きなあくびをする。
「で、どーすんの」
「どうもしないさ。そもそも私は恋愛ごとに興味はないんでな。しかも守備範囲は年上だ、中学生に手は出せんよ」
「あらら。あいつ意外と初心だから簡単にころりと行くと思うんだがねぇ」
だろうな。絶対ちょろい。私は美少女だ、痴漢にあったこともあるし――ぼこぼこにした――、ああいう系の視線には敏感な自信がある。
しかし、彼氏はいらない。きっと、絶対あれがリフレインする。その時私が正気を保っていられるかどうか……。
「構わんよ。カレカノになってもどうせ――」
言いかけて、あわてて口をつぐむ。まだ君原に遠からず死ぬことは打ち明けていなかったから。
「どうせ、なんだ?」
「すぐ別れるだろうからな」
「うっそだ~。三森意外と一途だしいけるっしょ」
めっちゃにこにこする君原。ひくわ~。
「うざい。黙れ。殴る。ぼこぼこにする」
「ひっでーな。贅沢なのも嫌われるぜ」
「いい物件がいないのが悪い。京介は……まあ範囲外」
「じゃあ俺は?」
「お前は――ん?」
突然降られた爆弾発言に、私は言葉を詰まらせる。
「俺はどう? 結構優良物件じゃね?」
「冗談よせよ、君原」
一笑しようと彼の顔を見た瞬間、冗談半分の野次が脳内から吹きとんだ。
口元こそ笑っている。だけど、その目は苦しそうで。よく見れば両手で握りこぶしを作っている。
私としたことが、突然の急展開に思考が追いつかない。
「……俺、絶対お前のこと離したりしねーけど」
誰もいない放課後の教室。窓から吹き込む極寒の風。にもかかわらず、私の体感温度が一気に上昇した。妖しく光る双眼が、ポカンとしているであろう私を射止める。
「本気の発言、と受け取ってもいいんだよね」
「ああ。いいぜ」
「……いつから」
「お前の元彼ぼこってから。あんなに気丈にふるまうお前の、その涙に惹かれた」
ストレートな返答に、私は死にたくなる。あれは私の黒歴史なのに。
「俺はお前を裏切らない。絶対に。だから、どうだ。俺は」
いつの間にか姿勢をただす君原。
いい奴なのは知っている。
顔もそこそこ良いし、頼りがいがある。馬鹿だけど、偏屈な私の唯一ともいえる腹心。大切なダチだ。京介よりも付き合いが長いし、人となりも分かるし、気の置けない、それが君原だ。
彼氏にするには、もってこいだ。
思えば、君原は私に尽くしてくれていた。そういうことだったのか。
「裏切らない。知っているさ、お前、私が大好きだもんな」
「うぜーけどおおむねその通り」
豪快に笑いながら、彼は頷いていた。そんな彼に、私はすぐに返答した。
「……。ごめん、君原」
心苦しい。だけど、私はどうしても彼を恋愛対象として見られなかった。彼は、友達として、ずっとそばにいてほしい。最後まで、このさっぱりした関係を崩したくない。
「ありゃりゃ、やっぱそーか」
驚くべきことに、君原はショックを受けていなかった。むしろ清々したといった顔のまま、再びだらしない元の体勢へ戻った。こちらとしては引き際が潔すぎてかなり驚く。
「すまないな、君原」
「別に期待していなかったから。気にすんなよ」
お前人の心配するんだなーと爆笑する君原。
「そんな気はしてたんだよ。柏木がお前狙ってるっつーからちょっと早まっちまったけどさ」
「私は京介に告られてもなびくつもりはない。本当に恋愛はやるつもりはないんだよ」
「やっぱりあの出来事のせい、だよな」
「それもあるさ」
もう誰かを好きになったとしても、すぐに私は消えてしまうのだから。




