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第二十二節

 ある日京介を君原と接触させた。仲良くなれるんじゃないかなと思ったのと、君原の心配性をなんとかするためだ。かなりおどおどしていたが、最終的には君原のペースにのまれ、かなりの親しい仲になった。


 あまり見ることのない、君原と雑談を交わす、楽しそうな京介。


 ……本当に、死ぬつもりなのか。


 死なせていいのか、と私は不意に考えてしまう。


 ここまで純粋に好奇心を楽しめる、意外と偏屈な君原と仲良くなれる奴。別に誰が死のうがどうでもいい。だけど、もう少し人生を楽しめないのだろうか。


 京介は時間とともに私に懐いていた。しかし、私もいつの間にか、彼に懐柔されていたのかもしれない。


 現に光に魅入られる京介を、私は今しばらく生きて、私のもとにいてほしいと願い始めたのだから。


 私の、残り少ない命のもとに。





 懐柔されたと思ったきっかけはもう一つ。


 君原にしか話していない、私の曲の嗜好の話をする。


 しかも掃除のとき、私は彼に一番怖いことを打ち明けた。私の意識のしないうちに、だ。


 気付いたら私は婉曲的に死にたくないと京介に話していた。彼が真意を知るにはかなりの時間が経過するだろう。以前私からしたらあり得ない。本能的に会話してしまうなんて。


 それでもどうしたって抗えない。自分が自分で無くなる感覚と言うのを、私は知りたくない。


 痛いのもいやだ。苦しいのもいやだ。しかし、私はもう抗えない死が迫っている。


 窓から望む空が茜色から黒く染まっていく。


 京介が帰った後、汚れた一階の古ぼけた木製のいすに座り、ぼんやりとしていた。京介の声がいまだに残っている気がした。


 「死ぬ、か……」


 両親は別に何とも思わないだろうな、と自嘲気味に笑う。残された者の気持ち? は。爆笑だ。


 爆笑……。


 ……。


 おそらく、私は京介と同じ眼をしていただろう。なにもない、空虚な目。


 君原と、京介。お婆ちゃん。いくつもの大切なものができてきた。家に居場所がない私が、運が良くて掴むことのできた場所。


 「せっかく居場所が見つかったのに、どうして死んじゃうんだろうな、私」


 もっと早く死んでしまえば。乱暴された直後に死んでしまえば。私はこんな辛さを味わうことはなかった。神様がいるなら、死んだあと絶対殺す。


 私が京介を利用している理由の二つ目。


 死にたい人の思考を知りたかった。怖かったから。理解できれば、死を簡単に享受できる気がしたから。


 しかし、もう駄目だった。どれだけ知ったところで怖さが深まるだけで、生きることのできる京介が妬ましくなって。どうしたって私は死にたくない。


 「私らしくないな、感傷に浸るなんてさ」


 地面が分からないほどの暗闇に、私の沈んだ声が溶けた。





 クリスマスのことだった。


 私は家にいられず、いつも通り廃墟でぼんやりと小説のネタを考えていた。しかし考えれば考えるたびにそういうネタが出てこないのは謎。必須のネタ帳をめくっても、さっぱり物語も、原形も出てこない。チョコレートを二枚食べても駄目だ。絶頂時はネタの量が書くスピードを上回っていたのに。やがて夜になる。ランプの灯をともし、私は長い髪を梳く。


 「あ~本当にダメだ。なにも思いつかない」


 いらいらする。本当にいらいらする。


 くだらない前作の完結の後、私は特に次の構想なく、ただ時間を無に消費し続けていた。


 ……。


 私の作品には、想いがない。以前私の作品を読んだ君原が言った言葉でもある。


 ただのすっからかんなエンターテインメント重視で行くのならば良いのかもしれない。事実エンターテインメントは皆から好まれる。


 しかし、私には時間がない。


 残したい。私が生きた証を。


 傲慢な私のメッセージを。それを考えるたびに、私の発想力は縮小される。メッセージを残すということを重視しすぎて、焦燥のままストーリーが浮かばない。これはまずい。


 時間経過とともに焦る私。寿命からいって、次が最後の作品になるだろう。早く書かなきゃ。早く……。焦れば焦るほど、物語の着想からひどく遠のいていくのを自覚しながら、それでもなお私は焦らずに入れなかった。


 悶々としてた時、ふっと窓の外から森林を見下ろす。


 そういえば、少しだけ葉が少なくなっている気がする。ここに数年ほど留まってはいるけれど、自然に注目したことは一度もなかった。これも京介による変化かもしれないな、と私は思った。


 「……そうだ」


 せっかくだ、どうせなら私と京介のことを書くのもありかもしれない。疲れたら辞めればいいし、日記形式というのは初めてだ、意外と面白いかもしれない。


 そこに託す想いはあるのか。数秒考える。


 あるのかなぁ? う~ん……。自伝みたいな流れになるだろうけど。


 ほんと、最後の最後まで見切り発車も甚だしい。私は基本構想を描きだし、完璧な流れを掴んで描く。しかし、見切り発車は初めてのことだった。


 ……。


 ……やるか。


 方針が決まれば早く、私は新規フォルダを作り、最初の文字を打ち込んだ。





 京介がまさか夜の十時半ごろにやってきたのは驚いた。不登校なのは知っていたが、この時間帯まで一人でぶらついているなんて異常だ。私? ああ、私は高校生だし家に居場所ないんでおk。


 彼はやはり死んだ目をしていた。一応メリークリスマスという挨拶はした。ついでに私も小説のネタがつかんだことも教えておいた。込めたい想いは見つかったのかと聞かれる。私は未だにそれが分からなかったけれど、つい肯定してしまった。


 彼はどうしても帰りたくなさそうだった。


 「居場所がない、か」


 そうです、と京介はいともあっさり肯定した。どこまで行っても自分は一人。姉が偉大すぎて肩身が狭すぎて、家にいたくない。それが言い分だった。


 正直、それを聞きながら本気で呆れた。


 一人? 冗談じゃない。


 京介はきっと自分が孤独なのを受け入れているのだろう。だから周りに人がいてもそれに気づかない。期待せず、一人で生きることを肯定する。簡単に死のうとするのがよい証拠。彼は自分が死んでも誰も悲しまない、影響しないと思っているのだろう。


 でも実際は違う。本能的に全て諦めて逃げ続けている愚か者だ。


 ……すべてを捨ててここに逃げ出した、私同様。


 だけど、お前は私と違う。私は本当に頼るべきものがない。頼れない。


 君にはいるはずだ。


 美鈴先輩や君原、おばあちゃん、そして私。みんな、お前の味方なんだ。


 そう諭すと、彼ははっと目を見開いていた。やがて彼はそうですね、と納得した様子だった。


 姉が恋しくなったのだろう。すぐさま彼は帰宅していった。


 その際に聞かれた一言が、やけに腹に来た。


 「貴方にも、待っている人がいるのではないですか」


 私にはいないさ。君と違って、最悪な状態だよ。


 いつからか、私は彼に対し、羨望の念を抱いていたのかもしれない。


 同時に、私の言動に一喜一憂する彼に対する愛着までもが。



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