第二十一節
京介は何だかんだ言いながらいい奴だった。
私は時々小説を書いている途中眠ってしまうことがある。慢性的な寝不足が原因だろうが、改めるつもりはない。どうせ死ぬし、いまさら健康のために寝ろとか無駄。
しかし机に突っ伏しうつらうつらしていた時、完全に私が寝入ったと勘違いした京介はブランケットを引きづりだし、私の背中にかけてくれた――私の胸を凝視したことはこの際置いておこう――。言うほど京介は悪になりきれない。他人を見捨てようとしても、土壇場では見捨てられない。そんな印象を受けた。
「かわいい奴め」
「うるさいです」
私がからかうと、彼は真っ赤になってそっぽを向いた。暇つぶしで部下にしたけど最初の印象とは違い、人間らしく、とても面白い。それから私は彼をいじるのが日課みたいになってしまった。
最初、京介の希死念慮はいつの間にか霧散したと思っていたのだが、やはり違う。笑う彼の瞳は、死んだ魚のようにどす黒かった。
……。
とりあえず、しばらく生きていてもらわないと困る。彼は私の、大事な大事なおもちゃなんだから。
ただの暇つぶしの道具を拾ったと思っていたけど、いじればいじるほど人間らしい、かわいい反応をしてくれる。本当に、面白いおもちゃだなと思い始めたこの頃だった。
「で、そんなにそのガキにご執心なのか? 三森は」
「ご執心じゃないわ。ただ面白いだけよ」
無遠慮な下卑た笑みに眉をひそめると、わりーわりーとくそ適当に手をひらひらさせる君原。かなり寒いので、制服の中には暖かそうな服を仕込んでいる。授業をさぼり、体育館裏でゴロゴロしながら、君原はでかい声でからかってくる。
「だけどよぉ、お前友達いたんだな。俺以外にダチがいたなんてマジビビったわ」
「ねえ貴方私をどんなふうに思ってるわけだい?」
「変な奴」
「美少女でユニークと言ってくれよ」
「ぶははうっそだあw。ま、いいや。で、どんなところがいいんだ」
「別に。普通に面白いだけだよ。軽くいじると反応がいいし、なんだかんだ悪い奴じゃない」
そういうと、君原は少し意外そうな顔をしていた。
「何?」
「いや。三森が男関係の話で楽しそうにすんの初めて見たわって」
間延びした口調が一転した、物静かな声を、私は茶化す気分になれなかった。
「別に男全般が苦手なわけじゃないさ。……少し怖いだけさ。リフレインするんだよ、あの記憶が」
曇り空を見上げながら、私はぽつりとつぶやく。
「……まああの野郎がまた訪ねてきたら俺がぼこぼこにするからよぉ、もう思い出さなくてもいいんだぜ、三森」
「わかっているさ。あんな奴とはもう縁も切った。切ったはずなんだよ」
私は中学三年生から半年ほど付き合っていた奴がいた。最初はいい奴だった。気さくだし、朗らかだった。少し不良連中とつるんでいるという噂があったけれど、すぐに私はその人に惹かれた。しかし、付き合ってから彼は変わっていった。
暴力や浮気、しかも不良よりワンランク上のやばそうな奴とツルみだし、最初の優男の印象は消えていった。
もちろん別れようとした。
しかし、二人っきり、しかも彼の部屋で別れを切り出したのが間違いだった。早く別れようと焦った、私の人生最大のミスだった。
それからは予想通り。
非力だった私はいとも簡単に乱暴された。
あの時の強引な暴力、血走った眼、身体をまさぐる気持ち悪い感覚。今でも夢に見て、目が覚めた後に吐いたりする。どうしてこの人を好きになったんだろうと思うほど、私は心の底から恐怖していた。すでに奴は少年院に入り、外国に引っ越したというのに、いまだに立ち直れない。乱暴されてがんになって、私の人生はマジでくそだ。
ちなみに、君原にはがんのことは一言もしゃべっていなかった。計画通りにいけば私の死後にそれを知ることになるはずだ。もちろんうまくいった。恐らく間瀬さんあたりに聞いて、彼は初めて私の病気に気づく。
「両親に殺されかけたもんな~お前」
「黙れ」
普通だったらデリカシーのかけらのない発言に切れるだろうが、君原がただばかで無遠慮なだけで他意はないのは知っている。現にあの時一番ブチぎれて奴の顔を原型とどめないまでにぼこぼこにしたのは他でもない君原だ。返り血に染まった制服や、あの殺意と憤怒に満ちた目も、別の意味で私のトラウマだ。結局君原は、私のことをよく考えてくれている奴だった。
だから、それだから私は彼に自分の病気のことを打ち明けることができなかった。
大切な人を、悲しませたくなかったから。すべてを先延ばしにし、勝ち逃げしたい。それが私の考えだ。
裏切っていることに対し、罪悪感を覚えない訳では無かったけれども。
「まあ次何かあったら即効呼べよ。ぜってー守ってやるからよぉ」
「ええ。思い切りこき使わせてもらうわ」
「ひっでー。お前以前みたいに不良軍団に突っ込むなよ」
「わかってるわ。私の美しく最高にキュートな顔に傷がつくのは御免だからな」
「マジで草」
悪口と中傷が許される、君原とのこの距離は、とても気持ちよかった。
君原は中学時代に私にできた、初めての友人だった。
最初の出会いは、不穏な事に、あるビル街の路地裏。
ある数人の不良が、私に乱暴を働こうと、路地裏に連れて行ったのが始まりだった。
そこにいたのは、六人ほどの不良グループ。どいつもこいつも皆舐め腐っている様子だった。だから怯えた振りをしてリーチを無くし、ワイシャツのボタンを引きちぎられたあたりで、そいつの股間をけり上げた。
それからは早かった。
陣形もとらず殴りかかってくる連中を、一人ひとり仕留めていく。簡単な作業だ。のち参加することになる生徒会の仕事よりも楽だった。
「てめぇ!」
最後に殴りかかってきた奴をいなし、左側頭部を膝で蹴り上げた。そいつはそのまま吹き飛ばされ、壁にめり込んで失神した。楽勝楽勝。
「さて、帰るか」
ストレス発散も少しは叶った。後はさっさと帰って勉強の復習しないと――。
「そーいうことだから、出てきていいんじゃない?」
「ありゃりゃ、ばれてた?」
物陰から、スッと出てきたのは、野蛮そうな不良少年だった。へらへらと笑いながら、ポケットに両手を突っ込んで出てきた。
見ればわかる。彼は、他の不良とは画一した強さを持っている。その余裕のたち振る舞いから分かる。
「ばればれ。やるなら早くね。時間無いから」
早く襲いかかってきて私にボコボコにされてよ。
しかし、不良少年は他の連中とは違い、即座に襲ってくることはなかった。ただ、私の出方をうかがい、ゆっくりと間合いを詰めるタイプ。私が苦手な種族。
とりあえず、戦闘シーンは十八禁であるのと、趣旨と違うため割愛する。
けれど、終わった後は服もぼろぼろだし、体もあざだらけだった。私が初めて手てこずった戦闘だった。
そいつもかなり消耗していた。ブレザーは埃まみれ、体も血まみれ。後から聞くと、喧嘩でよく使う左足の骨にヒビが入っていたという。
「……まさか俺がこんなぼこぼこにされるなんてな」
「私も不良狩りでこんな深手を負うなんて」
「いやお前馬鹿? 不良狩りとか中二病かよマジ」
「うっさい。もう一ラウンドやる?」
「そしたら俺負ける気がしない」
「私だって」
初めて、対等な勝負ができた。
ぼこぼこにされ、血に染まって、シリアスな殺し合いに似たことやったのに。
とても晴れやかな気分。例えるならストレス解消ゲームをやった感覚だ。
「……君、なんていうの?」
「君原」
「私は三森」
名乗ると、君原は両手を震わせながら、よろよろと立ちあがった。
「……今回は俺の負けだ」
「いいえ、引き分けよ」
「譲らない。僅差だけど、俺の方が深手だ。俺から襲いかかっておいて、ヒートアップして、本気出して、この様」
君原は頑固として引き分けを認めようとしなかった。絶対に。
「……今回はそう言うことにしておこう」
「次は勝つからな」
よれよれになりながら、尻を地面につけている私に手を差し伸べる君原。
「……こちらのセリフだよ」
「ああ。絶対殺してやる」
「私も。殺してやる」
君原は京介と同等、いや、それ以上の変な出会い方だった。殴り合いのための友人関係。
だけど、私は案外、規格外の出会い方をした君原を気に入っている。




