第十九節
数日、経った。
僕は引き出しの便箋を手に取っていた。君原先輩の言葉が、今でも僕の頭の中で反芻していた。ろくに眠れない数日を経、僕は決心した。
確かめないと。どう思われていたとしても、だ。
君原先輩は最後の最後まで怒っていた。僕なんかより、三森さんのことを考えていた。
自分で勝手に自己完結して離れるな。君原先輩の言葉に、僕は従おう。そして、三森さんの書置きの言葉を受け入れる。それしか僕にはできなかった。
手紙の便箋を開ける時、数秒ほど戸惑ってしまう。何だかんだと言って、僕は怖いのだ。三森さんに拒絶されることが。
しかし、僕は決心が鈍らぬうちに手紙を開いた。色気もない、小さな白い紙。
三森さんの文字は綺麗だった。難しい漢字も崩れていない。教科書のお手本みたいな文字が、一枚の真っ白い便箋につづられていた。手紙らしくない口語体を見ていると、まるで彼女が飄々と肩をすくめながら喋っている感じがする。
そこにはこう書かれていた。
『これを読んでいるということは、私は倒れたのだろう。あ~あ、残念。というか私、ガンと言うことを悟らせないように動いていたつもりだったんだよ。現に初めて会った時からずっとばれていなかったし。演劇の練習をしておくんだった。まあ過ぎた事をとやかくいっても仕方ない。
じゃ、本題に入ろう。
君の予想通り、私はガンだ。助かる確率は低い。医者からも確率は聞かない方がいいというお墨付きを頂いたしな。多分死ぬ。死にたくないな~と思うけど、まあ仕方がない。
……この前はすまなかった。もう少し配慮が足りなかった。今も後悔している。どうせ君のことだ、自分が悪かったと後悔しているだろうけど違う。お前は中学生だ。裏切られたと思っても仕方がなかった。私のミスだよ、京介。確かに私は君を利用していた。最初は君のことを実験用モルモットだと思っていたさ。けれど、今は違う。私は君に好意を抱いている。決してお前が嫌いなわけではない。それだけは事実だ。
実はね、私も家の事情でここに留まっていた人間なんだ。何があったかは言うつもりはないけれどね。だからかな、途中から私と同じ、家の事情でここに来た君に愛着わいちゃったのかもね。しかも君が、私を慕ってくれたからなおさらだ。
だから、あえて拒絶した。
そうでもしないと、お前は優しすぎるから、ずっと私についてきてしまう。だからこうするしかなかった。悔やんでいるし、絶望してるし、今でも夢に出る。
君も予想していると思うけれど、私はもうここには戻ってこない。と言うか戻れない。 正直君が再登校できるほどになってくれるのは嬉しかったよ。これからも頑張れ。そして私の高校に入れ。君は私の部下だ、これは命令だからな。
それと、私に二度と会おうとするな。君が嫌いだからではない。ただ、私は恐らくやつれているだろうから、会えないんだ。記憶にある、超絶美少女だった私だけをとどめていてほしいからな。
じゃ、君原や、中学の友達と仲良くしろよ。お前は一人じゃないことを忘れるな。
最後に言っておく。
私はお前が羨ましかった。生きる事のできるお前が。お前との日々は、まあまあ楽しかったよ。
さようなら』
手紙はそこで終わっていた。最後まで三森さんは暖かかった。しかも病床に伏しながらも、僕の心配までしている始末だ。
僕は、嫌われていなかったんだ。心にたまるもやもやが、消えていく。
何度も手紙を読み返しながら、僕はいつしか廃墟を出ていた。
初めて会った時、僕は死のうとしていた。
三ヶ月くらい前の話なのに、妙に遠く昔の出来事のように思われる。
生きられる命を捨てようとする僕を、死ぬ運命が待つ人生を歩む三森さんからしたら、どう見えただろうか。その心境を推し量ることは、僕にはできない。
一階を掃除した時の三森さんの言葉が思い出される。あれは、三森さんの本心だったのか。
三森さん。
貴方はいつまで自分で全て抱え込むんですか。僕の人生を変えるだけ変えておいて、自分の人生は変えないのですか。
三森さんは、誰が救うのですか。
貴方の小説はどうするんですか。
読ませてくれるんじゃないんですか。
いつもの適当な雑談や、いつもの大人っぽい口調を、もう二度と聞かせてくれないのですか。
一人だけ謝って、僕には謝罪の機会なしですか。
三森さん……!
「ふざけないでください!」
廃墟を出、僕はおのずと走り出していた。目指すは家だ。やることは一つしかない。
家に帰り、裏手にある古い自転車を引っ張り出す。小さいが、サドルを調節すれば乗れないことはない。
「三森さん、貴方は勝ち逃げするつもりでしょうけど」
三森さんはどこか甘い。隠し通そうとする物事には軽いミスを起こす。
「僕が黙って貴方の計算通り動くと思いますか」
自転車にとび乗るが否や、僕は近くにあるいくつかの病院を脳内でインプットする。
三森さん。
逃がしません。
僕は、僕はまだ言いたい事がたくさんあるんですよ。
彼女の病院は分からない。手探りと言っていい。しらみつぶしに一軒一軒めぐるしか方法はない。自転車で加速するたびに、寒い風が僕の頬を撫でる。凍りつきそうな日だ。しかし、明日を待っている場合ではない。
彼女は、恐らく近いうちに死ぬ。
それよりも早く、僕は三森さんに会う。
僕は、三森さんが好きだから。




