表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/35

第十四節


 順調な日々を過ごしていた、一月の中旬。


 相変わらず僕らは平穏無事な日々を過ごしていた。特にこの頃、三森さんはずっとパソコンに向かっていた。しかもずっと指が別の生き物のようにキーの上で踊っている。創作活動は順調らしい。


 「小説のほうはどうでしょうか」


 「滞りなく順調だよ。ただ、表現したい物に対応する語彙力が不足して困り気味だ」


 いずれ読ませてやる。三森さんは今までにないほどに得意そうな顔をしていた。


 ちらりと盗み見れば、ワードに蟻の行進かと見間違うほどの文字。文字数は四万文字を超えているあたりか。とにかく凄い。


 「ついに京介も私の小説に興味を示し始めたか!」


 「示してません。活字はあまり得意ではないです」


 「そこはお世辞でも興味ありますって言おうよ」


 口をすぼめる三森さんに、嘘はつけません、と反論する。


 「……でも、いずれ読んでみたいです」


 僕は嘘をつかない。


 三森さんは一瞬目を丸くしたが、やがて素直になったな、と軽口を叩く。


 「完結したら最初に読ませてやるからな。だから待っていろ」


 「言われなくても待っていますよ。三森さん」


 三森さんは天才だ。きっと、ものすごい秀作ができているだろう。僕はそう思っていた。





 しかし、数日後、悲劇が起きる。





 その日。僕が読書をしていた時だった。多分いつも通りの一日だったはずだった。雪が溶けだし、地面に氷が張り詰めている地面を見下ろす三森さんが、チョコレートを買って来いと言い出した。いつもなら二つ返事で了承するのだが、つい先ほど僕はチョコを買ってきていた。現に三森さんの脇には食べかけが残っている。


 「残さないでくださいよ、三森さん」


 「分かっている。早く買ってこい」


 いつにも増して冷たい口調の三森さん。機嫌でも悪いのかと僕は素直に従った。


 通い慣れたコンビニでチョコを購入し、ついでに生理用の薬も買っておいた。


 「三森さんが機嫌悪いなんて、珍しいこともあるものですね」


 飄々とした態度である三森さんだけに驚きだ。変な所で逆鱗に触れるのは嫌だったため、それから廃墟を迂回する形でゆっくりと廃墟に戻った。


 すっかりきれいになった一階を通り、二階へあがる。


 「三森さん、チョコレート買ってきましたよ」


 そう言いながら扉を開いた時、僕は思わず絶句した。


 地面に、三森さんが倒れていた。はだけたコートは遠くへ転がり、回転椅子がひっくり返っている。荒い呼吸音が、部屋の中に満ちていた。


 「三森さん! どうしたんですか」


 駆け寄ると、かろうじて意識はあるようだった。激痛に顔をゆがめながら、脂汗をかいている。その手には、空になった薬箱。何かの薬のストックが切れたらしい。


 心臓が止まりそうになる。なんだこの薬は? 持病? でもそんなことってあるのか。というかどうすればいい。どうすれば……。先ほどの冷静な思考が徐々にヒートアップしていく。


 死ぬんですか。


 脈絡ない、混乱した頭ではじき出された、身の毛のよだつ可能性。


 「早かったな、京介」


 血の気の無い顔を向ける三森さんは、くの字のまま笑いかける。しかし、いつもの覇気などない、弱弱しい口調だった。


 「そんなのいいですから薬は? 切れたのですか!」


 心臓がバクバクとけたたましい警鐘を鳴らす中、三森さんは赤いコートを真っ白な指で指示した。


 「すまないが中に補充用がある……二錠持ってきてくれ」


 「分かりました!」


 コートを手に取る。三森さんの、暖かいバニラの香り。両方のポケットをひっくり返すと、片方に幾つかの錠剤があることに気付く。


 難しい名前の薬だ。僕は二錠抜き、机にある水筒をひっつかむ。一秒一秒が、とても重くのしかかった。


 「早く飲んでください!」


 「ありがとう」


 這いつくばりながら薬を飲み下す三森さんは、暫くそのまま苦しげに呻いていた。僕は何もできず、そこでおろおろするしかできなかった。


薬の効果か、やがて呼吸が落ち着いてきた。


 十分程度経つと、三森さんはよろよろと疲労した様子で身を起こした。


 「すまないね、京介。もっと早く箱詰めしておくべきだったよ」


 鳩尾付近を抑えた三森さんは、コートから残った薬を薬箱へ放り込んだ。二十錠以上はある。オピオイド、と書かれていたが、どういう用途かは分からない。


 「大丈夫なんですか?」


 「ああ。助かったよ。もう痛みは無いし、すぐ気分も――」


 不意に三森さんの表情が凍り、僕を押しのけ部屋から飛び出した。


 その後バタンと扉を開ける音がし、そのまま嘔吐する音が二階まで聞こえた。


 ひたすら恐ろしかった。日常が崩れ出し、非日常がはこびる、不吉な予感。


 いつもの三森さんではない、どこか、遠くに行ってしまいそうな――そんな予兆が、頭を占めていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ