第九節
君原先輩と会ったのは、クリスマスも過ぎ、三森さんの学校が冬休みに突入してすぐだった。
「久しぶり――ていうほど時間は経ってねーよな、うん」
「なんでお前がいるんだ、君原」
廃墟の二階に、うっとうしそうな三森さんをしり目に、君原先輩が二階でくつろいでいた。本棚にあるラノベや小説を観察しながらいい趣味してるぜ、と口笛を吹く。相変わらずの軽いノリ。
「大丈夫だって~お前らの邪魔はしないから、精いっぱい愛をはぐくんで」
「君原、帰れ」
「先輩、そう言う中ではありませんよ」
頭に指を当て迷惑そうな顔をする三森さんに、君原先輩はダチだろ~と爆笑。
「先輩、僕達恋人ではありませんよ」
「おいおいおい、こんな上玉の女の子と一緒にいてムラッときたりしねーの?」
本人の前でそんな話をしないでくださいよ……。
「し、しませんよ!」
顔のほてりを隠すように、僕は背中を向くが、君原先輩は追ってくる。魅力がないと言えば嘘になる。正直、僕があったどの女性よりも、三森さんは官能的で、煌びやかなのは事実。認めたくないけど。
「お前めっちゃ顔真っ赤やん。認めちまえよ、三森が可愛いってさ」
「私が可愛いのは当たり前の事象だ。一たす一が二になると同じ」
「……可愛いというより」
綺麗だ。お嬢様のように、美しく、はかなく、芯が真っすぐと通った人。なんて、絶対言わないけれど。
「可愛いというより?」
「別になんでもありません。おいたが過ぎてます、先輩」
「わりーわりー」
「君はいつ帰るんだ? 君原。創作活動の邪魔だ」
しっしと追い払う三森さんに、ひでぇなおい、と笑うこの人。迷惑そうだけど、それでも本気で追い払うつもりがない三森さん。そんな二人だけに流れる、険悪そうに見えて、親密な空間に、僕はややもやっとした感情を覚えてしまう。
なんか、嫌だと漠然と思う。この前君原先輩が訪れた時には、何も感じなかったはずなのに。二人のやり取りが、一刻も早く終わってほしいと願ってしまうのは、果たして僕は疲れているのか。
「帰りたくないんならもう昼時だ、君原、チョコ買ってこい」
……それは僕の役目ですよ、三森さん。
「僕が行きます」
「じゃ、俺も一緒に行くわ」
え? 君原先輩を見ると、相変わらずのニコニコスタイル。
「早く帰ってこい」
そのまま僕と君原先輩は、近くのコンビニへ向かう羽目となる。
コンビニでいつもの安いチョコを買う。味はビター。製菓会社もいつものと同じ。というかそれ以外を買ってきたらキレられる。理不尽、横暴、そんなこと三森さんに通じない。
「うわぉ。これあいつが一番好きなメーカーだよ」
「そうなんですか?」
「聞いたのか? 三森に」
「いえ。初めて買ったチョコもこれで」
ふ~ん、と頷く君原先輩と一緒に、レジで精算をする。
「……で、どうなんだよ?」
「何がですか?」
「だーかーらー。好きなんだろ? あいつのこと」
『アイツ』が三森さんを指していることは明白だった。脈拍がぐらっと乱れた。
「好……! ちょ、え? 先輩、何を言い出すんですか」
声が裏返ってしまい、再び赤面してしまう。にやっと君原先輩はしてやったりと笑みを浮かべた。
「だってあんなもろに嫉妬されちゃぁなぁ」
「嫉妬?」
「俺にチョコ買って来いって三森が言った時、お前不機嫌そうだったし」
「そうでしょうか」
焦燥のような、どこか切羽詰まった感覚がしたけれど。……嫉妬、か。この僕が? 人に執着しない性格だと思っていたはずなのに。というか、この前はそんな感情を抱くはずもなかった。
「いいと思うぜ~お前いつも無表情なのに、三森といる時は表情コロコロ変わるし」
金髪を揺らし、爆笑する彼を睨みつける。
「それは無いです」
チョコが入ったビニル袋を提げながら否定するが、そう言えば三森さんといる時の自分が思い出せない。無論、自分がどんな表情かも。ブワッと背中に汗が伝うほどの衝撃。
三森さんのことが、好き……?
考えたこともなかった。
というか、僕なんかに釣り合わないだろう。頭のできも、性格も。しかも中学生だし。
嫌、何真面目に考えてるんだ? いつの間にか考え込んでしまった自分が恥ずかしくなり、首をぶんぶん振る。三森さんとそう言う感じになりたいとか無いから! 多分。
「大丈夫だって。俺別にあいつのこと好きじゃねーから」
「そうなんですか」
つい食い気味になったことに気付き、大人しく頭を引っ込める。可愛い奴だな~と君原先輩は僕の頭をくしゃくしゃに撫でた。鏡を見なくても、きっと僕の顔は熟れたリンゴのようだろう。ビニル袋を握る手が極寒であるというのに汗ばんだ。
「ああ。友人としか見てねーし。あちらもそうだろうさ」
裏表のない彼の言葉に、すっと僕の心の黒い霧が消えた。
「そうなんですか」
「なんで嬉しそうなんだよ」
「別に嬉しくないです」
口元緩んでんぞ~と小突いてくる君原先輩に、僕は頬を膨らませてみせた。
君原先輩と三森さんが『そう言う関係』ではないことに、ほっとしている自分がいたことは、もはや否めなかった。
「……で、どうなんだ?」
「何がですか?」
「いやーだって、男子二人だぜ? 話す内容なんて分かりきってるだろー」
下卑た笑い顔。うわ、と数秒ドン引きした。
「なんだよーなんかねーのか」
「君原先輩。そう言うことばかり言っていると軽く見られますよ」
「いやーほら、最近女子ってあるじゃん? 男子を神聖化してる節あるよね。実際男なんて頭の中の半分は部活、もう半分はエロいことしか考えてねーんだよ」
「マジレスしないでください」
半分はその通りなんだけど……。ゲラゲラと周囲のことも顧みず、何がおかしいのか下品に爆笑している君原先輩を見ていると、色々な悩み事が些細なことのように思われてくる。
「で、どうなんだ? どこら辺が好きなんだ?」
興味本位で聞いてこないでほしい。
「……優しい所とか、あと、すごくしっかりしてて」
「うんわかるそれよりさ」
「興味ないですよね絶対」
うまく煙に巻こうとしても引き戻される。どんだけ猥談したいんだよ。僕ただの中学生なんだけど。そう言う系統の話はそこまで好きじゃなくてですね。
「俺さー三森のおっぱいの形好きなんだよな。ほら、俺さ、マイノリティで貧乳が好き――」
「人の話聞いていますか」
「柏木はどうなんだ?」
知らん。別に僕は三森さんの事をそう言う目では見ていない。僕は外見より性格が好きだ。そうだ。絶対そう。君原先輩みたく変な事は考えていないし、健全な中学生だ。
「……僕も、そうです。三森さんスレンダーだから、ギュッとされたいです」
今ほど三森さんに土下座で謝りたいと思ったことはない。だけど今だけは許して!
「だよなー俺もマジでそう思うっつーの。ぶっちゃけ性格さえなんとかなればモテモテなのに」
「それは僕も思います。高慢だし超がつくほどナルシストだし」
「ああ、ありゃ絶対治んねーから覚悟しろよ。あいつ意外と体筋肉質だから、抱き心地悪いかもだけど」
「マジですか」
モラルもないし、常識もないし、何より僕が初めて会った時からずっと筋金入りの変人だったし。まあ不良をぼこぼこにした下りから、それ相応の筋力が三森さんに備わっているのではないかと予想はしていたが。
「というか三森さんに言わないでくださいよ」
「もちろんだっつーの。お前も言うなよ」
こればれたら間違いなく殺されるだろうな、とどっかで思いながら、僕達は暫く三森さんの話――ごめんね三森さん――で盛り上がっていた。
この日を境に、僕は彼女に対して意識するようになる。もちろん変態的な意味じゃない。




