第零節
よろしくお願いいたします!
「運命とは何だと思う? 京介」
「また随分と壮大な話題ですね、三森さん」
しんとした、廃墟の二階。どこかカビ臭く、木造の床は僕達が身じろぎするたびにギシギシと音を立てる。午後だからか、どこかうつらうつらしていた最中のこと。彼女――三森さんの大人っぽい、しっとりとした声はよく響く。
三森さんは窓ガラスが正面にある机の前に座っていた。ノートパソコンを膝に置き、無造作にカラカラと回転椅子を回している。長い黒髪がふわりと揺れ、バニラの香りが鼻をつく。
傍には、大量の本が挟まった本棚。その中の一冊を、僕は読んでいたところだった。以前アニメ化したライトノベルである。
「私はな、後々の事象に運命と言う名前を付けられていると思う」
「僕の疑問は無視ですか。……で、どういうことですか」
「物に名前を付けるだろう。飲み物を飲む容器をコップと言うように、私たちは一つ一つに名前を作る」
外の雪は溶けだして、土に汚れぐちゃぐちゃになっている。冷えた空気や灰色の空に、三森さんの赤いコートはよく映えた。凛とした、真っすぐな眼差しが、僕を捉える。とらえどころのない妖しい微笑は、どれだけ荒唐無稽な内容であろうとも、それが正しいのではないかという一種の錯覚に陥らせる類の物であった。
「それと同じなんだ。行動する。それに運命と言う名前がつけられる。それが運命だと私は思う」
「そう言う物ですかね」
運命、か。
運命なんて浮ついたことを論じるなんて、かなり珍しいことだった。彼女はもっと現実的な人間だったから、なおさらだ。
「だから運命を切り開くというのでしょうか」
「自分が作った道が運命と言う言葉で当てはめられるということならそうなのかもしれないよね」
そう言う系統の授業は受けたことが無いから適当だけど、と三森さんは付け加える。なるほど、何事にも縛られることなく飄々と振舞う三森さんらしい発想だ。運命は自分で定め、自分の好きな事をして生きる。
まるで三森さんを象徴する言論ではないか、これは。
「ああ、柄にもないことを喋ったな」
三森さんが一つため息を漏らす。
「今のは忘れてくれ。私としたことが、少し変だった」
「いつも変ではないですか」
「君も言うようになったね、京介」
三森さんは苦笑し、そのままパソコンへと再び注意を向けていた。
彼女と出会ってから、数カ月が経過した後の会話だった。
今思い出しても、三森さんとの会話はこんな、役に立つかどうかわからない、微妙で、取り留めのない物が多かった。三森さんも多分本気で頭をからっぽにしながら喋っていたのだろう。
それでも僕からしたら、その会話一つ一つが大切で、それでいて愛しかったのだ。
舞台は学園でも職場でもない。朽ち果てたただの廃墟。その一室は勝手に彼女が書斎にし、僕はそこで無駄に時間を浪費している訳だ。
脅迫され、連れまわされ、挙句の果てに嘘をつかれ。
だけど僕はそんな下らない日常が結構好みで、何だかんだ彼女と付き合ってあげていた。
これは、僕と、変人・三森さんとの不毛な日々の物語。
救いようのなかった僕の、後悔と更生のスト―リーだ。




