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アズレイトが躾の行きとどいたタンポポ男だと判明してから10日後、サーシャは無事、王都に到着した。
言わなくても良いことかもしれないが、もちろんアズレイトから種撒きなどされていない。
道中のアズレイトは時折種馬トークをかますことはあったけれど、大変紳士的に、サーシャに接し大切に扱った。
そのおかげで、半月で到着するはずが5日も伸びてしまったことに、サーシャは少々思うことはあった。
けれど、悪気があってのことではないのはわかるので、特に文句を言うことも無く大人しく馬車に揺られ続けた。
な、の、だ、け、れ、ど、も。
現在サーシャは、王宮のとある一室で大変イライラしている。
もう「うわぁーっ」と叫んで、そこら中のものをぶん投げたいくらい、不快指数がマックスレベルだったりする。
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「さぁ聖女さま、紅をさしましょう」
「さぁ聖女さま、髪を結いましょう」
「さぁ聖女さま、爪を磨きましょう」
「さぁ聖女さま、靴を履きましょう」
似たような恰好に、似たような笑みを貼り付けている女性達にそんなことを言われても、サーシャは頷くどころかプルプルと首を横に振って壁へと移動した。
けれど女性達は、そんなサーシャにじりじりと近づいてくる。
よく見れば、口元こそ笑みを浮かべているが、その目は笑っていない。揃いも揃って「いい加減、観念しろよ。この小娘がっ」と訴えている。
もちろんサーシャとて「いや、マジ、無理」と、目で訴え返す。
ただ4人対1人では、多勢に無勢。明らかに分が悪い。
しかもこの国は君主制のはずなのだが、なぜかこの部屋だけ治外法権で民主制がまかり通ろうとしている。
横暴な女王のせいで、アズレイトの首を守るために王都へと来たのに、今度は多数決で知らない人間の手で身体をもみくちゃにされようとしている。
これを理不尽と言わず何と言おう。
そしてとうとう必死の抵抗も虚しく、サーシャは壁際に追い詰められてしまった。一縷の望みをかけて、涙目で首を横に振ってみるが、女性達もすかさず首を横に振る。
ちなみに、この女性たちは王宮で働くメイド達である。
そしてこの後、女王と対面するサーシャの為に身支度を整えようとしているだけなのだ。そういう指示を受けたから、任務を遂行しようとしているだけ。
決してサーシャをイジメているわけではない。
なのだが、生まれてからずっと森からほとんど外に出たことがないサーシャにとっては、赤の他人から赤子のように服を脱がされるなんて苦痛でしかないこと。
そして平気で人前で服を脱ぐことができる人間がいることに驚きを隠せない。
これぞまさにカルチャーショック。
……なのだが、この溝を埋めてくれる人は、残念ながらこの部屋にはいなかった。
その後結局、サーシャは誠に遺憾ではあるがメイド達の言うことを聞いた。
なぜなら、追い詰められていたのはサーシャだけではなかったから。
半泣きになって拒否するサーシャを見て、何を勘違いしたのかわからないがメイドの一人がおよおよと泣き出したのだ。
そしてしゃっくりを上げながら、こんなことを叫んだのだ。
「お着換えをしてくれなければ、わたくし共の首が飛びますっ」
……え゛、また首??
なぜこうも王都に住まう連中は、首と胴の相性が悪いのだろうか。
サーシャは煌びやかなこの街に潜む闇を垣間見て、身体をぶるりと震わせた。
ここで説明を加えておくが、メイド達は聖女さまの身なりを整えることができなかった程度で首を刎ねられることはない。
そして、この国を治める女王はそこまで暴君ではない。
ただ泣き崩れてしまったメイドは、まだここで働き始めて日が浅く、古参のメイドから、ちょっとしたミスでも首を刎ねられるよと脅されていただけのこと。
まぁつまり、その古株メイドが若くピチピチの新人メイドをイジメていたという説もある。
でも、この行き違いを突き詰める者はこの部屋にはいなかった。
そして大いなる勘違いをしたサーシャは、嫌々ながらもメイドの手を借りてザ・聖女的な衣装を身に着けることになったのだ。
「お綺麗です。サーシャ様。……ただ、竪琴はわかりますが、なぜ荷物を?」
不本意なドレスアップをして、部屋から出た途端、そんな言葉をアズレイトから掛けられ、サーシャは「別に」と吐き捨てた。
お世辞感丸出しの台詞も聞きたくなかったし、くだらないことを聞いて欲しくもなかったから、そんな言い方をしたまでのこと。
王都に到着してまだ数時間しか経っていないのに、サーシャは既に疲労困憊だった。そしてもう、首ネタで振り回すのもいい加減にしてほしいと思っている。
だから手荷物全部をもって、女王に会いに行くつもりなのだ。
そしてちゃっちゃと浄化の儀を終えて、そのまま帰宅するつもりでいる。
あと……必要以上にアズレイトがカッコ良いのもあって、なんかちょっと居心地が悪かったりもする。
王都までの旅路で毎日アズレイトと顔を合わせていたけれど、彼はずっと旅服だった。
なのに今は、パリッとした衣装に着替えて、更にキラキラ感が増している。
マントを両肩に掛けず、片側だけに引っ掛けているのは何故に?と思うけれど、そんな疑問など”イケメンだから”の言葉で片付けられるほど、良く似合っていた。
でも、それを素直に口に出せない。
別にツンデレごっこをしたい訳じゃない。
何気ない会話をしてても、アズレイトが突拍子も無く種馬トークをかましてくれることを知ってしまっているから。
サーシャだって女の子だ。
こんな完璧な王子然したアズレイトの口から、下品なネタなど聞きたくはない。綺麗なものは綺麗なままでいて欲しいのだ。




