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 そんなわけ……がどういう訳なのかはわからないが、とにかくサーシャはアズレイトと騎士達と共に王都へと出発した。


 ただ出発前に一つ問題が浮上した。それはサーシャがこよなく愛し、育てたニワトリの世話である。


 西の外れの森から王都までは、本気で馬車を走らせても半月はかかる。

 つまり、ちゃちゃっと浄化の義を終えてとんぼ返りしたとしても1ヶ月は家を空ける計算となる。


 それまで人の手で育てられてきたニワトリ3羽が、自力で生きていられるかと言えばまず無理だ。

 そしてサーシャは帰宅早々、干からびた愛鳥など見たくはない。それこそ干からびるくらいに泣くだろう。


 そんなわけで騎士2名は、ニワトリの世話をするため居残り班となり、ハンカチを振りながらサーシャ達を見送った。


 馬車が遠ざかっていくなか、「くれぐれもよろしく!食べたら殺すからねっ!」とサーシャの脅し文句が聞こえてきたので、騎士2名は胸に手を当て慇懃に礼を執った。







 ......という出先のやり取りが終われば馬車は大変静かである。


 ろくすっぽ舗装されていないガタガタ道でも、馬車は水上を滑るように大変乗り心地が良い。


 そしてロイヤル級の馬車は内装もゴージャスで、無駄に壁紙は張り付けてあるし座席は少し硬めのソファときている。自分が長年愛用していたベッドよりハイクラスなもので、悲しいほど座り心地が良い。


 そして何より悲しいのは、目の前のイケメン王子の口から、あんなおぞましい単語が飛び出してきた映像が、頭の中でリフレインしていることだ。もう数日過ぎたというのに。


 この世に生を受けて18年。あまりお上品な人生を歩んできたとは言えないが、それでも“種馬”などという下品極まりない言葉を耳にしたのは、初めてだった。


 しかも光り輝かんばかりのイケメンの口から紡がれたのだ。


 これはもう衝撃を越えて、悲しい気持ちでいっぱいになる。できることなら、あの瞬間に時間を巻き戻して、アズレイトの口に洗い立てのじゃがいもを詰め込みたい。


 それができないなら、いっそ都合よくその部分だけの記憶を消して欲しい。


 だが、万物の汚れを浄化できる力を持ってしても、そんな奇跡を起こすことはできない。

 もしかしたら“種馬”という言葉は汚れたものではないのかもしれないが......。そうか。ここは女王が統治する国。男性の扱いはその程度なのかもしれない。


 でも、もっと他に言い様はないのか?王都では、種馬という言葉はポピュラーに使われているのか?いやだそんな下品な街。やっぱ、もう帰るっ。 


 などということを考えながら、サーシャは向かいの席に座る青年に目を向ける。やっぱりカッコいい。 

 

 ちなみにアズレイトは、ずっとこちらを見ていたようですぐに目があった。そして軽く眉を上げて、サーシャに向けて口を開いた。


「サーシャさま、お疲れですか?では、そろそろ休憩いたしましょう」

「......お任せします」

「かしこまりました」


 あんな下品な言葉をさらっと口にしたことも忘れ、アズレイトは窓を開けて御者兼騎士に向かい手短に指示を出した。 






 アズレイトが休憩に選んだ場所は、のどかな田園地帯にポツンと生えている銀杏の木の下だった。


 森を出発して、早10日。もう生まれ故郷はどんなに目を凝らしても見えない。ずいぶん遠くに来たものだ。


 ちなみにサーシャは、着の身着のまま王都へと出発した。

 アズレイトが「身一つで来てください」という言葉に素直に従ったのもあるけれど、もともと着替えなどほとんどなかった。


 それに仮にそれなりの準備をしようとしたところで、旅服など着るものではなく見るものという認識を持っているくらいだから、そんなものはなから無い。


 だからサーシャの荷物は片手で持てる小さな鞄一個と、聖女の力を解放するために使う代々伝わる竪琴だけ。


 ......なのだが、田園風景を見つめるサーシャの身なりは良い。それはアズレイトが用意したからで。


 一応サーシャはやんごとなき存在という認識を持たれているようで、夜を過ごす際には野宿ではなくきちんと宿屋を使っている。


 そして朝になるとなぜか新品の服が籠に入った状態で、扉の入り口に置かれているのだ。そして、これまたけったいなことに、前日まで着ていたはずの服が消えているのだ。


 誰がそんなくだらないことをやったかと言えば、思い当たるのは一人しかいない。アズレイトだ。


 だが、下着が見えてしまいそうなうっすい寝巻きのまま人前に出ることもできず、サーシャは仕方なく毎日違う服に袖を通している。


 本日のお召し物は、淡い黄色のワンピース。春先は冷えるかもという配慮なのか、同じ色のレースがふんだんに使われているショールまで寄越してきた。


 悔しいが今日は晴天ではあるが、やたらと肌寒いので、しっかり使わせてもらっている。



 びゅっと強い風が吹いてサーシャは肩に羽織っているショールを更に肩に巻き付けた。暦の上では春で、至るところに春の花が咲いてはいるけれど、やっぱり寒いものは寒い。


 ぶるっと身体が自然に震える。でも、すぐにふわりと温かい何かがサーシャの身体を包んだ。


 びっくりして見上げれば、すぐにわかった。

 いつの間にか近くに来ていたアズレイトが自身のマントをサーシャに掛けてくれたのだ。


 そしてアズレイトは、目を丸くするサーシャににこりと微笑みかけると、片手に持っていた木製のコップを差し出した。


「サーシャさま、今、そこの農夫からミルクを分けてもらいましたので、ミルクティーを用意しました。どうぞ、お飲みください」

「......はぁ、どうも」


 ぺこりと頭を下げてサーシャがそれを受けとると、アズレイトは視線を別の方向に移す。


 釣られるようにサーシャもそこに目を向ければ、良く日焼けした一人の農夫が軽く手を挙げ背を向けるところだった。


「あのお方から頂きました。種まきは腰を痛めるそうなので、農夫殿には良く効く湿布薬をお渡ししました」


 王族なら権力にまかせてミルクなどぶん取ってもいいのに、アズレイトはそういった横暴なことはせず対等に接していたようだ。


 自分には、どえらいカードをちらつかせて強行したくせに。


 なんてことをちょっと思ってしまうサーシャは、性格がひん曲がっているのか、割られたカップを未だに根に持っているのかわからない。


 だが内心、アズレイトのそういう部分は良いなと思っていたりもする。


 ただ......今しがたアズレイトが紡いだ「種まき」という言葉が妙に卑猥に聞こえたのは、自分だけなのだろうかとも考えてしまっている。


 そしてそんなことを考えてしまった自分が恥ずかしくて、ほんのり赤く染まってしまった頬を隠すように、両手でコップを包んでミルクティを飲むことだけに専念する。


 なのにアズレイトは、はっとした表情になり、心底申し訳なさそうに眉を下げた。


「......失礼しました。種馬がそのようなことを言えば、どうしても夜の営みにしか聞こえませんでした。以後、気を付けます」

「っ!!!!」


 アズレイトのとんでもない発言に、まさに喉を通りすぎようとしていたミルクティーが気管に入り、サーシャは盛大に噎せてしまった。

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