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アズレイトは、サーシャと目が合うと寂し気に笑った。次いで、なぜだかわからないが、緩く首を横に振った。
「聖女さま、どうか彼らを泣かせてあげてくださいませ」
「……いや、泣くのは別に好きにすれば良いけど、なぜに泣く?」
至極純粋な疑問を口にすれば、アズレイトはちょっと困ったように眉を下げた。でも、今度はちゃんと答えてくれた。
んなもん聞きたくなかったと、後悔する内容ではあったが。
「聖女さまを王都にお連れするのは、女王からの厳命です。それが出来ぬとなれば、わたくしの首が飛ぶだけでございます」
アズレイトは簡潔明瞭かつ、わかりやすく説明してくれた。けれど、サーシャはなぜか耳に雑音が入り、うまく聞き取れなかった。
いや多分、脳がガチで拒否したのだろう。
そしてもう一人の自分が「やめろ、理解しようとするな。ふぅーんと言って聞き流せっ」と強く主張をしている。
なのに、気付けばサーシャはアズレイトに問いを向けていた。
「……え゛?首が?と、と、と、と」
「飛びます」
「と、飛ぶって……どこに?」
「さぁ、どこでしょう。刎ねられる勢いが強ければ、かなりの距離を飛ぶことになりますが……でも、そう遠くには行くことはないと思います」
「えっと……それはつまり……く、首と胴が離れるってこと?」
「ええ、そうです。あ、申し訳ございません。こういう野蛮な言葉は初めて耳にされることでしょう。まぁ斬首刑に処されるということです」
「……っ!!!」
なんていうえげつないカードを出してくれるんだ!!
サーシャは心の中で叫んだ。
だってコレ遠回しに「王都に一緒に行ってくれなきゃ、死ぬよ?」と訴えているのだ。
これを恐喝と呼ばずに、なんと言おう。
でも、ぐぅううっと喉の奥で唸りながらも、気付けば首は縦に動こうとしている。
だが、サーシャは全力でそれを止めた。
なぜなら、絶賛男泣き中の騎士たちが指の隙間からチラチラとこちらの様子を伺っているのが見えたから。
「……ねぇ、ズバリ聞くけど、騎士さん達が演技してるっていう可能性は?」
おずおずとサーシャはアズレイトに問いかける。
彼は今度は冷ややかな視線を、サーシャに向けた。
「大の男が、人前でみっともなく涙を見せるとお思いですか?」
「……」
─── けっ、どうだかね。
そんなふうに吐き捨ててみたい。
けれど、ぶっちゃけ誰が首と胴が離れたイケメンを見たいと言うのだ。
まぁ……この世にそういう、ちょっぴり変わった趣味をお持ちの人はいるかもしれない。
だが、少なくともサーシャは見たくなかった。
そして悩みに悩んだ挙げ句、サーシャが選んだのはこれだった。
「あああああっ、んもうっ、わかった。行く!行けばいいんでしょ!!」
サーシャがやけっぱちになって叫んだ瞬間、めそめそと泣いていた騎士達が「よっしゃー!」と声を上げ、全員ガッツポーズをした。
そしてその勢いは止まらず、膝小僧を叩く者、両手を太陽に掲げる者、とんちんかんな踊りを舞う者。はたまた感極まって更に泣き出す者と様々なリアクションをしながら喜びを全身で表していた。
ちなみに首の皮がつながったイケメン王子は、優雅に席を立つとサーシャの元に近づき跪いた。
そして脱力したサーシャの手を取ると、うやうやしくその甲に口づけを落とす。
うらぶれたあばら家で、騎士がはしゃぎ回り、王子が膝をつくその光景はもはやシュールを超えて滑稽だった。
でもサーシャは笑えない。苦々しい気持ちでいっぱいだった。
くそっ、この男がもう少し不細工だったら良かったのに。
くそっ、この男のイケメン度が若い時限定のものなら良かったのに。
そんなふうにサーシャはアズレイトを睨みつけながら、心の中で悪態を付いた。
でも心底腹が立つが、こちらを眩しそうに見つめるアズレイトは、完璧なまでに美しい。
そして、年を取ればダンディとか渋めのイケメンとか言われるだろう間違いない。ちらっと頭皮を確認したけれど、今のところ、お髭の騎士のような予兆は見当たらない。
だからサーシャは、大変、とっても、誠に遺憾であるが腹を括った。
もちろん、何かに屈した感はある。いや、それしかない。
だが、それでもこの決断は、自分の中で多数決を取った結果だった。恨むなら面食いの自分を恨むべきなのだ。
でも、このイケメン王子に一言くらい文句を言っても、バチは当たらないだろう。
「あんたねぇ」
「アズレイトと申します」
「……ああ、失礼。アズレイト王子」
「アズと呼んで下さいませ」
「アズ王子、あんたねぇ」
「いいえ、アズと呼び捨てで」
「……アズ、あんたねえ」
「はい、なんでしょう」
真摯な顔つきで続きを待つアズレイトに、出鼻をくじかれ勢いはやや落ちてしまったが、サーシャはそれでも思いの丈をぶつけた。
「自分の顔が良かったことを、神様に感謝しなさいよねっ」
座ったままダンッと足を踏み鳴らしてサーシャがそう叫べば、アズレイトは100万個の勲章を貰ったかのような誇らしげな表情に変わった。
「お褒めにあずかり光栄です、聖女様。その言葉は、種馬冥利につきるものです」
「た、た、た、た」
こいつ今、自身のことを種馬言うたぞ?!
想像を絶するお下品な言葉に、サーシャはぐらりと眩暈を覚えた。




