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サーシャは自分の腕にある痣を指先でこすこすと触ってみる。
他意は無い。
ただ久しぶりにこれをじっくり見る機会があったから、そうしただけ。
所詮、選ばれし者だけがその身に刻まれるという紋章であっても、当人からすればホクロと同じようなもの。
ただ、当人以外の人間からすれば、尊き存在の聖女さまが自分の運命に何やら思い悩んでいる仕草にしか見えない。
そんなわけでアズレイトは、椅子に着席すると背筋を伸ばしてここに来た理由を語り出す。
「現在、王宮の地下にある、500年前に魔王を封印した常盤の結界の力が大変弱まっているのです」
「……へぇー」
「宮廷魔導士たちの力で、今はなんとか結界は破られておりません、が、そこから溢れ出る悪しき瘴気までは抑えることができないのです」
「……ふぅーん」
「我が国ライボスアは、未だかつてない程の危機に瀕しております。このままでは、国中が瘴気に侵されることになります。その被害は……計り知れないものになるでしょう。最悪、結界の中で眠る魔王が目覚めるやもしれません」
「……あー、そう」
年頃の娘ならここで震えあがること間違いない内容だ。
なのだが、サーシャは相も変わらず、自分の腕にある痣をこすこすと触りながら気のない相槌を打つ。
さすがにアズレイトの顔も良い感じに引きつり始めている。
ただ、この王子なかなか辛抱強い。
ぐっと苛立ちを押さえると、更に背筋をぴぃんと伸ばして口を開いた。
「という現状をお伝えする為に、わたくし共は女王の命を受けこちらに伺いました。ただ、」
「……ただ?」
伸ばした背筋をへにょりと曲げたアズレイトは、再び申し訳なさそうな顔を作る。
「聖女さまのお名前も伺っていなければ、どのような容姿かも存じ上げず……。そして人違いであっては一大事でしたので、手っ取り早く腕を掴んで紋章を確認させていただきました」
「……口で聞いたほうが手っ取り早いと思うんですけど?」
「さようでございますね。ただ……」
「……ただ?」
二度目の「ただ」は、先ほどより重々しい感じだった。
軽い気持ちで続きを促してみたものの、サーシャは下手を打ったと内心舌打ちする。
どうせロクなことじゃない。
残念ながら、その予感はまたしても正解だった。
「言葉で尋ねた場合、聖女さまが何かを察して逃げる可能性がございましたので、その辺も考慮して腕を掴ませていただきました」
「結局、拘束したかっただけじゃんっ」
最終的に、物騒な結論に着地してしまった途端、サーシャは椅子を蹴倒して叫んだ。
すぐさまアズレイトが「申し開きもできません」と苛つく言葉を口にする。
サーシャは憤慨して鼻息荒く腕を組んだ。と同時に、視界の隅で騎士たちが、玄関扉と裏口と窓にすすすっと移動したのが見えた。
……え……ちょ、待て待て。これは逃亡防止的なアレか?
サーシャの頬がヒクリと痙攣する。
なぜだろう。
生まれ育った我が家が、急に牢獄にしか見えなくなってしまった。
家の出口という出口を、厳つい騎士達に塞がれてしまえば、これまた年頃の娘なら「いやぁん、怖い」と怯えるもの。
でも、サーシャときたら一度は頬を引きつらせてみたものの、それ以上の動揺を見せることなく冷めてしまったお茶を飲み始める。
対して実力行使に出ようとしている王子様御一行は、とてもバツが悪いご様子だ。
まぁそれにはそれなりの理由がある。
「言うことを聞かなれば、無理矢理にでも王都に連行するとでも?曾祖母の代に、私達聖なる力を持つ姫巫女一族を王都から追放したくせに」
「……そう受け止められても仕方のないことをしている自覚はございます。返す言葉も見つかりません」
「いや、今すぐ返せや」
「……」
静かにカップを置いたサーシャは半目になっていた。
そろそろ疑問に思われている者もいるだろう。
聖なる力を持つ姫巫女───略して聖女が、なぜ(どうして)こんな人里離れた森の奥でひっそりと生活をしているのかと。
その理由は、今の会話の通りなのだ。
だが、もう少し補足をすると追放された理由は、当時の女王から「お前の力なんぞ不要だわっ」と一方的な解雇通告を受けたのだ。
聖女はライボスア国が建国した当初から、この国をずっと支えてきた存在だった。
そして、500年前魔王を封印したのは他ならぬ聖女だ。
なのに突然の解雇通告。
お前の血は何色だ!?と問うてみたいところ。
しかも当時、聖女もといサーシャの曾祖母は、まだ十代だった。なのに、これまた一方的にこの森に捨てられたのであった。
よく死ななかったなとサーシャは思う。
そして、なぜそんな性根の腐った女王をこの世から浄化しなかったのかと疑問に思う。
でも、サーシャの曾祖母は復讐することも、世を儚んで自害することもせず、根性で生きぬいた。
そんでもって、どこからか種をもらって、サーシャの祖母を産んだ。祖母も同じような手段で母を産み、そして母も以下同文。
ちなみにサーシャは、まだ独り身だ。当面そういう予定もない。
ただ、王都に行くつもりもなかった。
「我が王家が貴方様達に対してしたことは、本当にお詫びのしようがございません。そして、どの面下げてこんな願いをと思われているのも、自覚しております」
過去に犯した王族の罪を誠心誠意詫びるアズレイトの顔は、とても美しかった。
“どの面下げて”というけれど、この面を拝んでしまったら正直、言葉の説得力が薄れてしまうほど美麗なものだった。
むしろサーシャは、このイケメン王子をここに派遣してきた現ライボスア国女王の手腕に拍手を送りたい気持ちにすらなる。
でも“それはそれ、これはこれ”である。
だからと言って過去の事を水に流して、ヘイヘイヘーイと王都に行くほどサーシャはお人好しではなかった。
だから保留になっている質問を再び口にした。
「で、王都に行って浄化の儀をやったら、私に何か利点があるの?」




