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やむエピ←【やむ】を得ず、カットした【エピ】ソードです。
これは、【種まき農夫と、躾の行き届いたタンポポ】の章のとある日のお話。
章タイトル通り”タンポポトーク”のやり取りを前面に出したかったことと、移動中のお話はそこまで重要じゃ無いかな?などと勝手に思ってしまったためカットしたお話です
アズレイトと共に王都に向けて出立して3日目の晩、サーシャは眠れず一人で宿屋のテラスで夜空を見上げていた。
「……星、あんまり見えないなぁ」
呟くサーシャの小さな声は宵闇の中に吸い込まれていった。
時計が無いから正確な時刻はわからないけれど、もう深夜と呼ばれる時間帯だ。フクロウだって、ホゥホゥ鳴くのに飽きてきた頃だろう。
だから、サーシャも夜更かしなんかしないで、早急に寝なければならない。王都までの旅は始まったばかり。
明日も明後日もまだまだ続くのだから、ちゃんと寝て体調を崩さないようにしなければならない。
……なのだけれど、どうにもこうにも眠ることができなかった。
それはホームシックになったからとか、愛鳥のニワトリ3羽が心配だからとか、年頃の娘らしく種馬王子が夜這いに来るかもしれないと警戒しているからとか、そんな理由ではない。
とても悲しいことに、ベッドの寝心地が悪いのだ。
いや、正確に言うと、慣れ親しんだ堅いベッドではなくフカフカのベッドが妙に寝にくくて、こんな時間まで寝ずに過ごす羽目になっている。
しかも宿屋に到着した際、アズレイトは『本日は、どうしてもこの宿しか取ることができませんでした。みすぼらしいところではありますが、何卒一晩だけお許しください』とのたまってくれたのだ。
そんなみすぼらしい宿屋のベットが高級過ぎて寝れないなんて……本当に悲しい。
あと、彼の背後で頬をひきつらせた宿屋の亭主が気の毒でならなかった。
とはいえ、アズレイトにそれらを訴えるつもりはない。
彼が始終、サーシャに対して丁寧に接してくれているのが痛いほど伝わっているから。
それがちょっと困ってしまったりもするのだけれど。
……なにせアズレイトは、あのあばら屋を見ているのだ。
そして、そこがサーシャの生家だということも知っているし、そんな場所での暮らしが優雅なものではないはずだってことは、ちょっと考えればわかるはずだ。
なのにアズレイトは、サーシャを絹のドレスしか着たことが無い貴婦人のように扱ってくれる。これまでサーシャにそんなふうに接してくれる者は誰一人としていなかったから、ちょっとだけくすぐったい気持ちになってしまう。
でもそれと同時に、アズレイトはそういう気品のある女性がお好みで、サーシャにもそれを求めているのかなとも思ってしまう。
絵本に出てくるような、気高く美しい聖女であることを望んでいるのかと。
「……いやさぁ……それ無理だし」
サーシャは無意識に呟いた。
森生まれの森育ち。
どの木の実が美味しくて、どの草に毒があるかの選別なら、そこいらの女性なんかに負けない自信はある。
というか聖女という血筋を抜けば、サーシャ個人としてはそれぐらいしか取り柄はない。
「……あーあ」
なぜだろう。わかりきったことなのに、改めてそれを考えると妙にしょんぼりしてしまう。
サーシャは自分のつま先を見つめ、深い溜息を吐いた。そして、起きていたってロクなことが無いなら、もう寝ようと決めた。けれども、
「……あ」
部屋に戻ろうと身体の向きを変えた途端、思わぬ人物─── アズレイトがそこにいて、サーシャは、ぴしりと固まってしまった。




