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結局この状況からいち早く抜け出したのは、ほっこりお茶を飲んでいる騎士たちではなく、イケメンだった。
さんざんわめき散らした彼は、はっと我を取り戻したと思ったら、心底すまなそうな表情を作った。
「お目汚しをさせてしまい、申し訳ございません」
「......いえ、とんでもないです」
汚すどころか、別の意味で浄化を受けたサーシャは嫌みを口にすることなく、首を横に振った。
「わたくしは、ただ、あなた様にお茶のもてなしを受けるような立場ではないと言いたかっただけなのです」
「そうですか。でも、その台詞は騎士さん達がお茶を飲み終えてから、言ってあげたほうが良かったですね」
「お気遣い痛み入ります」
「......いえ」
立ち上がったまま深々と腰を折ったイケメンの後ろで、ものすごい勢いでお茶を飲み干す騎士たちが視界に入る。
そんなに急いで飲まなくても......と思いつつも、今のサーシャには、むせないように祈ることしかできない。
そんなふうにサーシャが他所に視線をそらしているうちに、いつの間にかイケメンはサーシャのすぐ隣に立っていた。今回も足音一つ立てずに。
「さて、聖女さま」
「ぅわぁっ、な、なんですかっ」
急に耳元で囁かれ、サーシャは座ったまま飛び上がった。
でもイケメンは今度は謝罪をすることなく、宙ぶらりんになったサーシャの手を恭しく取ると、その場に跪く。
「申し遅れましたが、わたくしライボスア国第一王子アズレイトと申します」
「......サーシャです」
突如始まった自己紹介に、はてなマークを浮かべながらも、サーシャは律儀に返答する。
ただ普段は柔らかい曲線を描いているサーシャの眉は、線を引いたように吊り上がっていた。
イケメンはそれに気づいている。
だが、敢えてそこから視線をずらした。きっとこれからとても言いにくいことを口にするのだろう。
サーシャはそう思った。そして、正解だった。
「浄化の力を持つ聖女よ、どうか我が国をお救いください」
サーシャの片手を恭しく持ち上げ、額に当てながらそう言ったイケメンは、すぐに顔を上げて縋るような視線をこちらに向けた。
気づけばお茶を飲み終えた騎士たちも、イケメンと同様に膝を突き、頭を垂れている。
あばら家にそれは、あまりにシュールな光景だった。
ただ彼らは全員、おちゃらけてなんかいない。真剣に、切実に、サーシャが頷くのを待っている。
それはもちろん、サーシャとてわかっている。
わかっているのだが─── 口にした言葉は別のものだった。
「......ねえ、それやったら、私に何か利点があるの?」
瞬間、この部屋の空気が凍りついた。
おおよそ聖女の発言とは言い難いサーシャの言葉に、イケメン……改め、アズレイトはぴくりとも動かない。
騎士達も床に膝を突いた状態で固まっている。
早朝の森は、とても静かだった。
時折、小鳥のさえずりが遠くから聞こえてくるけれど、今日は風も無いので、木々の枝葉がこすれ合う音も響いてこない。
大変、静かだった。
そして、このあばら家の中では、あきらかに許容量を超えた人間がひしめき合っているのに、沈黙が落ちているのはこれまた異様な光景であった。
あと、残りの二班の騎士達はまだじゃがいもを洗って、ニワトリと戯れているのだろうか。
よもや、井戸に落ちたり、ニワトリに突っつかれてしまい瀕死の状態ではなかろうか。主にニワトリの方が。
生きとし生けるもの、何かの命を犠牲にして生きていかなればならないのはわかっている。ただ、それが自分が大切に育てているにわとりならば、そんな綺麗事では済まされない。
などとサーシャは、一人考える。
あきらかに現実逃避だ。
ただ残念ながら、一拍置いてニワトリの元気な声を聞いてしまい、この思考は悲しいけれど終わりを迎えてしまった。
「……一先ず」
そう切り出したのは、一番最初に沈黙に耐え切れなかったサーシャだった。
途端に、アズレイトを始めとする騎士達がゴクリとつばを呑んだ。相変わらず縋る視線を向けたまま。
でもサーシャは、それを無視して空いている方の手で、テーブルを軽く叩く。
「一先ず、席に戻ってください」
「……はい」
叱られた犬のように、しゅんと肩を落としたアズレイトは、すごすごとサーシャの向かいに腰を下ろした。
ただサーシャが口を開く前に、彼は深々と頭を下げる。
「聖女さま、申し訳ございません」
「いやもう謝るのは、良いから。私に利点があるかどうかだけ教えてよ」
「いえそうではなく……その……」
何かを言いかけて口を噤んだアズレイトを見て、サーシャの眉がピクリと跳ねた。
まだ何か謝りたいことがあるんかいっ。
それは口に出したか、心の中で叫んだのか今一つわからなかった。
ただどちらにしても顔にはしっかり出ているようで、アズレイトは着席して5秒で再び起立をした。
「先ほどは不躾なことをしてしまい、申し訳ございませんでした」
……不躾とは、なんぞ?
サーシャの眉間に皺が寄る。
ぶっちゃけ出会って10分足らずで、もう数多のソレを受け取っているような気がするのだ。
具体的に言ってもらわないと、返答のしようがない。
ということは、アズレイトもちゃんとわかっていたようで、すぐにそれを伝えた。
「出会い頭に、聖女さまの腕を掴んでしまったことでございます」
「……ああ」
色々あり過ぎて、すっかり忘れていた。
サーシャはアズレイトに掴まれた方の腕を、ちょっとだけ持ち上げる。
手首よりちょっと下には、蝶の形によく似た痣がある。ただ蝶ではない。その羽根は花びらになっているから。
ちなみにこれはサーシャが生まれたときから、その腕に刻まれているもので、もうかれこれ18年という長い付き合いだ。
そして、これこそが聖女である何よりの証だったりもする。




