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 家......と言ったけれど、サーシャの自宅は森と見事に調和されたあばら家だった。


 藁葺き屋根には苔が生えているし、至るところから雑草がピョンピョン跳ねている。

 窓もがたつき、扉は毎度毎度ギィーギィーと美しくない曲を奏でてくれる。うるさいことありゃしない。


 築数十年、もしかしたら100年近く経っているそれは、原型が保てているのが奇跡と思えるほど、見事に小汚ない小屋であった。


 そんな貧乏くさい場所にイケメンは、嫌な顔するどころか恐縮した様子で食堂のテーブルのガタついた椅子に鎮座している。


 なぜ食堂かと言えば、この家には応接間などという小洒落たものは存在していないから。もちろん家の中も当然綺麗とは言い難い。


 ちなみに、サーシャをぐるりと取り囲んでいた10人ほどの騎士集団は現在、三つの班に分かれている。


 一つは、サーシャが落としてしまったじゃがいもを水洗いする班。

 もう一つは、裏庭にいるニワトリから卵を採取する班。 

 最後に、室内でイケメンを護衛する班。


 なので現在サーシャの自宅には、イケメンを含めて計4名のお客様がいる。


「とりあえずお茶でもいれましょうか」


 食堂と一体化している台所に立つサーシャは、ヤカンをイケメンに向かって振りながら、そう尋ねてみた。


「いえ、お構い無く」

「じゃあ、私だけいただきますね」

「......ご相伴にあずかります」


 ─── ったく、なら最初からそう言えよ。


 とサーシャはブツブツと心の中で文句を言いながらお茶の準備を始める。


 すぐに少し離れたテーブルから「申し訳ございません」とイケメンの声が聞こえてくる。また、声に出してしまっていたのだろう。


 でも、二度目のそれは耐性がついているので、動揺することはない。そ知らぬ顔をして、お茶の準備を続ける。


 ただ誘ってみたものの、自分のカップは当然あるけれど、来客用のカップなどこの家にあるわけ無い。


 サーシャは少し悩んで、戸棚をごそごそと探る。

 亡き母はずぼらな自分と違って家事を小まめにやる人だったので、使っていない食器は丁寧に洗って木箱にしまってあるはずだ。

 

 ただサーシャは残念なほど無精ものだ。

 目に付いた箱の中に、無地のカップが入っているのを見つけると、それ以上探すことはしない。一応、長年使っていなかった食器をそのまま使うことはしないで、洗ってあげる配慮はある。


「さぁ、どうぞ」


 トレーにお茶が入ったカップを乗せて、サーシャがテーブルに戻ると、イケメンはなぜかここで強張った顔をした。


 ─── え?なに?こんな武骨なカップじゃ飲めないっていうの?


 お茶をイケメンの前に置くサーシャの顔が引きつった。


「......ちょっと」

「はい。なんでしょう」


 イケメンは強張った顔のまま、サーシャに視線を向ける。


 埃が舞いうらぶれた室内が一瞬だけ絢爛豪華な宮殿に見えるほど、この男はくそムカつくほど顔が良かった。


「......っ」

「......あの、聖女さま?」


 文句を言わずに黙って飲めと怒鳴ろうと思っていたサーシャだったけれど、困惑した表情に変わったイケメンの破壊力は凄まじかった。震えるまつげが特に。


 サーシャは喉まで出かかっていた文句をぐっと堪えることになる。


「......ちっ」

「ええっ?!」


 悔し紛れに舌打ちをしたサーシャは、大急ぎで台所に戻る。そして床の戸棚から、でっかい壺を抱えて戻ってきた。


「ああ、もうっ。どうせカップは庶民すら使わないダサい磁器で、茶葉は三流以下だから飲みたくないんでしょ!?良いですよっ。言われなくても、わかってますよっ。でもね、このハチミツは一級品ですから!!」


 そう言って、サーシャは抱えていた壺をテーブルにドンっと勢いよく置いた。


 壺が重かったのか、それともサーシャの置く勢いが強すぎたのか、はたまたテーブルがぼろっちかったのかは不明だが、その拍子でカップに入ったお茶が、たっぷんと揺れた。


 幸いにも溢れることはなかったけれど、イケメンはちらりと壺を見てからこんな言葉を溢した。


「......わたくしは、そのようなことを一言も申してはおりません」


 カップからふわふわと漂う湯気に混ざって、イケメンのほとほと困り果てた声がサーシャの耳に届いた。  


「あっそう。じゃあ、なにが言いたかったのよ」


 ムスッとした顔を隠すこともせず、サーシャはイケメンを睨み付ける。


「......違う......違うのです。本当に......」

「はぁ?なにが?」


 同じ言葉を繰り返してがっくりと項垂れるイケメンを見つめながら、サーシャは自分のカップにハチミツを入れながら凄んだ。


 ついでにイケメンの後ろに控えている騎士たちにもお茶を勧めてみる。


 彼らは慇懃に礼を執り、カップを手にした。ただすぐには飲まない。どうやら、ハチミツを入れたいらしい。


「あー......もしかしてあなた様は、ハチミツもお嫌いでございましたか?そりゃあ失礼しました。───あ、騎士さんたちは、どうぞこれ使ってください。美味しいですよぉ。ちなみに、このハチミツは甘さ控えめで栄養豊富だから、多目に入れても大丈夫です」


 そう言いながらサーシャがハチミツ用の匙を騎士に渡せば、すぐに「恐れ入ります」と騎士たちは再び礼を取り、すぐさま意気揚々と壺に匙を突っ込んでいる。


 それをチラッと見てから、サーシャはイケメンに視線を戻す。相変わらず見目麗しいけれど、なにやら思い悩んでいるご様子だ。


「......えっと......あの......白湯でも入れましょうか?」


 最大の譲歩を口にした途端、イケメンは突如立ち上がった。


「違う違う、そうじゃないんですっ」

「じゃあなに?!まさか酒が欲しいとか!?んなもん、家にはないわよっ。飲みたきゃ、森を出て町に行ってきてくださいよっ。嫌よっ私、パシリに使われるのは!」

「違います!!」

「だから、なにが違うって言うの?!」


 プラチナブロンドの髪をぶんぶん揺さぶりながら訳もわからない主張を繰り返すイケメンに、とうとうサーシャの堪忍袋の緒が切れた。


 イケメンに負けじと、サーシャも声を張り上げる。

 立て付けの悪い窓が、その声量でガタガタと揺れている。

 少し離れた場所で、騎士達が「こりぁ美味い」とハチミツ入りの紅茶に舌鼓を打っている。


 ......もはやこの場はカオスだった。

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