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 それからサーシャは、一心不乱に残った料理を平らげた。


 不愉快だと食事の途中で席を立っても良かったのだが、食べ物には罪は無い。そして、見目麗しい料理を残す勇気はサーシャには無かったのもあって。


 でも、エカテリーナを始めアズレイトを除いた全員が、にこやかに王子の味見を進めてくるのはいただけない。


 文句の一つでも言いたい。だが、何か口を開いたら、その何倍も破壊力のある下ネタが返ってくるのは一目瞭然だった。


 だからサーシャは無言で食べる、食べる、食べる。


 そして全ての料理を残さず食べ終えてから、ようやっと口を開いた。


「ごちそうさまでした。お腹いっぱいです」


 料理も、種馬ネタも。


 そんなニュアンスを込めてここにいる全員に向け言い放つと、すたこらさっさと自室へと足を向けた。





 ド田舎暮らしで世間知らずのサーシャとて、どんなに広い王宮でも、日に何度も同じ場所を行き来すれば道順はさすがにわかる。


 なのにアズレイトは、ぴったりとサーシャの横にいる。相変わらず自身の腕にサーシャの手をねじ込んで。


「......あのう」

「なんでしょう、サーシャさま」

「一人で帰れるんですけど」

「ははは、サーシャさまを一人で歩かせるなど、言語道断でございます」

「ちょっと言ってる意味がわかんないけど、まぁ良いです。とにかく浄化の儀は明日だし、もう逃げ出そうとは思ってませんよ」


 王宮にいる間、アズレイトがずっと傍にいたのは護衛ではなく、監視だと思い込んでいるサーシャは、ぽつりと呟いた。


 途端にアズレイトの表情が曇った。


「......逃げ出したいことがあったのですか?」

「ええ。観劇の途中で」

「......恐れながら......不快なものでしたか?」

「いえ。ただ眠かったんです」

「さようですか」


 安堵と言えば少し違う息を吐いたアズレイトは、「実のところ、あれは、わたくしも少々苦手なものでした」とカミングアウトした。


 ちなみにその内容は、大変濃厚かつ複雑な恋愛劇であった。


 アズレイトと共に過ごして半月ちょっと。彼はいつ見ても整った顔立ちをしている。でも黙っていると何を考えているかわからないところがある。彼が言葉を発して、やっと何を考えているのか気づくこともしばしばあった。


 すぐに感情が表に出てしまうサーシャは、それがちょっと羨ましい。そしてちょっとだけ、感情が読めないアズレイトは、表情を出すのが苦手なのか敢えてそうしているのか疑問が湧く。


 でも、それを問う前に、サーシャの自室へと到着してしまった。


「じゃあ、そういうことでおやすみなさい」


 ねじ込まれていた自分の手をアズレイトの腕から引っこ抜いたサーシャは、ペコリと頭を下げて部屋に入ろうとした。けれども、


「あ」


 アズレイトは背を向けようとしたサーシャの手をつかんで引き留めた。そしてあろうことか、そのままサーシャの指先に口付けをしたのだった。


 互いの視線が絡み合う。

 アズレイトは物言いたげな目でじっとサーシャを見下ろしている。対してサーシャは、みるみるうちに赤面した。


「......アズ」

「サーシャさま」

「うん。アズ、あのね」

「はい。なんでしょうサーシャさま」


 アズレイトの声は余裕が無く、酷く掠れた声だった。


 けれど、今のサーシャはそれに気づくことができない。次に放たないといけない言葉が恥ずかしくて、言いたくなくて。でも言わなきゃと勇気をかき集めている最中だったから。


 そして瞬きを2回繰り返したあと、震える声でアズレイトに問いかけた。 


「指先にお料理のソースが付いてましたか?」

「……いえ」


 心底残念そうな顔で答えたアズレイトだったけれど、残念ながらサーシャはほっと胸を撫でおろしただけだった。


 そんなサーシャを見てアズレイトは苦く笑う。でもすぐに軽く首を振っていつもの表情に戻した。


「明日は浄化の儀です。もしサーシャさまが緊張で寝付けないのであれば、わたくしめがお傍に」

「ふあぁぁー」


 サーシャはアズレイトの言葉を露骨に欠伸で遮った。

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