5
それからサーシャは、一心不乱に残った料理を平らげた。
不愉快だと食事の途中で席を立っても良かったのだが、食べ物には罪は無い。そして、見目麗しい料理を残す勇気はサーシャには無かったのもあって。
でも、エカテリーナを始めアズレイトを除いた全員が、にこやかに王子の味見を進めてくるのはいただけない。
文句の一つでも言いたい。だが、何か口を開いたら、その何倍も破壊力のある下ネタが返ってくるのは一目瞭然だった。
だからサーシャは無言で食べる、食べる、食べる。
そして全ての料理を残さず食べ終えてから、ようやっと口を開いた。
「ごちそうさまでした。お腹いっぱいです」
料理も、種馬ネタも。
そんなニュアンスを込めてここにいる全員に向け言い放つと、すたこらさっさと自室へと足を向けた。
ド田舎暮らしで世間知らずのサーシャとて、どんなに広い王宮でも、日に何度も同じ場所を行き来すれば道順はさすがにわかる。
なのにアズレイトは、ぴったりとサーシャの横にいる。相変わらず自身の腕にサーシャの手をねじ込んで。
「......あのう」
「なんでしょう、サーシャさま」
「一人で帰れるんですけど」
「ははは、サーシャさまを一人で歩かせるなど、言語道断でございます」
「ちょっと言ってる意味がわかんないけど、まぁ良いです。とにかく浄化の儀は明日だし、もう逃げ出そうとは思ってませんよ」
王宮にいる間、アズレイトがずっと傍にいたのは護衛ではなく、監視だと思い込んでいるサーシャは、ぽつりと呟いた。
途端にアズレイトの表情が曇った。
「......逃げ出したいことがあったのですか?」
「ええ。観劇の途中で」
「......恐れながら......不快なものでしたか?」
「いえ。ただ眠かったんです」
「さようですか」
安堵と言えば少し違う息を吐いたアズレイトは、「実のところ、あれは、わたくしも少々苦手なものでした」とカミングアウトした。
ちなみにその内容は、大変濃厚かつ複雑な恋愛劇であった。
アズレイトと共に過ごして半月ちょっと。彼はいつ見ても整った顔立ちをしている。でも黙っていると何を考えているかわからないところがある。彼が言葉を発して、やっと何を考えているのか気づくこともしばしばあった。
すぐに感情が表に出てしまうサーシャは、それがちょっと羨ましい。そしてちょっとだけ、感情が読めないアズレイトは、表情を出すのが苦手なのか敢えてそうしているのか疑問が湧く。
でも、それを問う前に、サーシャの自室へと到着してしまった。
「じゃあ、そういうことでおやすみなさい」
ねじ込まれていた自分の手をアズレイトの腕から引っこ抜いたサーシャは、ペコリと頭を下げて部屋に入ろうとした。けれども、
「あ」
アズレイトは背を向けようとしたサーシャの手をつかんで引き留めた。そしてあろうことか、そのままサーシャの指先に口付けをしたのだった。
互いの視線が絡み合う。
アズレイトは物言いたげな目でじっとサーシャを見下ろしている。対してサーシャは、みるみるうちに赤面した。
「......アズ」
「サーシャさま」
「うん。アズ、あのね」
「はい。なんでしょうサーシャさま」
アズレイトの声は余裕が無く、酷く掠れた声だった。
けれど、今のサーシャはそれに気づくことができない。次に放たないといけない言葉が恥ずかしくて、言いたくなくて。でも言わなきゃと勇気をかき集めている最中だったから。
そして瞬きを2回繰り返したあと、震える声でアズレイトに問いかけた。
「指先にお料理のソースが付いてましたか?」
「……いえ」
心底残念そうな顔で答えたアズレイトだったけれど、残念ながらサーシャはほっと胸を撫でおろしただけだった。
そんなサーシャを見てアズレイトは苦く笑う。でもすぐに軽く首を振っていつもの表情に戻した。
「明日は浄化の儀です。もしサーシャさまが緊張で寝付けないのであれば、わたくしめがお傍に」
「ふあぁぁー」
サーシャはアズレイトの言葉を露骨に欠伸で遮った。




