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絢爛豪華な謁見の間には女王エカテリーナ。それと、いかにも感満載の杖を手にした魔導士と、衛兵が数人いる。
そしてアズレイトを始め皆、神妙な顔つきで3段上にいる女帝の言葉に耳を傾けている。
ただサーシャは、回りくどいエカテリーナの話に5秒で飽きてしまい、それっぽい顔つきでいるけれど、頭の中は他の事をつらつらと考えている。
例えば、玉座のすぐ下でチロチロとこちらに視線を向ける、白いお髭が喉まで伸びているお爺さん魔道士のこととか。
このお爺さん、意外にも頭の毛も真っ白でありながら草原のようにフサフサだった。
否が応でも、旅を共にしたお髭の騎士を思い出してしまう。もし仮に、このお爺ちゃんが魔法で毛根を活かしているのなら、是非ともお髭の騎士にもそれをかけてあげて欲しいと切に願ってしまう。
あと、女帝の髪色についても。
見事なプラチナブロンドであり、隣に立つ片側マントの王子様の髪は母親譲りなのだと知る。
ただアズレイトの髪が雲から差し込む陽の光だとすれば、この女性のそれはまるで稲光のようだった。
それにしても同じプラチナブロンドなのに、こうも与える印象が違うはどうしてなのだろう。不思議でならない。いや、それこそが王者の威厳なのかもしれない。
などと頭の中ではぐるぐると考え事をしてはいるが、エカテリーナの話は一向に終わらない。話が長い……長すぎる。
サーシャは、生真面目な表情を作りつつ、もう何度目かわからない欠伸を噛み殺した。
実は本日、王都の外れにある宿屋を夜明けと共に出発して、まだ朝の時間帯に王宮に到着したのだ。
アズレイトは馬車の中で寝てて良いとは言ってくれたが、やはり初めての王都。早朝でもとても賑やかで、その景色がちょっと物珍しくて。
おのぼりさんのサーシャは、ついつい窓に顔をへばりつけて見入ってしまったのだ。
だから結局、馬車の中では一睡もしていない。
そしてここに到着するまで、まぁまぁの出来事があったので眠いなどと感じる余裕はなかった。
けれどここにきて、良い感じに眠気が主張を始めている。どれくらいかというと、子供の癇癪より激しく、手が付けられないほどに。
あー……眠い。都会では目を開けたまま寝たり、立ったまま寝たりできる特技を持った人間がいると聞いたことはあるが、残念ながらサーシャはそんなものは習得していない。
だからいい加減、無駄に長い話はここいらで終わらせて欲しい。
と、サーシャがぐらんぐらんする頭で、強く願った瞬間、
「サーシャさまっ、聞いておられますか?」
アズレイトから吐息と共にそんな言葉を耳元で囁かれ、サーシャは飛び上がらんばかりに驚いた。だが気合で声を上げることだけは堪える。
そして肌に刺さる空気で、今自分が何を言わないといけないかは本能で悟った。
「も、もちろん……聞いてますよ」
真っ赤な嘘である。
サーシャは女王の話などこれっぽちも聞いていなかった。
余談であるが大抵「聞いているか?」と言われたら、なにかしらの質問をされ、その返事をせっつかれた場合に使われる言葉である。
そして本当に聞いている場合は、それなりの回答ができるもの。
でも、「聞いています」だけで終わる場合は、十中八九聞いていない。
仮にそんなやり取りが起こった時は、質問をした側は「じゃあ、今何を質問したか、ちゃんと言ってみろ」と相手を追い詰めるパターンとなる。
だがこの国を統べるエカテリーナは、そんな意地の悪いことはしなかった。
それは、数代前の女王が聖女を追放してしまってことに罪悪感を覚えているから、というわけではない。
寛容な性格ゆえ、その程度で激昂するほど狭小な器ではない、というわけでもない。
ただ単に、サーシャが話を聞いていなかった方が都合が良かっただけなのである。
そして「あーやべぇ」と露骨な顔をしているサーシャに向かい、にこりと笑みを向けた。女王らしい慈愛と威厳のあるそれを。
「聖女サーシャよ、そなたは、わらわの話を聞いた上で何も反論しないということは、同意したということで良いな?」
「う゛、え?……は、はい」
今更、聞き直すことが許されないサーシャは、狼狽えながらもコクンと頷いた。
瞬間、エカテリーナの目が細められ、その笑みが別の種類のものに変わる。
「ならば、儀式は3日後にする。それまでは、この王宮でゆるりと過ごされよ」
「はぁあああ?!」
サーシャは、思わず絶叫した。無駄に広い謁見の間に、品の欠片も無い声が響く。
けれど、誰一人表情を動かす者はいない。
つまりエカテリーナのだらだらと長い話の中に、このことも含まれていたということ。
なので、どれだけ声を上げたとしても、話をちゃんと聞いてなかったサーシャが悪いという結論になる。
だが国の未来を左右する火急の用件で、サーシャは王都まで来たのだ。のんびり王宮で過ごす時間など無いはずだ。はずなのだが……。
「あのう、一つ良いですか?」
サーシャはお行儀よく挙手をして、エカテリーナに発言の許可を求めた。
女王はちょっとだけ嫌な顔をしたが、許可を与えてくれた。
「あのですね女王様のお気遣いは嬉しいのですが、結界は刻一刻とヤバい状態に───」
「問題ない」
「いやぁ……あると思いますよ……」
「聖女サーシャ、王宮魔導士の力をなめるでない。ぬしが3日王宮で過ごすくらいは持ちこたえてみせるぞ───……そうじゃろ?ロガー」
ロガーと呼ばれた、魔導士のお爺ちゃんはすぐに「勿論でございます」と答えた。だが、涙目だった。言わされている感がビシビシ伝わってくる。
だがこれは反論の余地を許さない決定事項のようで、エカテリーナはこれで話はおしまいと言わんばかりに、すたこらさっさと退席してしまった。
そんなキングオブ暴君のような態度を取るエカテリーナであったが、それにはそれなりの理由があった。
ただそれがわかるのはもう少し後の事。




