表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/27

第九話 鏡色の小鳥

「ギュリィィィィイイ!」


 巨大芋虫が、切り倒した木を乗り越えて向かってくる。


「逃げるですよ、ルーンッ! 荷物は後にするですっ! あんなの、敵うわけないです!」


 アリスが走りながら叫ぶ。

 私はアリスとは逆方向、リシェルの許へと走った。


 このまま逃げれば、リシェルがあの化け物の餌食になってしまう。

 今のリシェルに、逃げる判断のできる能力があるとは思えない。


「馬鹿ルーン……!」


 アリスが口にし、足を止めた。

 背負っていた銃を構え、巨大芋虫へと向ける。


 ――ダン、ダァン!


 二連続で銃声が響く。

 銃弾は二つとも、綺麗に化け物の目玉を撃ち抜いていた。

 灰色の体液が噴射した。


「ギュリリリィ……!」


 巨大芋虫の、残った目玉が激しく震える。

 触手が苛烈に飛び回り、掠めた木を大きく揺らし、内の一本をへし折った。

 明らかに生物としての格が、人間とは全く違う。


「こっちです、バケモン!」


 アリスが別方向へと駆けていく。

 巨大芋虫は彼女を追って這っていった。

 リシェルを連れるため、遅くなる私を庇ってくれたのだ。


「……ごめん、アリス」


 私はリシェルを背負い、迷った後に、別の方向へと走ろうと思った。

 今私がアリスを追いかけても、あの巨大芋虫に追いついてしまうだけだ。


 時間を置いて、それからこの辺りでアリスを捜すべきだ。

 向こうも私を捜してくれるはずだ。

 もしも会えなくても、きっとアリスは目的地までの途中の道にある、目印の建物を捜すはずだった。


 だが、銃声に続いて、アリスの悲鳴が聞こえてきた。


「きゃぁぁぁぁぁっ!」


 あの巨大芋虫に、捕まったのかもしれない。

 私は足を止め、リシェルを降ろした。


「ごめん……リシェル、すぐに迎えに来るからね」


「かえり……おかえり……」


 リシェルは焦点の合わない隻眼で、ぼうっと宙を見ていた。

 私は《次元の杖》を手に、アリスの声がした方へと走った。


「無事でいて……アリス!」


 巨大芋虫の姿はすぐに見つかった。

 巨塊が這ってきた道に大きな溝を作り、蠢いている。

 相当怒っているのか、周囲の木が五本へし折られていた。


 近くにいるようだが、アリスの姿は見えない。

 代わりに、巨大芋虫の口の先で、真っ赤な血が目についた。


「アリスっ! ……こ、このっ!」


 私は屈み、近くにあった石を投擲した。

 巨大芋虫の尾に当たる。巨大芋虫はその巨体を大きく回し、こちらへと振り返った。


 すぐ前まで来て、その迫力に度肝を抜かれた。

 私は息を呑んだ。

 アリスは逃げきれなかった。

 巨大芋虫は、私達よりも速い。


 本気で逃げればどうなるかはわからない。

 ただ、それだと、アリスもリシェルも連れていけなくなる。 

 この巨大芋虫を、どうしかしなければいけないのだ。


 私は背を見せて逃げた。

 その後を、巨大芋虫が追ってくる。


 背後に目をやり、巨大芋虫の状態を確認する。

 九つの目の内、三つが潰れている。

 アリスが二つ潰したのは見たが、最後の銃声で三つ目を潰していたようだ。


 残り六つ潰せば、こいつは私達を見つけられなくなるかもしれない。

 でも、そんな方法はない。

 私はアリスのように銃を持っていないし、あれがあっても私には扱えない。


 だんだんと巨大芋虫が距離を詰めてくる。

 私は半身だけ振り返り、巨大芋虫の頭に《次元の杖》を向けた。

 夢のように、何か奇跡が起きるかもしれないと、そう思ったのだ。

 だが、《次元の杖》は何の変化も見せない。


「お願いっ! お願い、何か……!」


 そう願っている間に、足を地面に取られた。


「あぐっ!」


 当たり前といえば、当たり前だ。

 後ろに目を向けたまま、夜に走って逃げていたのだから。

 膝を派手に擦り剥くことになった。

 ……だが、今は痛みなど気にしている場合ではなかった。


「ギュリィィィ、ギュリィィィ!」


「お願いっ! お願いっ!」


 私は《次元の杖》を必死に振るう。

 だが、何も起きない。変わらない。

 私は倒れたまま地面を這って動き、木の背後へと回った。

 あの長い牙で噛まれたら、間違いなく一撃で殺される。


「ギュリィィィィイイイィッ!」


 身体に、強烈な衝撃が走った。

 私は宙に打ち上げられ、直後、地面へと叩きつけられた。


「はーっ、はぁ、はーっ!」


 息が、上手くできない。

 遅れて、巨大芋虫の触手にやられたのだと理解した。

 辛うじて首を上げると、身体が血塗れになっているのが目に見えた。

 足が、上がらない。

 恐怖のせいだろうか?

 それとも、どこが折れているのだろうか?


「ギュ……ギュ……」


 巨大芋虫が、無数の触手を揺らめかせながら、私へと迫ってくる。

 私は手で握っていた、《次元の杖》を巨大芋虫へと必死に構えた。


 そのとき、気が付いた。

 巨大芋虫の潰れていた眼が、それ自体が生き物のように激しく蠢いていた。

 肉のようなものが伸び、傷口が塞がっていく。

 再生しようとしているのだ。


 化け兎には、再生能力を持っていた。

 この芋虫にもそれがあるのだ。


「は、反則過ぎる……」


 唯一の勝機も、これで途絶えることになった。

 目を全て潰そうにも、次から次へと再生していくのだ。

 仮に全て潰そうが、少し時間が経てばすぐに視界が戻る。


「こんなの、どう足掻いたって……」


 私は震える手で、必死に《次元の杖》を巨大芋虫へと向ける。

 しかし、やはり、何も起きない。

 巨大芋虫が大きく口を開けて、私へと迫ってきた。


「い、いや、いやぁっ!」


 私は身体を起こし、この場から逃れようとした。

 手に大きな衝撃が走り――直後、身体を鋭い痛みが貫く。


 私は地面を転がった。

 既に私は死んだのかと、そうも思った。

 だが、まだ生きている。


 しかし、私は血塗れだった。

 血が流れたせいか、視界が霞む。


「ギィィィィイイイイッ!」


 巨大芋虫が吠える。

 ぼやけた視界に、巨大芋虫の身体が激しく怒りに揺れているのと、《次元の杖》が巨大芋虫の体液に塗れているのが見えた。


 なるほどと、私は頷く。

 どうやら巨大芋虫は、私が縦に構えていた《次元の杖》を、上下の牙で噛んでしまったらしい。

 それで口に引っかかる形になって、私を喰らい損ねたのだ。

 腕の衝撃は、どうやらそれらしい。


 私は巨大芋虫に《次元の杖》を向ける。

 特に考えて腕を上げたわけではない。

 靄が掛かった視界と思考の中で、ただなんとなく《次元の杖》を持ち上げたのだ。


 その動きは、思考するよりも早かったかもしれない。

 ただ、これを使ったら危機を逃れられるはずだと、身体が知っているような、そんな感じだった。


 光の文字列が、周囲に走っていく。

 いや、私が《次元の杖》の力で浮かべているのだ。

 考えてやっているわけではない。反射のようなものだった。

 私は《次元の杖》が文字列を浮かべるのに遅れて、なんとなくその文字列の意味を理解していた。


 これは、私達の世界と、上位次元の世界を繋げる、そういう数式なのだ。

 上位次元の力を限定的に借りて、この世界に上位次元の法則を持ち込む。

 それがこの《次元の杖》という兵器なのだ。


 私の頭の上で、空間が直線で裂けた。

 そうとしか表現できないような現象が起きた。


「ギィィイイイイイッ!」


 巨大芋虫が大きく口を開け、今度こそ私を丸呑みにしようとする。


「死んじゃえ」


 私は《次元の杖》を振り下ろす。

 裂け目から一匹の鳥が現れた。

 その鳥は夢で見たのと同じく、全身を鏡で覆われているかのような、奇抜な外観をしていた。


 すぅっと、吸い込まれるように巨大芋虫の口の中へと入っていく。

 そして巨大芋虫の大きな頭が破裂した。

 まるで内部から削り取られたようで、千切られた巨大芋虫の肉の断片が、私の周囲に降り注いだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

同作者の他小説、及びコミカライズ作品もよろしくお願いいたします!
コミカライズは各WEB漫画配信サイトにて、最初の数話と最新話は無料公開されております!
i203225

i203225

i203225

i203225

i203225
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ