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第八話 森を這う恐怖

「ああああああっ! 近づいて、来ないでよっ!」


 私は《次元の杖》を大振りしながら、接近してくる異形の虫を牽制する。

 森を移動している中、子供くらいの背丈のある、巨大な芋虫が襲い掛かってきたのだ。

 《次元の杖》の先端部が、芋虫の頬をひっぱたく。


「おびゅっ、びゅっ!」


 鳴き声なのか、殴られた際に空気が噴出した音なのか、芋虫は奇怪な音を立てた。

 私が気を引いている間に芋虫の背後に回り込んでいたアリスが、その後頭部に銃口を突き入れた。

 芋虫の頭が地面に固定される。

 その隙に私は、振りかぶった《次元の杖》で芋虫の背を引っ叩いた。

 芋虫の身体が大きく曲がり、脚が激しく蠢く。


「ああああぁああっ!」


 私は何度も何度も、芋虫の背を叩いた。

 芋虫は口からクリーム色の液体を吐き出し、その内に動かなくなった。

 私は安堵して腕を止め、それから遅れて吐き気が襲い掛かってきた。


「う、うぷ……」


 私が口を押えている間、アリスはケロっとした表情で、服の袖で汗を拭っていた。


「アリスは強いね……」


 私は思わず呟く。


「でも、撃ち殺したらよかったんじゃ……」


「駄目です。あの廃墟を漁っても、銃弾は三十発しかなかったです。こんな雑魚に使っていられないです」


 確かに、それはその通りだった。

 前に私を襲った化け大兎は、アリスが三発も頭部に銃弾を撃ったのに死ななかったのだ。

 あの化け物が出てきたときに銃弾がなければ、きっと私達は殺されてしまうだろう。


 ちなみに、私とアリスが化け芋虫と戦っている間、リシェルは離れたところで木に凭れ掛かってぼうっとしている。

 またいつもの、同じ言葉を繰り返していた。


 リシェルのできることは、食事があれば食べて、手を引けば歩く、それくらいだ。

 後はずっと、呻いているか、私かアリスの名前を呼ぶ、くらいなのだ。

 目だって合わせてくれない。


「アレがいなければ、逃げることもできたです」


 アリスはリシェルを睨み、そう呟いた。


「……で、でも」


「わかってるです。ボクは、ルーンの我儘に従うことにしたですから」


 アリスは目を細め、はぁ、と溜息を漏らす。

 ……アリスは、本当にリシェルを連れて行きたくないらしい。


「どうするです、その虫?」


「えっ……」


「食料にはなるです」


 私はアリスの言葉に、今殴り殺した虫へと目を向ける。

 虫の吐瀉物へと目が向き、私はすぐに顔を逸らした。

 ……無理だ。こんな、見ているのも悍ましいものを口にするなんて。

 私は口許を押さえる。


「でも、そういうのしかないですよ、きっと。いえ、マシな方かもしれないくらいです」


「……今は、置いていこう。この先なかったら、諦めるとして……」


 諦めがつくかどうかは、わからないけれど……。


「アレの餌にしても、いいと思うです。どうせ、何を口にしてもわからないです」


 アリスが、リシェルを銃口で示す。


「……駄目だよ」


 私が言うと、アリスはまた溜息を吐いた。


 少し休んでから、私達はまた歩き始めた。

 私は廃墟から見つかったベルトを継ぎ接ぎしたもので大杖を自分に括り付けるように背負っている。

 それで空いた手で、リシェルの腕を引いている。


 アリスは古ぼけた地図に目を落としていた。

 これも廃墟を漁って見つけたものだ。


 この地図のお陰で、私達は北がどちらなのかを知ることができたのだ。

 この廃墟周辺らしき地形や、森が書かれていた。


 そしてこの森を北に進み続けて抜けた先に、赤いバツ印が書かれていた。

 もしかしたら、ここにその人物とやらがいるのかもしれない。

 途中の道には、建物を示すようなマークと、湖のような絵があった。


 出発してから、もう半日が経過していた。

 既にかなり暗くなっている。


「ルーン……そろそろ、休眠を取りましょう」


「……そうだね」


 かなり疲れてきた。

 暗くなれば、それだけ地形に足を取られて疲労しやすいし、怪我にも繋がりやすい。


「地図だと、どれくらいかなぁ、何日くらいで抜けられそう?」


 アリスが首を振る。


「だいたいの距離を測れればとはボクも思っていたのですが、地図が大まかすぎて、よくわからないです。縮尺にあまり気を遣ったものではなさそうです」


「そうだよね……」


「せめて地図に書かれている、建物や湖が見つけられれば、大体の予想は立てられるですが……」


 話し合って、ひとまず私が先に休眠を取り、アリスが見張りをすることになった。

 寝ている間に化け物に襲われてもおかしくはないのだ。


 私はリシェルを横に寝かせ、小さな毛皮をお腹の上に掛ける。

 私もそのすぐ近くで、木の幹に凭れて毛皮を身体に掛けた。

 あまり大きな毛布を持って運ぶ余裕はなかったのだ。


「ごめんね……私が先に休んじゃって」


 私はアリスへと謝る。


「後で寝るだけです。疲れているとは思うですが、あまり熟睡はしないでください。夜は、危険な化け物が活発化しているのかもしれません」


 確かに仮説だが、そういう話があった。

 私は頷く。

 もっとも、今の状況で熟睡ができるとも思えないが……。

 疲れてはいるが、土の上も木もごつごつするし、夜の冷たい空気が肌に刺さる。


 目を閉じる。

 あの化け兎と、化け芋虫の姿が頭を過ぎった。


「……明日も、あんな化け物と戦わないといけないのかなあ」


 瞼の裏に浮かぶ化け芋虫が、脚をくねらせ、悲鳴のような音を洩らす。

 私は小さく溜息を吐いた。

 嫌がるアリスを巻き込んで、こんな危険で不気味な旅を続けて、本当に報われるときは来るのだろうか。


 そのとき、ズゥウウンと音が響いた。

 まだ眠っていなかった私は、すぐに目を開いた。


「ルーンッ!」


 アリスが私を呼ぶ。


「ま、まだ起きてるよ! 一体、何が……」


「わからないです! でも、とにかく逃げないと……!」


 そのとき、遠くからミキミキという音が聞こえてきた。

 続いて、離れたところにある木が倒れる。


 その奥には、私達も遥かに大きい、巨大な芋虫の姿があった。

 木を押し潰さんがばかりの巨躯だった。

 大きな口には、それだけで子供の背丈くらいはありそうな長い牙が生えていた。

 あれが、木を噛み潰したのだ。


 顔には眼球のようなものが十前後偏在しており、奇妙な触手のようなものがたくさん伸びていた。


「ギュッ、ギュリ、ギリリイリィ!」


 眼球が激しく振動する。

 どうやら私達を見つけたようだった。

 化け物が、口から大量の唾液を巻き散らす。

 地面からジュウと音がして、白い煙が上がる。


 前の兎や、昼に見た芋虫どころではなかった。

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