第二十二話 真相と最悪の動機
私は木の根のようなものに蹂躙されたリシェル達の死体へと目をやり、それから白面を睨みつけた。
「……私は、リシェルを治して欲しいんです。それは、できるんですか、できないんですか?」
白面は肩を震わせて笑った。
「フフフフ、だから言ったじゃない。それは、ただの、同じ言葉を発する玩具よ。それの脳みそを、すっかりまともなものと取り換えてやることはできるわ。それをお望みかしら? その後、脳以外を替えることもお勧めするけど。その肉体も、治療するより入れ替えた方がずっと楽よ」
最高の冗談を口にしたとばかりに、白面は満足げな様子だった。
脳も身体も入れ替えているのなら、それは完全に別のものだ。
「……そんなの、リシェルじゃありません」
「愚かね。なら、どこまでそれを使ってやれば、リシェルだと言えるのかしら? そもそも貴女が言っているのは、人形に心を持たせてほしい、なんてくらい乙女チックなものなのよ。外から持ってきてつけることはできるけど、人形自体の心じゃないとダメなんて、滅茶苦茶なことを言っているとわからないの?」
白面は楽しそうに口にする。
「……ルーン、こんな奴と会話をしても仕方ありません。もう、ここを出るです」
アリスが私へとそう言った。
私は首を振り、一歩白面へと近づいた。
諦めるのは後でもできるはずだ。今はまだ、そうするべきじゃない。
「……人間そのままじゃなくてもいいです。でも、今のリシェルが、今のリシェルのままで、少しでも人間らしく生きられるようにしてあげてください」
私は白面へと頭を下げた。
「ルーン……本当に、リシェルのことが大事なのですね」
白面は、遂に大きく声を上げて笑い出した。
「ふふ、ふふふっ、あははははは! だから、無理なものは無理なのよ。ああ、おかしい。それがどれだけ馬鹿なのか、貴女は散々に知っているはずよ? どれだけ必死に世話を見ても、いくら命懸けで庇おうとしても、それは貴女のことを視認する能力だってまともにないの! 目を合わせてきたことだってないでしょう? そもそも、貴女が見ていたのは全て夢のリシェルよ。貴女の記憶にある、終末戦争のリシェルなら、私がさっき、あんなにいっぱいここに出してあげたのに、貴女はいらないっていうから! それに拘る理由が、どこにあるっていうのかしら? 本当に貴女は馬鹿なのねえ!」
私はリシェルの手を強く握った。
「……私が、リシェルを大切に想っているからです。それ以上、理由が必要なんですか?」
白面は答えず、笑い続ける。
私は唇を噛み締めた。
この女にはきっと、人間らしい感情というものが何ら残っていないのだ。
「貴女は一体……私達にとって、なんなんですか! どうしてこんなことをしたんですか! 何がしたいんですか!」
私は怒りのままに叫んだ。
感情一つで、自分の蘇らせた命をあっさり殺せてしまう白面が、一体何の目的があって、私達にこんなことをしていたのか。
私が叫ぶと、白面は笑い声を止め、体の動きを止めて大人しく椅子に座った。
「嫌ね……これは私の、善意のようなものなのよ」
「善意……?」
おおよそ白面の言動とは正反対であるだろう言葉が、彼女の口から出てきた。
「ええ、そうよ。終末戦争で、貴女達三人は、本当に仲のいい友達だったの。でも、戦争で離ればなれになっていったわ。命の価値が低くく、いくらでも代わりのいた歩兵。当時、司教の製造実験の材料として白羽の矢が立っていた騎士のリシェル。そして蘇らせるのに莫大な費用と技術が必要な女王。この三人が、長く一緒にいられることはなかったわ」
白面が語り出す。
私とアリスは各々に武器を構えながら、彼女の言葉を聞いていた。
白面は不気味で、何をしでかすかわからない相手だった。
だが、それでも、私達は私達の出生を、その意味を、知りたかった。
「……だから、私が作ってあげたのよ。戦争の記憶を持っていない、幸せな森奥の家で暮らす、そんな夢の中で完結した三人を、ね?」
白面はそう言い切った。
続きがあるのかと思ったが、そこまでだった。
「なに……それ? 作って、あげた?」
「ええ、そうよ。だから、感謝こそされても、恨まれる覚えはないの。楽しかったかしら?」
「幸せな、森奥の家で暮らす三人組って……滅茶苦茶じゃないですか。リシェルはこんな状態だし……アリスなんて、夢も見せられていなかった。ずっと辛い状態で、私の世話ばっかり見させて……それの、何が幸せな夢だったの?」
全てが破綻している。
そもそも、厳密には蘇生でなくただのコピーという話だったはずだ。
それならば、最早死者を生き返らせて幸せにする、その行為自体が無意味で無価値だ。
白面は、とんとんの自分の額を叩く。
「そう、それね。そこは悪かったわね。でも、今はこんな時代だから、蘇生に使う素材も結構貴重なのよ。だから、失敗作だからって廃棄せずに使おうって、そう思ってたの。そういう組が、一つくらいあっても、まぁいいかなって。ただそうなると、調整役が必要になっちゃったの。それに、アリスになってもらったのよ」
ちょっと身勝手だったかしら、なんて軽々しく言って、白面はアリスへと顔を向けた。
「……は?」
白面の言葉を聞いて、寒気が走ってきた。
聞き返しはしたが、最早、これ以上私は、白面の胸糞悪い言葉を聞きたくなかった。
「わからなかった? ええ、何度も並行させながら、繰り返してるの。ここを中心に、貴女達みたいな三人組を作って。皆に夢を見せて、幸せな日常を送らせてあげているの。凄いことだと思わない? ここの近くにね、完全に幸せな状態の貴女が、何組も存在するの。どう? 貴女達がどんなに非業の死を遂げても、他の貴女達が願いを継いでいてくれているのよ。貴女がどうなっても、どこかに、幸せな貴女が存在するの。それって、救いだと思わない?」
こいつは、どれだけ私達を冒涜し、弄べば気が済むというのだ。
規模が大きすぎて、意味がわからない。
「だったら……ねぇ、どうして……私達を呼んだの? こんなこと、する理由が……!」
白面が顎に手を当て、考える素振りを見せる。
「たまにいるのよ、私の不手際で、やっぱり可哀想だって子がね。それで、彼女達は度々、何かを渇望するの。だから私は、それに答えてあげたい。でも、全てを叶えていても、きりがないでしょう? だから私は、条件を出すの。私が同中に障害物を設置する。貴方達が私の元まで辿り着けたら、私は願いを叶えてあげる」
「まさか……! うぶっ……!」
私は口許を押さえた。
喉の奥に、酸っぱい感覚があった。
吐き気が込み上げてくる。
湖であった偽者の三人組は、白面の仕掛けた障害物だったのだ。
だが、肝心なのはそこじゃない。
「あの三人は、別の三人だったんだ! 別の地点で作られて、貴女に夢の中で飼い殺しにされていた、別の私達だったんだ!」
「あら……今気が付いたの?」
白面は、淡々と口にする。
こいつの言うことは、聞けば聞くほど理解できない。
同じ人間だと思えない。
やはり《次元の杖》は、人の手に余る兵器だったのだ。
生き死にの境界を破壊して自由に制御するこの超兵器は、人間から一切の倫理を奪うことに成功していた。
「そんなことする意味なんて、なかったはず! どうして! 願いを叶えるなら、そんな試練を課す意味なんてない! ましてや、私達を衝突させる必要だってない!」
白面は腕を組んで、考えるような素振りを見せた。
私を馬鹿にしているのかと思った。
だが、すぐに違うと気が付いた。
「強いて言えば、暇潰しかしら? 私ね、終末戦争中に加齢が止まって、戦争を六十年、その後の世界を八十年生きてきたの。手に入れようとしたものは、この杖さえあればなんだってすぐに手に入る。色んなことに飽いてしまったの。だから、貴女達を幸せにしてあげようとしている一方で、たまにちょっと変わった趣向が欲しくなるのよ」
私の頭の中で、何かが切れた。
白面……白の魔女は、化け物なんて生易しいものではなかった。
もっと強大で、大きい何かだった。
人間を滅ぼすための大掛かりなシステムのような存在だ。
それは最早、神と呼んでも差し支えはないのかもしれない。
私達を蘇生するために、百人以上の人間が犠牲になったのではないかと悩んでいた。
違った。百なんて軽い数字で済むわけがない。
こいつはきっと、今なお何千人、何万人を殺し続けているのだ。
なぜ、あの森が人の骸で溢れているのかわかった。
あれは白面が蘇生のために殺した残骸だったのだ。
文明がなくなり、負の遺産である化け物で溢れたこの世界で、今も白面は大量殺人を繰り返している。
終末戦争が世界を滅ぼしたんじゃない。
白面のような王女が世界を滅ぼしたのだ。
白面は、この世界にいてはならない存在だった。
「まさか、リシェル不在の貴女達がここまで来るなんてね。ふふふ、とても楽しい見世物だったわよ。貴女の願いは一度聞いてあげて、それを一方的に台無しにされちゃったけれど、貴女達二人は、私は気に入っているつもりなのよ。サービスで普通のリシェルをあげて、その出来損ないは回収して……今度こそルーンとアリス、二人ともに幸せな夢を見せてあげるわね」
「ふざけないで……」
私は《次元の杖》を握る手に力を入れた。
「私達は、この三人で貴女の支配から逃れる! それを願いにしろ! 私達はもう、何一つだって貴女には縛られたくない!」
「あらあら、逃れてどうするの? そんなことをしても、この世界には永遠の死の大地が広がっている。それだけよ」
白面がクスクスと笑う。
「それに、願いは一つよ。私は貴女の要望に、最大限の形で答えてあげた。だから、それでお終い。それに……貴女達二人は、他のルーンとアリスより、ずっと面白いわ。まさか、あの旅の中でそんなに強く成長するなんてね。アリスもさすがね。敢えて夢を見せなかったことで、それが強い使命感に繋がったのかしら? 貴女は、すぐ泣いて、ルーンに縋ってばかりで、そんなに強い子じゃなかったのに」
「私達を、知ったように語らないで!」
我慢の限界だった。
それに、要望が通らないなら、やることは決めていた。
ここで私が死んだって、ルーンが死んだって、それでもこの外道だけは道連れにしてやる!
私は周囲に数式を浮かべる。
「あらあら、可愛いことね。でも、私から見てみれば、そんなものはただのお遊戯なのよ」
白面は数式を見ても、余裕振った態度を崩さなかった。
私の頭上から、四羽の《鏡色の小鳥》が飛んだ。
過去最高数だった。
四羽……これなら、完全に白面を囲める!
私が知識として知っていることがある。
《鏡色の小鳥》は、指定範囲を高次元空間と重ねて消し飛ばす攻撃である。
故に、一切の防御は意味をなさない。
どれほど強固な守りを作っても、この小鳥の前ではただ抉られるだけなのだ。
だからこそ勝機はある。
不意打ちでも、当たりさえあれば、かつて世界を終わらせた白の魔女であっても、殺すことができる。
「ふふ、素晴らしいわ、ルーン。四羽も出せるルーンは久々よ」
「お前なんかのお人形になるのは、これまでです!」
小鳥に合わせて、アリスが銃弾を放った。
白面の姿が、突然数式の塊のようになった。
光る文字列が分散し、宙に溶け込むように消えていく。
四羽の小鳥が破裂した。
地面が大きく削れていく。
そこに次々に、銃弾が飛来していった。
土煙が上がっていく。
視界が明ける前に、背後から声が聞こえてきた。
「私に勝てると、本気でそう思っているのかしら?」
私とアリスは、急いで振り返った。
視線の先には白面が立っていた。
「ふふふ、いいわ。ゾクゾクしてきちゃった。私、こういうのも嫌いじゃないの。最高の暇潰しよ! せいぜい、少しでもこの私を楽しませて頂戴」




