第二話 ルーン家の家事事情
私達の家は、草原の続く丘の上にある。
煉瓦の積まれた、品のいい色彩の、私達では持て余すくらいにちょっと大きな家だ。
もうずっと、私達はここで生活をしている。
近くで狩りをして獣の肉を取って来て、料理をして、お散歩して……そんなことをしている間に、今日もまた日が沈むのだ。
そこには何の不満もない。
ないけれど、たまにちょっとだけそれが退屈に思えたりして。
家の遠くまで冒険したくなるような、そんな気持ちに襲われる。
「ねえ、ねえ、アリス、今度、その銃を私に貸してよ! 私もそれで、鳥さんを撃ちたい!」
「ルーンなんかがこれを撃ったら、反動で肩が吹き飛ぶですよ」
「うっそだー! だってアリス、小っちゃくて可愛いんだもの」
「……次にそれを口にしたら、ルーンの頭の方を吹っ飛ばして、ボクより小さくするですよ」
そんな馬鹿話をしながら、私はアリスと共に家へと戻った。
「ただいまーっ!」
私は声を張り上げる。
「おかえり、ルーン、アリス。狩りはどうだったんだい?」
よく聞こえる、はっきり通った、ちょっとだけ女の子にしては低い、格好いい声が聞こえて来た。
「返事はありましたですか?」
「うん! おかえりって!」
「そうですか。ボクは耳が遠いので、助かるです」
アリスは無表情でそう口にする。
アリスの銃は、凄く大きな音がする。
耳が悪いのはそのせいだろうか。
二人で話しているときは問題ないのだけれど、三人で話しているとアリスはよく聞き逃しをする。
私を銃から遠ざけたのも、それが原因……?
「ほら、早く行くですよ。リシェルが、待ってるです」
「う、うん!」
私は頷いて、アリスの後に続く。
居間では、いつもの位置にリシェルが座っていた。
端正な顔つきの彼女が、部屋に入ってきた私を見て、男の子っぽく笑って見せる。
「おかえり、ルーン、アリス」
「た、ただいま、リシェル」
……同性だというのに、そんな彼女に私はちょっと照れを感じてしまう。
実際、リシェルは容姿が中性的なだけではなく、言動も本当に格好いいのだ。
私だって、何度彼女に助けられたものか。
この前だって……この前だって……。
……えっと、いつだったかな?
「狩りはどうだったんだい?」
「あ、ごめん、ごめん! 私はお昼寝しちゃってたんだけど、でもでも、ほら! アリスが、こんなに大きな鳥を……!」
アリスを手で示そうとしたが、彼女が部屋にいない。
「あれ……? アリスー! アーリスー! 小っちゃいから、目を離したらわからなくなっちゃう……」
「次に言ったら足から下をぶっ飛して、ボクより小っちゃくするですよ」
別の部屋から声が聞こえて来た。
アリスは、既に調理場にいるようだった。
「あー! アリス、リシェルに鳥さん、もっと見せてあげてよ!」
「リシェルも完成した料理の方が見たいに決まっているです」
「も、もう、気が早い……。リシェルにも、まるまる太った可愛い鳥さん、見せてあげたかったのに……」
「あはは……」
リシェルが私は気にしなくていいよ、というふうに笑う。
アリスが鳥を解体してくれている間、私は暖炉に火をつけることにした。
私は暖炉の前に屈み込み、懸命に火打ち石を打ち鳴らす。
「ふっ! ふっ! ふうっ!」
だ、駄目だ……全然つかない……。
昨日はすぐについたのにな……。
「とっとと火をつけて、ボクを手伝ってほしいです」
アリスの声がする。
「すぐっ! すぐに行くから! 私の実力、見せてあげる!」
「……見せなくていいので早めにお願いするです」
「ふうっ!」
「できたら報告してほしいです」
「ふうっ! あっ、火花ついた! でもすぐに消えた!」
「言い方を変えましょう。できるまでは報告しないでほしいです」
辛辣なアリスの言い分に、リシェルが笑う。
私は頬を膨らませて、必死に火打ち石を鳴らす。
「早く……つかないかなぁ」
「ルーン、着火しやすいところを探すんだ。すぐ息を吹きかけるのを忘れるな。もう少しだけ、暖炉に近づいてやった方がいい。でも、決して怪我はしないでおくれよ」
リシェルはそう言って、私に助言をくれた。
「はいっ! リシェル師匠!」
私は景気よく答え、がっちゃがっちゃと火打ち石を鳴らす。
だが、まるで成功する兆しが見えない。
なんだかヤケクソになってきたかも……。
「はぁっ! はあああっ! つうう!?」
雑にやっていると、指が思いっきり挟まれた。
痛い、痛いというか、もう熱い!
「リシェル~指千切れたぁ~……舐めて消毒して……」
私が泣き言を漏らして床でじたばたしていると、ムッとした顔のアリスが私を見下ろしていた。
そのまま屈み、私の手をとって、怪我の残る指に噛みついた。
「痛い痛い痛い! 本当に千切れる!」
「ふはへへないへ、ほっほほはっへふははい!」
「噛みながら喋らないで!」
「あははは……」
リシェルが困ったように笑う。
その後も私は、必死に火打石を鳴らしていた。
……結局、料理の準備を終えたアリスが私の元へとやってきた。
「……もう、いいです。ボクにとっとと貸しやがれです」
「はい、アリスせんせぇ……」
アリスは、暖炉の前でガンガンと火打ち石を打ち鳴らす。
小柄な身体からは想像もできない力で石と石をぶつけていく。
これなら、すぐに火がつきそう……!
半刻後……。
「ぜぇ、ぜぇ……アリスせんせい……進捗は……」
「ぜぇ……ボクは、ぜぇ、三回付きかけました……」
……全く進んでいなかった。
私とアリスは、二人で並んで暖炉に頭を押し込み、必死に火打石を鳴らしていた。
「アリスせんせぇ……今日はきっと、駄目な日なんです。銃弾の火薬を使うのはどうでしょう……?」
「バカ言わないでほしいです……。銃弾を見つけるのも、そう簡単じゃないです」
結局、火をつけたのは私だった。
よかった……これでアリスが火をつけていたら、本当に私は今日お昼寝しただけになってしまうところだった。
アリスが暖炉で用意していたシチューを温めて、私達に分けてくれた。
「ありがとうアリスぅ……私、将来はアリスをお嫁さんにするね」
私はアリスの小柄な身体を、背後から抱き締めた。
「ぶ、ぶっ飛ばすですよ!」
アリスが私を振り返って睨みつける。
少しだけ顔が赤くなっていた。
私はアリスから腕を放して、今度はリシェルへと抱き着いた。
「そんで、リシェルをお婿さんにするー!」
「こらこら、ルーン」
リシェルが困ったように笑う。
「……本気でぶっ飛ばすですよ」
アリスが、背負っている銃を無表情で私へと構えた。
「ス、ストップ! ストップ! それは駄目! 本当に洒落にならないからっ!」