第十八話 偽者
「……偽アリスが前に出てて、その少し後ろに偽者の私がいて、それを偽リシェルが守ってるみたい」
私は《空の瞳》で確認した状況を、アリスへと伝える。
……しかし眺めていると、私達のようで、私達ではない、歪なものを感じる。
なんだか私達よりも、ずっと好戦的にも見える。
《次元の杖》でコピーした何かであるならば、もっとそっくりそのままでなければおかしいのではなかろうか。
見ているだけで、汗が垂れてくる。
「他になにか、気になったことはないですか?」
「向こうは、こっちを警戒してる。銃で撃たれかけたのを嫌がってるみたい。……それで、偽者の私は《空の瞳》を持っていないみたい」
敢えて使っていない、ということはないだろう。
この状況で使わない道理はない。
「なるほど……?」
アリスも相手のちぐはぐ具合に、少し違和感を覚えたようだった。
「だから……こっちから撃てば、先手は取れると思う……」
本当に、殺していいのだろうか。
嫌な予感を覚えながら、私はアリスへと言った。
アリスは少し考える素振りを見せた後、口を開いた。
「……偽リシェルと、偽ルーンを直線で捉えられる位置が欲しいです。できるですか?」
「え……う、うん、できなくはないけど」
今なら、まだ移動は間に合うと思う。
「……隠れて誘き寄せて、姿を見せると同時に相手を減らすです。こっちは、まず直線攻撃で偽リシェルを狙うです。偽リシェルは、きっと対応してくるはずです。その背後にいる、偽ルーンを撃ち抜くです。偽ルーンの強みは、《次元の杖》だけです。銃弾には一番弱い」
私は嫌な予感を押し殺して、頷いた。
この勝負は一瞬になる。
私の《鏡色の小鳥》も、アリスの銃弾も、騎士の剣も、受ければその時点で致命打になる。
刹那の気を抜けば、私もアリスも簡単に詰んでしまう。
だからこそ、容赦はできない。
私とアリスは木の陰を移動した。
向こうは、《空の瞳》を警戒さえしていない。
随分と迂闊な動きに思える。
まず、偽アリスが現れた。
首を振って、私達を捜している。
後に続いて、偽リシェルが現れる。
まだ、待たなくてはならない。
偽リシェルを追って、偽者の私が頭を出した。
アリスは、偽リシェル目掛けて銃弾を放った。
偽リシェルは少し驚いたようだったが、横へと移動して回避した。
刃で斬り捨てにくい、絶妙な位置だった。
偽リシェルは、銃弾を斬れる。それは事前にわかっていた。
だからこその、腰下を狙った銃弾だった。
偽リシェルは、回避してから顔を青くしていた。
銃弾は偽ルーンの腰を撃ち抜いた。手から《次元の杖》が離れ、偽ルーンはその場に倒れた。
土の上に血が広がっていく。
「……ルーンを撃つのは、あんまり良い気がしないです」
アリスがぽつりと呟く。
私も偽者でも、自分が撃たれるのは嫌な感覚だった。
しかし、これで三対二を、二対二にできた。
圧倒的な不利は薄れた。
できれば偽アリスか、偽リシェルを仕留めたかったが、歩兵である偽アリスは頑丈だ。
頭を撃ち抜かれれば死ぬはずではあったが、しかしそれでも、確実に数を減らしたかった。
偽リシェルも、偽アリスも、顔面が蒼白になっていた。
偽アリスは、偽ルーンの許へと一瞬引き返そうとしたが、すぐにこちらを振り返り、銃口を向けてきた。
「ぶっ殺してやるです!」
偽アリスが叫ぶ。
私が見たことがない、アリスの本気で激怒した表情だった。
言葉とは裏腹に、怒りよりも哀しみの方が強く出ていた。
確かに私達は今、感情を持っている人間を殺したのだ。
司教を殺したときとも異なる、そういう取り返しの付かない実感があった。
銃弾が連射される。
私とアリスは、木の陰に身体を隠した。
白化している木が、偽アリスの銃弾を受けて砕かれていく。
「無駄遣いはしたくないですが……そっちがその気なら、こっちも応戦してやるです!」
アリスは銃口を外に覗かせ、偽アリスへと撃ち返す。
相手もまた、木の陰に跳んで攻撃をやり過ごしていた。
一方的に撃たせていれば、私達を守る木の盾がなくなってしまう。
……いや、それより恐ろしいのは、偽リシェルだ。
偽リシェルも駆けてきている。
表情がない。だが、怒っていることだけは疑いようがなかった。
偽アリスが乱射してくるせいで、私達はこの木からまともに移動できない。
偽リシェルは愚直に銃弾を撃っても、どうせ当たらない。
騎士の間合いまで詰められれば、私達はかなり不利に陥る。
「……感情的に出てくれるのなら、ありがたいです。これなら各個撃破できるです。ルーン、偽リシェルの動きを止めてくださいです」
私は頷き、《次元の杖》を掲げる。
数式が浮かび上がり、私の頭上に空間の裂け目が開く。
そこから、三羽の《鏡色の小鳥》が姿を現した。
「三羽だと……?」
偽リシェルが、表情を顰め、駆ける速度を遅くした。
やはり、偽ルーンは、一羽か二羽が限界だったのだろう。
私は二羽の小鳥に、偽リシェルの背後を狙わせた。
残りの一羽に、右前を狙わせる。
「……ごめんね、偽者のリシェル」
私はそう呟いた。
同時に三羽の小鳥が破裂し、球状に空間を抉り取った。
掠れば身体が削り飛ばされるのだ。
偽リシェルは走る速度を上げ、小鳥のいなかった左前へと飛び込んだ。
当然そこには、アリスの放った銃弾があった。
私が、そのために誘い出したのだ。
《鏡色の小鳥》は、実際の範囲以上の圧がある。
移動しながら三発も回避するとなれば、尚更のことだ。
どうしても過剰な回避になり、そこには大きな隙が生じる。
偽リシェルの身体が後方へ飛んでいき、派手に背を地に打ち付けていた。
偽リシェルの胸部を、銃弾が貫通した。
相手は数の理を活かせずに偽ルーンを失い、怒りから二対二の構図を崩したことが敗因だった。
いくら騎士といえど、《鏡色の小鳥》に挟まれ、銃弾で狙われては、回避しきれない。
相手は一対二になるのを、避けるべきだったのだ。
だが、それを愚かだとは思わない。
もしかすれば、私達がそうなっていたかもしれないのだ。
並行世界の自分達の末路を見届けているような気がした。
偽アリスが、茫然とした顔でこちらに銃を向けていた。
腕が震えている。
先程まで激情的に乱射していたのに、今となってはそれさえ行わない。
私とアリスは、慎重に木の陰に隠れていた。
油断はできない。
確かに優勢にはなった。
それにあの様子からして、もしかすれば、偽アリスにもう銃弾は、まともに残っていないのかもしれない。
「余裕はできたです。だからこそ、落ち着いて詰めるです。油断すれば、命を落とす状況に変わりはないです。……それに、もしかしたら、相手がこれで正体を現すかもしれません」
アリスはそう言った。
確かに、私達の記憶を吸い出して造ったかのような、奇妙な相手だ。
まるで鏡と戦っている気分だった。
今までの姿は幻覚で、正体は司教のような化け物なのかもしれない。
私は木の陰から、偽アリスを覗き見た。
偽アリスは、偽者の私の頭を撫でていた。
……いや、何かを、探しているのか?
私がそう勘ぐっていると、偽アリスは銃口を自身の頭に当てがった。
「あっ……」
ドン、と音が響いた。
偽アリスは、偽者の私の死体に覆い被さるように倒れた。
アリスもぽかんと口を開けて、偽者の自分を見つめていた。




