第3話 「ゼロの過去」
依然変わらずネタ切れ。
邪鬼がファンディール・メドゥに雇われてから一ヶ月が経過していた。
この一ヶ月で邪鬼のメンバー達も現状の生活に慣れ始めていた。
そして、今日も大広間にてデスクワークをしているメドゥ。
真剣な表情で書類に目を通しており、集中していた。
…がその集中はドアのノック音で途切れてしまった。
「ぬ?入ってもよいぞ!」
その声が部屋に響くと、ドアが開かれた。ノックした人間はゼロだった。
「失礼します…見回りに参りました。」
「おお。そうか、ご苦労なことだ。」
「いえいえ…労いの言葉、感謝します。」
ゼロは大広間中を歩き回り、辺りを見渡している。時折、何かを凝視することもあるが、特に目立った物も見えないのか、確認し終わると、小さく頷いていた。
「………そういえば気になっておったのじゃが…」
「どうされましたか?」
「お主はなんで覆面を着けておるんじゃ?」
ゼロはいつも覆面を着けている。その形はトサカのような物を頭に付け、目の部分にだけ穴が空いており、まるでプロレスのマスクのようにピッチリとゼロの顔に被さっている。
「そういえば話しておりませんでしたな。」
「ここの所、デスクワークばかりで少々うんざりしていた所じゃ。気分転換に聞かせてはくれんか?それと、ここには爺や以外は妾しかおらん。もっと砕けた言い方をしろ。」
「……まぁ、いいだろう。俺とケイが幼馴染なのは知っているな?」
「うむ。知っておるぞ。」
「俺とケイはこことは違う遠い国の小さな集落の出身だ。」
ゼロは自らの過去をメドゥに語り始めた。
***
[そこは世界の影で暗躍していた暗殺者たちを輩出していた影の集落でな…集落の子どもたちは皆、立派な暗殺者を目指して、日々修行していたんだ。]
[それで、お主もか?]
[ああ…もちろんだ。]
「よーし!お前ら!次は腹筋百回だ!」
『はい!』
総勢20人はいる子供達に教官であろう男が、厳しく、手ほどきをしていた。
[俺は孤児だったが、筋は良かったみたいでな。成長も著しかったらしい。]
「はっはっ!お前は筋が良いな!この調子でがんばれよ!」
「はい!教官!」
[ある日、俺は、新しく覚えた術を試したいと思ったんだ。その術の名は『Assassin Skill 火炎塵心』。紙を輪状にばら撒き、着火させることで燃焼ダメージを発生させる技だ。その時は、恥ずかしながら…少々舞い上がっていたようでな…周りをよく見ずに放ってしまったんだ。]
「喰らえ!必殺!火炎塵心!」
彼は後ろを振り向きつつ、紙をばら撒き、炎を輪状に舞い上がらせる。
[…そうしたら、民家に直撃してしまってな…当然のことだが、民家は大炎上だ。]
「うわぁ!?どっ、どうしよう!?」
[俺はパニックになったが、それでも無意識にだろうか、俺は燃え上がる民家に飛び込んだ。多分、人がいないかを確認したかったんだろう。だが…案の定、人はいた。女性が一人。意識を失っていた。]
「おっ、お姉さん!しっ、しっかり…よいしょ!」
彼は、倒れている女性を背負い込む。小さな民家ゆえに火の手が回るのも早い。彼はすぐさま脱出を図った。
[だが…恐らく、ガスか何かに引火したのだろう。爆発が起こったんだ。俺はその爆発に巻き込まれ、倒れ込んでしまった。ただ、それでも…俺はなんとか、燃え上がる民家から女性を助け出したんだ。]
「はぁ…はぁ…お姉さん…もう…大丈夫…だよ…」
「おっ、おい!あれ!」
「大変だ!早く消火活動と、人命救助を!」
[その後は、集落の人間たちが協力して消火、俺は爆発に巻き込まれた時の顔の火傷がひどかったが、命に別状はなかった。女性の方も一命をとりとめたんだ。]
[ほう。なるほど…その覆面は火傷を隠すためか。]
[あまり、褒められた顔じゃなくなってしまったからな…死ぬまでこの覆面は取らんつもりだ。だが…この話はまだ少し続くんだ。]
集落の広場。そこはいつもは民衆の憩いの広場として、まばらに人がいる程度だったが、今回は違った。人が何人もいる。恐らく、ここに住んでいる民衆の殆どがこの場に集まっている。その訳とは…
「…これより!厳粛な民衆裁判を行う!」
[民衆裁判。集落の掟を破りし者はこの裁判にかけられる。体力が回復した俺は、この裁判にかけられた。俺の罪状は、同じ集落の者を故意ではないとはいえ、自らの力で危険に晒した行為によるもの。まぁ…当然だ。俺は、特に反論もせず、このまま集落から追放と、決定する予定だった。]
「……それでは判決を言い渡す!集落からの追…」
「待ってください!」
突如として待ったをかけられた。声の主はあの時、彼が助け出した女性の方だった。
「私は、この子に命を助けられました!何卒…お情けを…お情けを…」
女性は土下座をしてまで彼の減刑を望んだ。
「むぅ…確かに…良いだろう。その誠実さによる人命救助を考慮し、追放処分を取り消す!」
女性の言い分は無事に通り、彼は追放処分を受けなかった。
彼は…涙を流していた。
「…だが、刑罰が無くなるわけではない。お主の罰は名変えの罰とする。後日、名変えの儀式を行う。日は追って通達する。」
[こうして、俺の刑罰は名変えの儀式を行うことに変更された。ああ、名変えの儀式とは自らの名前を変えることで、新たな人生を旅立つという意味合いで行われている。あの集落限定の儀式だ。この儀式後は、それまで使っていた名前は、誰にも話さず、教えもしない。だから、例えお嬢様の命令でも教えることはできない。そうして、通達を受けた俺は、名変えの儀式を受けた。]
「いいか。お主の名前は、今日よりゼロだ!0から人生を改めて始めるからゼロだ。わかったな?ゼロ!」
「はい!私の名前はゼロ!これより、新たな人生を歩んでいきます!」
[なるほど、それでゼロか。もっと何か深い意味でもあるのかと思うたわ。]
[拍子抜けしたか?]
[いや、わかりやすくて良いぞ。]
[そうか。ただ…やはり、人の民家を燃やしたのは事実だ。言われない誹謗中傷が後を絶たなかったよ。だが、そのたびに、助けた彼女が励ましてくれた。]
「………」
集落にある丘に黄昏れるゼロ。今日も今日とて、同年代の子供に暴言を吐かれていた。
「☓☓☓君!あっ、ごめん。今はゼロ君だったね。」
聞き覚えある声が聞こえた。助けだしたお姉さんからだった。
「お姉さん、それもう5度目だよ?」
「ごめんごめん。お姉さん忘れっぽくて…」
「……どうして、僕なんかと一緒にいるの…?僕なんかと一緒にいたら、お姉さんまで…」
「どうしてかって?うーん…ほっとけないからかな。」
「ほっとけない…?」
「実はね…私、娘がいるの。丁度貴方と同い年の。随分と手間がかかる子でね…家だとよく喋るのに外に出ると殆ど喋らないの。」
「ふーん…」
「ゼロ君は…そう、息子みたいなものなの。成長を見守りたいというか…そんな感じの…」
「お姉さん…」
「だから、どうしても不安で不安でたまらない時は私に相談してね?いつでも待ってるから。」
「…ありがとう…」
[…頼れる人がいるというのは、随分と心の支えになってくれてな…俺は無事に卑屈になることもなく成長して…今に至る訳だ。そうだな…もう一つ思い出話をしよう。]
あの火災から3年がたったある日、ゼロが鍛錬をしていると、一人の女の子がゼロを見ていた。
「……」
「…何か用か?」
「……」
ゼロが問うても何も言わぬ女子。ただこの日以降、ずっと、その女子はゼロの監視のようにどこかしらでゼロを見ていた。
そんな日々が、2ヶ月ほど過ぎた頃だった。3年前と同じ丘でゼロはまた黄昏れていた。もちろん、女の子もいた。珍しく、女の子はゼロの隣で座り込んでいた。
「…」
「…お前も大変だな。そんなに無口だと誤解を産むことも多いだろ?」
最近になってゼロは女子に話しかけることが多くなっていた。何も言わぬ事を良いことに、たまに愚痴をつぶやくこともあった。
「……いつか、俺も、お前もこの集落から巣立つときが来る。俺は、世界中に名を轟かす暗殺組織を作り上げるんだ。そして、馬鹿にしてたアイツらを見返すんだ!」
何も言わぬ女子だからこそ、彼は自分の夢を話した。途方もない夢だ。できっこないと馬鹿にはしないからだ。
「……いい夢。」
「…えっ?」
今、ゼロの耳に何か聞こえた気がした。聞き間違いでなければ、それは目の前の女の子の方から聞こえた。
「おーい!ケイー!」
今度は聞き覚えのある声が聞こえた。
「こんなところにいたのね…あれ?ゼロ君?」
「お姉さん?この娘、知ってるの?」
「あれ?言ってなかったかしら…この娘は私の娘よ。」
「えっ?もしかしてあの殆ど喋らない娘って…」
「そう。この娘のことよ。最近よく出かけているなぁ…とは思っていたけど、ゼロ君と一緒にいたのね。ほら、ケイ。貴方のことだから自己紹介もしてないのでしょう?ちゃんと自己紹介して。」
「…ケイ。よろしく…」
「…」
「ごめんね…ケイは無口だから…」
「ああ。改めてよろしくな!ケイ。」
「…!うん。」
「うふふ…よかったね、ケイ。お友達が出来て。」
[なるほど…ここでケイと出会ったわけか。]
[ああ、ケイは天才でな、筋が良かった俺よりも強かった。成績もいつもケイが1番で、俺は2番だった。ふふっ…そんなこんなで、ケイと出会ってから6年、18歳のとき、俺達は教官から卒業宣告をされたんだ。]
広場に集まった20人ほどの青年たちと教官。この日を持って青年達は巣立つことが決まっていた。
「これより、卒業式を行う!全員ここまでの鍛錬、ご苦労であった!だが!鍛錬どおり行ったとして、作戦が必ず成功するわけではない!だが!鍛錬しておけばそこからの機転を確実に行うことができる!それを忘れないことだ!お前たちは刃だ!研がねば朽ち果てるだけ!研ぎ続けろ!己の技量を活かし、裏社会を生き抜け!この言葉を最後に、君らは卒業だ!それでは、これで卒業式を終わりとする!解散!!」
『ありがとうございました!!』
青年達は感謝の言葉を述べ、各々、解散していった。
ゼロは思い出の丘に向かい、三度黄昏れていた。もちろん、ケイも連れて。
「…ここから、俺の夢は始まる。ケイ。俺はやるぞ。必ず夢を叶える。それまで、お互い、死なないようにな。まぁ、お前がしくじって死ぬことはめったにないとは思うが…」
「……」
「…じゃあな。また何処かで会おう。」
ゼロはケイに別れの挨拶を言い、丘を去ろうとした。
「……待って。」
ゼロはその言葉を聞き、立ち止まった。6年前のあの時と同じ、ぼそりと聞こえた声。しかしあの時より、なぜか一段と、はっきりとした物言いであった。
「あなたの夢、私にも手伝わせて。」
ゼロは驚いた。夢を手伝わせてと頼んだことより、ケイがはっきりと、進んで話しかけていることに。
「ケ、ケイ…お前…いつの間にそんなに流暢に喋れるんだ!?」
「…成長したのよ。貴方と共に過ごしていく内にね。」
「……」
「それで、手伝わせてくれるの?」
「……ふふふ、あっはっはっはっは!!」
ゼロは大笑いした。
「なっ、何を笑っている…?」
「はっはっは…いやーすまん。あまりにもサラリと言うもんだから、つい笑ってしまったよ。」
「…失礼ね。」
「すまんすまん。まぁ、お前がそうしたいならついてこい。俺もお前がついてくるなら心強い。」
「ありがとう。これからよろしくね。リーダー。」
「リーダーはよしてくれ。今はまだ二人しかいないのだから…まぁ、仲間が集まってきたら、それも悪くない。だが、二人の時くらいは、ゼロと呼んでくれ。」
「わかった。じゃあ、改めてよろしく。ゼロ。」
「ああ、よろしく頼む。」
二人は熱い握手を交わした。
***
「そして仲間を集め、今に至る訳だ。」
「ふふふ。まるで壮大なドラマを聞いていた気分だ。聞かせてくれてありがとう。」
「どういたしまして。それでは私は仕事に戻りますゆえ…」
「うむ。励むように。」
ゼロは屋敷の警備へ戻り、メドゥはデスクワークを再開した。
「…妾もいずれ、良き友を得たいものだな…」
大広間に似合わぬ、小さな言葉がひっそりと、呟かれた。
ここもとうとう書くネタが消えました。なにかきゃいいんだろ?